終章
戦いの日から、二日が経過した。
ウォルやダレクは眷属たちより充分な治療を受け、体を動かせるようになっている。
しかしエスルの街は未だに火がくすぶり続け、避難民の帰還もままならない状態にあった。
この街の復興に、長い歳月を要することは誰の目にも明らかだった。
またそれ以前に、反乱に加担した者やコルゴット軍の残党の処遇。ケブン砦への増援。各国各領国との折衝。あらゆる問題が山積となっていた。どれを取っても、後回しにはできない要項ばかりである。
無論そのすべての責めは、領主たるトスカラスへと向けられた。特に、配下であるキーレオスが反乱に加担した事実は非常に重い。
ところがメイベル・リンクの思いもよらぬ肩入れで、各国の代表者らも口をつぐまざるを得なかった。
彼女が伝えるところによると、この一連の騒動は魔竜グルフオーによる陰謀であるという。コルゴット軍やキーレオスらもその術中に嵌り、このような事態を引き起こした。
しかもこの事件は、この数十年間オグルライヤに籠っていた魔神らが、再びこの世界へ大規模な侵攻の企てようとしていることを告げる予兆に過ぎないという。
その真相を解明するためにも、彼女自身がすべてを預かると宣言したのだ。
ただウォルやダレクは、その説明に嘘が混ざっていることを知っている。確かに真実も含まれているが、明らかにアティアナの家族を守るための方便に過ぎないことは察せられた。
しかし他の者たちにはその真相を知る術はない。トスカラス配下のウォルが、伝説の魔竜を倒したという紛れもない事実だけが残り、強硬な意見は鳴りを潜め始めた。
そうなると、彼らがこのエスルの地ですべきことは、起動可能な騎神兵の分配を早く得て、すぐにでも帰還してしまうことであった。
とは言え、今回の戦乱で既に各勢力が納得するような数は、残っていない。それぞれの思惑がぶつかり合い、容易に決着はつかず紛糾が続いた。
無論メイベルは、全くこの件には関与せずに無視を決め込んでいる。こちらが落ち着くまでの良い風避けになっており、ある意味で彼女の謀は上手くいっていた。
その彼女の手腕を傍で見ていたウォルは、この恩を必ず返さなければと心に誓う。なぜならこの一連の行動は、彼女自身に大きな枷をつけることになるからだ。
ノクトネイラには戻れず、このエスルの地に当分のあいだ留まり続けることになるであろう。更には大陸の統治者らとも、今後渡り合い続けることになるのだ。
数世紀を経て、再びメイベル・リンクが歴史の表舞台に立つ日が来た。
エスル港の埠頭。
アティアナとトスカラル。それにメイベル・リンクとネルセダ、エルラッカムがそろって海を見つめる。
皆、ウォルを待っていた。
ただその中に、ダレクだけはいない。用が済んだら戻ってくると言い残して、仮の居城となっている今は亡き北方領海軍総督の公館を、朝のうちに発っていた。
ダレクはラフノスとオーグの死を知らせるため、二人の家族の元に向かったのだ。結局、二人の遺体や遺品はでてきていない。恐らくは魔竜の炎で、灰になってしまったのだろう。それでも生き残った者の義務として、伝える必要があると感じていた。
トスカラルの後ろには、仮に軍の指揮権を委ねられたノーガンクと数人の騎士たちも控えている。今のエスルの治安と安定は彼らにかかっており、本来であればこのような時間さえないのだが、無理を押して同行してきていた。
その皆々がいる中、アティアナは一人、祈りながら埠頭の先端に立つ。
「ウォル……」
声がこぼれた。
直後に海面が波立ち、水しぶきが上がる。
そして雫が散る中、光の翼を広げたウィルナリアスが海から飛びだしてきた。
空中に浮遊するその腕の中には、ヴァスタロトの乗るラーガントを抱え込んでいる。
ウォルは父の遺体を海中より引き上げるため、ウィルナリアスで潜っていたのだ。どうしても腐敗する前に父を海から回収し、母リューサリィと並んで埋葬させたかった。
そのためウィルナリアスの特性を生かし、ラーガントごと父を引き上げたのである。
しかし埠頭に着地したウィルナリアスは、ガックリ膝を落とした。力尽きたように四つん這いとなる。
ヴァスタロトの遺体を乗せたラーガントも、危うく落とすところだった。
そのラーガントにはノーガンクら騎士たちが駆けより、騎体の中から彼らの上官だったヴァスタロトの遺体を担ぎだす。
一方、アティアナたちはウィルナリアスのほうへ駆け寄った。
メイベルは、ウォルを労う。
「ご苦労でした。しかしまだまだあなたは癒えておりません。騎体は無事でも、気力が続かないでしょう」
ウォルは激しく深呼吸しながら答えた。
「いいえ、大丈夫です……下がっていてください」
彼は無理やりウィルナリアスを立ち上がらせる。
それから一呼吸置いて、海のほうに再び歩きだした。
心配してアティアナが叫ぶ。
「ウォル、どうしたの?お父様をこのままにしては……」
するとウォルは、意外なことを言った。
「すぐ戻ります。まだ他に二人の遺体が海の中にあります。そのままにはしておけませんので。それまで父をよろしくお願いします」
ヴァスタロトが道連れにした二騎の騎神兵とその騎手たちのことも、彼は気にかけていたのである。
アティアナは思いだした。
そう。私の好きなウォルは、そういう人である。
完




