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第一〇章 炎斬り裂くとき その1

 エスル城の惨状は、今始まったに過ぎない。

 政庁を押し潰した黒い物体は、見咎める生物全てに攻撃を仕掛けてきた。決起に参加していた騎士や兵士らは次々殺され、逃げ出す者も続出する。

 トスカラルはその中で、数百名の人々を誘導し避難させる必要があった。ただ幸いにも、政庁の崩壊は彼らが脱出した直後で、まだ被害をださずに済んでいる。メイベルの指示と判断が、皆を救ったのだ。

 彼は皆を引率し地下の使用人通路を通って、長屋が並ぶ区画に到る。既に周辺を守備していた兵士らは逃げだした後で、ここで拘束されていた使用人やその家族らと上手い具合合流できた。

 その間、先行し脱出路を探っていた家臣の一人が、報告に戻ってくる。

「外城門は開いておりましたが、騎神兵を始め各所から逃げだした兵士らが、外郭広場辺りを占拠しております」

「あの化け物と戦おうとしておるのか」

「いいえ。どうやらキーレオス卿がおらず、命令系統に支障をきたしている様子。戦うことも退くこともできず、立ち往生しているようです」

 トスカラルは嘆く。裏切ってもベリュン兵士には違いなく、志の低さに肩を落とした。

「それよりもベリュン侯、これからどうするのだ。他の逃げ道はないのか?」

 周囲に集まってきた各領、各国の要人たちが問質す。皆から不安と不満が噴きだし、トスカラルに詰め寄った。

「だいたい、あの怪物はなんなのだ?」

「このまま、こんなところで死にたくないぞ!」

 そのとき、その騒ぎを断つ女性の声が響く。

「鎮まれ!」

 皆が声の方を振り向くと、四人、いや五人の女性がそこにいた。

 一人はメイベルの従士である貴人ということが、すぐにわかる。彼女は、眠っているのか死んでいるのか一人の女性をシーツに包み抱えていた。また彼女の側には、二人の侍女に支えられている寝巻にガウン姿の女性の姿もある。

 その彼女らを見て、一番驚いたのはトスカラルだった。

「ゼリセイア……」

 彼は駆け寄ると、二人の侍女に支えられ立っている妻の手を取る。

「無事で良かった」

「ええ。エルラッカム様がここまで連れてきてくださいました」

「お前、歩けるようになったのか?」

「二人に支えられてではありますが。猊下の治療のお蔭です」

 トスカラルは目に涙を溜めて、強く妻を抱き締めた。

「本当に良かった……」

 それからエルラッカムのほうを向き、礼を述べる。

「エルラッカム殿ありがとうございます。このご恩は生涯忘れませぬ。してリューサリィは、いかがしたのです?」

 彼は、エルラッカムに抱えられているリューサリィの顔をのぞいた。

「あなた……」

「ウォル殿の母上は亡くなられました」

 エルラッカムがゼリセイアの代わりに答え、目を伏せる。

「まさか……そんな」

 ヴァスタロトに続き、ベリュン家は大切な友人を亡くしてしまった。

 ハッと気付いて、彼は友人たちの息子を気に掛ける。

「このことをウォルは知っておるのですか?あ奴はまだ無事ですか?」

「ええ。ウォル殿は、ご両親の死を存じています。彼はこの悲劇を克服されました。そして今はメイベル様の元で、我々を逃すために戦っております」

 トスカラルは目頭が熱くなり、手で顔を覆う。

「侯爵、感傷に浸っている暇はありません。皆無事に逃がすことが先決です」

 エルラッカムの声に、彼は頷いた。

 そこへ一人の法師が駆け寄り、彼女に拝礼して質問をする。

「従士様。あれはいったい何なのでしょうか。これほど魔力の増大を感じたことはございません。まるで魔神の軍勢が現れたような……」

 内城壁ごしに見える無数の触手と影が、次第に大きくなっていた。

「お察しの通り。あれは魔神の眷属である魔竜グルフオー。最強の竜族が空間を越え、現れようとしています」

 その答えに、再び皆がざわつきだす。

「恐れずに!メイベル様が皆のために戦っておられます。これ以上、何を望まれますか」

 それを聞いた屈強そうな二人の男が、エルラッカムの前に進みでた。

 エルラッカムはその二人の腕に、縛られていた縄の跡があるのに気付く。広間では、トスカラル同様に拘束されていた者たちのようだ。

「私はシメナー騎士団より派遣されました騎手、ザーガルト・ドリドリットと申します」

「同じく、ユービルス・ナッサ。従士殿に拝謁が適い、光栄の至り」

 シメナー騎士団は、騎手が集い王を頂かずに領土を収める統治機構である。キーレオスの目的も、第二のシメナー騎士団を造ることにあった。

「何かご用でしょうか」

「はっ。我らも猊下と共に戦うことを、お許しいただきたい。騎手はそのために存在致します。逃げる途中、内城郭に放置された素体の騎神兵を発見いたしました。あれを使わせていただければ、必ずやお役に立ちます」

「しかし、グルフオーの真下ではありませんか。しかも瓦礫に埋もれていたはず」

「それは何とか致します。ご信頼いただきたい」

「わかりました。ですがメイベル様よりここの指揮を任せられたのは、私ではありません。ベリュン候に許可をいただいてください」

 トスカラルは即返答する。

「もちろんです。ぜひともお願いしたい」

 許可を受けたザーガルトは、避難者の中にいる騎手たちに協力を仰ぐ。元々、騎神兵をもらい受けるため、エスルへ赴いたのであるから、騎手も相当数いるはずだった。

 その間に、ユービルスがトスカラルに頭を下げる。

「妻が残ります。ぜひとも無事に脱出させていただきたい」

「わかりました。お約束致します。貴公もご無事で」

 こうして集まった一〇数人の騎手と、合わせて自ら志願した騎士や法師たちが、そろって戦闘の続く内城郭へ突入していった。

 見送る者たちの中には、ユービルスの妻のように、彼らの連れ合いも多く残っている。

 そこへ、城門前を見張り続けていた家臣が戻ってきた。

「閣下。正門が空いております!軍は騎神兵を先頭に、内郭へ突入していきました」

「ようやく決断しおったか」

 トスカラルはホッとする。ザーガルトや他国の騎手たちが勇敢な選択をする中、自領の騎士らに気をもんでいたのだ。

 エルラッカムはその報告を聞き、伝書光を発現して飛ばした。


 ―ウォル、ダレク。聞いていますか―

「はい。メイベル様!」

「オオ。もちろんです」

 二人は必死にグルフオーを攻撃しながら、耳を傾けた。

 ―ベリュン候や人質の皆さんが正門から退避します。私たちはそのために、グルフオーを彼らとは反対側に誘導しなければなりません―

「政庁裏手に引き付けるのですね」

 ―そうです。援軍の準備も整いつつあります。しばらくの辛抱です―

「了解しました。ダレクできるか!」

「ああ。今、内城壁の上にいるから、そこをつたって移動する」

 ノーグは内城壁の歩廊を、北東方面へ移動する。グルフオーの腕が、ダレクを追って掴みかかってきた。彼は追いつかれる瞬間、魔竜の腕をノーグの光の剣で斬り払い、地上へ飛び降りる。着地は無様に転倒したが、それでも絶えず攻撃を繰り出しながら走り続けた。

 そこにラワック馬を駆けるメイベルが並走してくる。

「メイベル様、こんなところにいたのですか?」

 ―地上はもうこの内郭側方しか、移動可能な場所をなくしてしまいました―

 グルフオーは四方に五感を持ち、ウォルやダレクに激しい攻撃を加えているが、最も注視しているのは、無論メイベルに対してだ。彼女を追い詰め、一気に殺そうとしている。

 魔竜はメイベルの姿を見咎めると、大きく態勢を変えた。

 その影響で政庁の壁が次々崩落して、メイベルとダレクの上にも降り注ぐ。

 ただそのお陰で、トスカラルたちが逃げようとしている城正門のほうに隙ができた。

 ―このまま引き連れていきましょう―

「おうっ!」

 と息巻いてダレクが振り返る。

 すると目の前には、城を粉砕しながらグルフオーの無数の触手が迫ってきていた。ノーグはそれらからメイベルを庇うように、彼女の側面に回る。

 そして腕より、光の剣を発光させた。

「喰らえ!」

 唸る巨大な触手に、ノーグは右腕の光の剣を叩き込む。触手は黒い血しぶきを上げて、のたうった。業を煮やした魔竜の本体が、よじれながら二人のほうに長い首を向ける。

『メイベル・リンク……』

 グルフオーがくちばしを大きく開いた。その口腔内には、赤々とした光が溜まっている。

 触手に喰らいついていたダレクは危険を感じ、飛びすさった。

「何をする気だ。あれってまさか、炎でも吐く気ですか?」

 ―残念ながら当りです。しかしもうここまで召喚が進んでいるとは。不味いですね―

 メイベルとダレクのいる場所は、政庁に連なる棟と内城壁に挟まれた細長い内郭だ。逃げ場は前か後ろしかなく、攻撃は真上からである。

 ―ダレク、このまま進むしかありません。急いでください―

 しかしすでに魔竜は口に炎を溜めながら、下方に首を曲げた。

 その瞬間、爆炎が二人に向かって襲いかかる。

 恐慌に陥った馬が暴れ出し、メイベルを振り落した。彼女は態勢を立て直しながら着地するが、既に逃げ場はない。

 咄嗟にダレクのノーグが、メイベルに覆い被さった。

 そこへ炎の塊が瀑布のごとく流れ込み、ノーグを直撃する。

「うぁあっ!」

 ダレクは、激しい痛みに襲われた。

 危うく炎を逃れたメイベルは、ノーグの下で唱歌し防御壁を張る。

 防御壁が急速に拡大し、炎の濁流はノーグとメイベルを反れて周囲へ拡散していった。

 

「メイベル様!ダレク!」

 疲労から地上に降りて戦っていたウォルは、二人の危機を感じ取り、光の翼を広げた。

 一気に法力を噴射し、その勢いで触手の攻撃をすり抜ける。

「行くぞぉ!」

 光の翼は鋭く研ぎ澄まされ、炎が流れる首筋を斬りつけた。

『グァアアア!』

 首が裂け、そこから炎が漏れて噴き上がる。魔竜は首をくねらせながら、暴れだした。

 光を出し切ったウィルナリアスは、すかさず落ちながら魔竜の顔に取りつき、剣をその片目に突き刺す。

 グルフオーは苦しみながら、ウィルナリアスを振り落した。

 ウォルは地上寸前で翼を再び噴射し、落下を免れる。そして光の翼を小刻みに噴射させながら、跳ねるようにメイベルたちの元に向かった。

 炭化したラワック馬の死体を通り過ぎ、うつ伏せに倒れているノーグを見つける。

「ダレク!大丈夫か。メイベル様、ご無事ですか!」

 煤だらけのノーグを抱え起こすと、地面に伏せていたメイベルが這いでてきた。

「私は平気です。ダレクの判断に救われました」

 ウォルはノーグを仰向けにし、ダレクを確認する。

「うぅぅっ」

 彼に反応があった。

「おれがわかるか!返事をできるか?」

「うぅ、ウォルか……」

 ウォルは安堵する。

「さすがダレクだ。メイベル様を守りきったぞ」

「ハハ。確かに……ノーグは……熱に強かった……。でも、おれは無理……みたいだ」

 ダレクは薄ら笑って冗談を言い、気を失った。

 メイベルが彼の兜を外し、手を当てる。

「メイベル様、いかがですか」

「重度の熱傷を負っています。ですが今はダレクをここに置いておくほかありません」

 メイベルの言葉とは思えず、ウォルは驚いた。

「落ち着きなさい。グルフオーの狙う相手は、私と、今あの者に大きな傷を与えたあなたです。その二人がここにいては、かえってダレクを危険にさらします」

 ウォルが上を見上げると、グルフオーが苦しみつつも態勢を整えようとしている。

「さあ、行きますよ」

 メイベルはウィルナリアスの腕に抱え上げられた。

「あなたも苦しいでしょうが、もう一息です」

「はい!」

 ウォルは息を整え、強く念じる。騎体の背中から、光の翼を噴きだした。

 ウィルナリアスは、魔竜の視線と平行な距離まで飛び上がる。

 憎き二人を同時に目にしたグルフオーは、攻撃を集中させた。二本の多関節の腕、背中の触手が一気に二人へ襲いかかる。

 これに対しウィルナリアスはメイベルを抱えているため、態勢を垂直に保ったまま飛行しなければならなかった。そのため不用意に本体へ接近できず、何度も光の翼を噴射させ、飛び跳ねながら攻撃を繰り返す。

 しかし時間が経過するごとに、戦いは厳しさを増していた。

 この世界への召喚が進んでいるのか、グルフオーの身体が先ほどよりも遥かに増大している。触手の数も増え、身体の外殻も強固になりつつあった。


 一方、意を決しグルフオーに挑んでいるキーレオス配下だった騎神兵らも、苦戦を強いられていた。彼らの目の前にそびえるのは、巨大な黒壁と言ってよい怪物の背だ。触手からの攻撃もあり、思うように戦いを進められずにいる。

 他の一般兵士らも城の防衛兵器で援護を続けるが、その大半は城の崩壊に巻き込まれ、指揮系統を失い数も足りていなかった。

「助太刀いたす!」

 その状況下、まず援軍として駆けつけたのが、ザーガルトとユービルスらシメナー騎士団や、各国の騎手が操る騎神兵だった。彼らは皆、世に名高い騎手たちである。乗っている騎体はベリュンやコルゴットと同じ素体だが、にわか騎手よりも遥かに上手く操つれた。

 彼らはベリュンの騎神兵を尻目に、果敢にグルフオーへ接近戦を挑んでいく。確実に損傷を与えるためには、直接本体に取り付く必要があるからだ。

 そして共に駆けつけた法師らは、牽制するため法術で触手へ攻撃を仕掛ける。また騎神兵にありつけなった騎手や一般兵士らも、エスルの守備兵の支援に回った。

 続いて、コルゴット王国の軍団も到着する。

 ナムバルが、号令をかけた。

「他の連中に遅れを取るな!騎神兵は突撃せよ。法師は法術用意!」

 騎神兵以外はよいというのを無視して、法師たちも連れてきている。

 ソウブロアの仇に一矢報いたいと、彼女自身も先頭に立ち騎神兵を率いた。

 駆け出した一〇数騎の騎神兵ソウブロアスは、他の素体の騎神兵と合流し突進する。

 それに合わせ、法師らも火球を放った。

『グォォッ』

 一つ一つの攻撃は微細であったが、それが重なり損傷を蓄積させていく。

 グルフオーにとってはメイベルも憎い相手だが、それより下等な人類たちに手をこまねくのも腹立たしかった。一気にその群れを焼き払おうと、政庁正面のほうへ振り返ろうと動きだす。大きく裂けた口は、再び火炎を溜め込み膨れだしていた。


「いけません!」

 ウィルナリアスに抱えられているメイベルが叫んだ。

 このままでは相当の被害を出してしまう。援軍の中には法師もいるが、彼らが防御壁を扱えるかも疑問だった。法術では、攻撃より防御を扱うほうが遥かに難しい。

 地上の兵士らは、魔竜の赤く燃え盛る口に気付いて、逃げだし始めた。

「メイベル様、どういたします」

「あ奴の真上まで飛ぶことはできますか?」

 今ウィルナリアスは、一旦法力が途切れ、城壁の歩廊に着地している。

 ウォルは、ここから魔竜を越えて飛ぶ算段を組み立てた。

「恐らくは。あそこに見える尖塔の屋根を足場に、跳躍します」

 と言って、まだ崩れていない城の尖塔部分を示した。しかしそこは、魔竜の真正面であり、危険が伴う。

「よろしい。では私をあの尖塔の屋根に降ろして、そこからあなただけでお行きなさい」

「えっ、何を仰るのです!」

「私が囮になりましょう。グルフオーが矮小な私を目視するには、丁度良い場所です。その間にあなたは上から。するべきことはわかりますね……」

 メイベルはウォルに反論を許さない構えで、そう伝えた。

「……承知しました」

 ウォルはグッと堪え返事をする。今まで何度となく、厳しい選択を迫られてきた。そしてそのたびに多くの人たちの覚悟を目にしてきている。今ここで、それらの思いを無駄にすることはできなかった。

 メイベルは彼に促す。

「味方に被害がでてしまいます。急ぎましょう!」

「はい!」

 メイベルは彼の返事を合図に、呪文を唱歌し巨大な攻撃球を放った。

 その法術は、魔竜の頭部を直撃する。

 背後の軍勢を焼き尽くそうとしていた爆炎は、その衝撃で地上の軍勢から危うく免れ、政庁隣の寝殿を吹き飛ばした。

 しかし逸れはしたがその攻撃は凄まじく、津波となって地上にも降り注ぐ。

 左翼にいた兵士らは炎の濁流に飲み込まれ、その姿を消した。あるいは吹き飛んだ瓦礫の下敷きになって押し潰される。

『メイベル・リンク……』

 グルフオーは口腔内には再び炎の塊を含みながら、仇敵を探した。

「私はここにおります」

 メイベルは尖塔の上に立ち、自らの位置を明かす。

『愚か者が。滅び去れ!』

 ―ウォル、今です!―

 太陽の逆光に入り魔竜を見下ろしていたウィルナリアスは、メイベルの言葉と共に身体を傾け、急降下を始めた。

 グルフオーは今にも炎で、彼女を焼き尽くさんという勢いである。

「間に合ってくれ!」

 ウォルは叫んだ。彼と騎神兵の意思が完全に一致し、光の翼はさらに輝きを増す。

 爆炎を吐こうとグルフオーが身を乗りだすのと同時に、その頭部へ向け垂直に急降下し、光の翼で斬り込んでいった。

『グオォォォォォー』

 唸る魔竜の首の亀裂がさらに広がり、赤い光を吹きだしながら爆発する。 

 しかしウォルは苦悶の表情を浮かべた。

「仕損じたか……」

 グルフオーは傷付きながらも、残った炎をメイベルに向け放つ。

「!」

 メイベルは咄嗟に防御壁を張るが、爆炎の凄まじさは尖塔ごと彼女を吹き飛ばした。

 炎に巻かれた彼女が、ウォルの視界から消える。

「メイベル様ぁっ!」

 降下し地面に着地したウィルナリアスは、メイベルを追い再び飛び立とうと跳躍した。

 そこへグルフオーの触手が鞭打ち、彼を瓦礫の山へと叩き落す。

「うぁぁっ!」

 ウィルナリアスは崩れる瓦礫の中に激突し、飲み込まれていった。

 

 その絶望的な様子に、ナムバルは歯ぎしりする。先程の爆炎に巻き込まれ、部下も相当数失った。取り乱した法師らが、彼女の元に駆け寄ってくる。

「猊下まで失い、我々はどうすればよろしいのでしょうか」

「もう、お終いです。あんな怪物に勝てるはずもない」

 カッときたナムバルは、馬上から法師の一人を蹴り倒した。

「愚か者が、黙ってなさい!」

 とは言うものの、彼女もどうすればよいか見当がつかない。ベリュンらの騎神兵を含め、この度大陸に下賜された騎神兵の相当数が、この戦いに臨んでいるはずだ。それにも拘わらず、勝機が見いだせないでいた。

 そのとき、戦場の空気が変わったのを感じる。

 グルフオーの触手攻撃が、ピタリと止んだ。

「どうしたというのだ?」  

 ナムバルには何が起こったのかわからない。

 グルフオーの巨体を見上げると、今までのたうっていた背に生えた触手群がピンと四方に伸びきり、その間に半透明の膜が張りだしていた。

 魔竜の足元で剣を突きたてていたシメナー騎士団のユービルスは、見上げて驚愕する。

「まさか、翼ではないのか……」

「とうとう魔竜が、この世界に完全に姿を現したということか」

 ザーガルトは苦虫を噛み潰した。

 翼を張り出したグルフオーの幅は、エスル城の規模を越えて広がっていく。

 そしてもたげた頭部には、鋭い角や棘も生えだした。加えて、ウォルに傷つけられた目や首筋までもが再生していく。

 魔竜は完成した翼を動かし、風を受けた帆のように羽ばたき始めた。

 その風圧は地上の人間を軽く吹き飛ばす勢いである。後方を援護していた兵士たちも、次々と飛ばされていった。

「くっ!踏ん張れっ」

 しかしナムバルも乗っていた騎馬ごと、突風で押し倒される。彼女は地面を転がりながら、瓦礫の陰に身をひそませた。竜巻の中にいるかのような状況で、部下たちのことも把握できない。

「ここまでなのか……ソウブロア様」

 他方、騎神兵に乗るザーガルトとユービルスは、剣を魔竜の身体に突き刺し耐えていた。

「どうする!こいつ飛ぼうとしているぞ。このままでは我々も巻き込まれる!」

 暴風に声を遮られながら、ユービルスは叫ぶ。

「だが今離れれば、倒す機会を逸する!」

 ザーガルトは足を踏ん張り、より深く剣を魔竜の表皮に突き刺し固定した。

「うっ!足が離れる……」

 グルフオーの身体が振動し、浮上しだす。

 彼らの騎体も持ち上がり、他に取り付いていた騎神兵は次々と振り落されていった。

「もう駄目だ、すまん」

 ユービルスも限界を感じ、自ら飛び降りる。妻の顔が一瞬頭をよぎったのだ。

 騎神兵と言えども、落下すれば既に危険な高度まで上昇している。

 魔竜に絡まっていた瓦礫の類が剥がれて地上へ降り注ぎ、荒い粒子の砂煙が地上を飲込んでいった。兵士らはその風と砂塵にあおられ、右往左往に逃げ惑う。

 グルフオーはそれらに見向きもせず、扇状の翼をはばたかせ上昇を続けた。

 しかしまだ一騎の騎神兵が、その背に剣を突き刺し取り付いている。

「もう少し踏ん張るんだ……どうせ死ぬのであれば、過去の偉大な騎手と共に名を連ねるぐらいのことをしておかねば詰まらん」

 一人取り残されたザーガルトは、覚悟を決め必死に耐えた。

 地上を離れ高々と舞い上がったグルフオーは、暗雲のごとく自らの影で周囲を覆う。

『まずはあの者が護ろうとしている世界を破壊してやる……』

 さきほどの攻撃でメイベル・リンクが死んだかはわからないが、自らが向うに合わせる必要はなかった。矛先を変え、この眼下に広がる街を消滅させることによって、メイベルに己の無力さを思い知らせるつもりである。

 グルフオーはいきがけに、もう一度この城跡に炎を喰らわせようと首を地上に向けた。

 その上にしがみ付いているザーガルトは前方を見据える。

 目指す先の背には、翼と化した触手群のつけ根が並んでいた。

 彼の騎神兵は剣を分厚い上皮から引き抜き、足場の悪い魔竜の背に立ち上がる。

「うぉおお!」

 剣を掲げ駆けだした。もしここで魔竜が仰け反ったりでもしたら、真っ逆さまに墜落してしまうだろう。その前に一太刀でも入れなければならなかった。

 翼目掛けて剣を水平に振切り、触手とその間に張られた膜を切り裂く。

『グオォッ』

 グルフオーが上空で均衡を失い、大きくのたうった。その反動で吐き出した炎がエスル城から海洋方向に反れ、そのまま海面にぶつかりと水蒸気の爆煙を巻き上げた。

「やったかっ……」

 ザーガルトがそう口を開いたとき、彼の乗る騎神兵は魔竜の背から弾かれ、落下している最中だった。

 しかし地上に激突する瞬間、彼の騎神兵は光に包まれる。

 それからゆっくりと地上に降ろされていった。

「何が起こったのだ?」

「ザーガルト!」

 地上に仰向けで倒れている彼の騎体に、ユービルスの騎神兵が駆け寄る。

「私はまだ生きているようだな……」

 ザーガルト自身が半信半疑で、地面に寝転がっていた。

「味方の法師が、法術で救ってくれたのだろう。何にせよ無事で良かった」

「こんなことができるのは、猊下を置いて他にいないと思うが。しかしあそこまで粘って、本当に一太刀しか入れられなかったか……」

 ザーガルトは痛みを堪えつつ、起き上がるよう騎神兵に命じる。

「お陰でこちらは助かった。私には貴様ほどの勇気はない」 

 ユービルスが彼に手を貸した。

 二騎は周囲を見渡す。

「猊下は生きていらっしゃるのだ。礼を言わねば」

「この状況では、どこにいらっしゃるのかわからん……」

 エスル城はもう建物の体をなしていなかった。瓦礫の山々だけが連なっている。

 そしてその上空。

 態勢を立て直したグルフオーは、翼を風に乗せエスルの街へと動きだしていた。

 ユービルスは思わずこぼす。

「どうすればよいのだ。妻たちがどの方面に逃げたのかもわからない」 

「まずは猊下を探そう。すべてはそれからだ」

 ザーガルトは、このまま敗北を認めてしまうほど、諦めはよくはなかった。


 その頃トスカラルは、数百人規模の脱出者を引き連れ、丘を下りつつあった。 怪我人や足腰の悪い者は台車に乗せて、一人も欠けさせることなく移動する。彼に不満を抱く者らも、再三メイベルやエルラッカムに戒められたため、素直に従っていた。

 途中、コルゴットの軍勢とすれ違いはしたものの、向こうはこちらを無視して城に進軍しており、事態は人対人の争いではなくなったことを改めて実感する。

 そして振り向けば、エスル城の上部は消え去り、巨大な怪物が翼を広げ、赤々と炎に照らされながら飛び立とうとしていた。

 エスル城を下る丘の草原が、唸りを上げてなびき、強烈な風が吹き下ろしてくる。

「わぁっ!」 

「きゃぁぁ!」

 遮蔽物の少ない丘の上で強風を浴びた多くの者が、背後から押し倒された。

「あれは……」

 トスカラルは愕然とする。魔竜が巨大な翼を羽ばたかせ、空へと上昇し始めていた。

「メイベル様……」

 苦悶の表情でエルラッカムもその様子を眺める。

「エルラッカム殿、いかがすべきか」

 後背にいる妻たちを気にかけながら、トスカラルは彼女に助言を求めた。

 エルラッカムは周囲を見渡す。

「ここにいてはあまりに無防備です。一旦あの藪の中に、身をひそめましょう」

 そう言って道を反れた草原の中、丈の長い雑草の一帯を指差した。

「それと二つ願いがあります」

「何なりと」

「身をひそめることと矛盾するかもしれませんが、隠れる際はできるだけまとまっていただきたい。それと法師の皆を、私の元に集合させてください」

「わかり申した」

 トスカラルは皆に指示が行き渡るよう、急ぎ家臣に命令する。

 豪華に着飾った者たちも質素な庶民たちも関係なく、入り混じって動きだした。  

 皆、道を外れ草むらの中に駆けていく。また、ゼリセイアなど歩けない者たちは台車から下ろされ、体力のある者たちに背負わされて移動した。

 彼らは雑草や低木の隙間に、這いつくばるように伏せる。

 しかし魔竜の巨大な気配は、どうしていようと拭い去れるものではなかった。身を寄せ合い隠れている所為もあり、それぞれ周囲の者たちの恐怖が伝染していく。

 そして遂に混乱した者も現れた。 

「こんなところでは、すぐ見つかってしまう!」

 遮蔽物のないこのような広い草原では隠れきれないと、勝手に逃げ始める。一人が動きだすと、周囲の人々も釣られて走り出した。

 その様子は、魔竜に一目瞭然である。動かなければ矮小な人間などにいちいち気など止めなかっただろうが、動く標的には容赦なかった。しかもお陰で、草木に隠れ縮こまっている集団も発見したのである。

 グルフオーの火炎が、彼ら目掛けて放たれた。

「法師がた。よろしいですか!」

「はい!」

 避難民の中心にいるエルラッカと法師たちは、手を繋ぎ円陣を組んでいる。

 法師らは精神を統一し、彼女に法力を送り込んだ。いや、吸い取られていると言った方がよい。しかしそれは彼らも望んだことだった。

 彼らの法力を自らの宝玉に集中させたエルラッカムは、叫ぶように唱歌する。彼女の身体が輝き、避難している人々を囲い込むように巨大な防御陣が現れた。

 そこへ魔竜の吐いた爆炎が、瀑布となって襲いかかる。

「うわぁぁぁ!」

 彼らの上に覆い被さってきた炎の波が、エルラッカムの防御壁によって阻まれた。高温の熱だけが、皆の上に押しつけてくる。

 しかしそれで済まなかったのは、我慢できず逃げ出した者たちだ。炎の津波に追いつかれると、周囲の草原と共に焼き尽くされた。上空から見た草原の丘は、一面火の海である。

 グルフオーはそれだけを確認して、エスルの街に翼を進めた。

 防御壁の上を漂う炎と、その周囲の燃え盛る草原がカモフラージュとなり、皆は無事やり過ごすことができたのだ。

 

 ―ウォル!― 

 意識の途切れていたウォルの頭に、メイベルの叫びが直接走る。

「うぅぅ、メイベルさ……ま?」

 彼は体を起こそうとして上半身が固定されているのに気付き、騎神兵に搭乗していることを思い出した。

 すぐ目の前には地面がある。ウィルナリアスはうつ伏せのまま、瓦礫に埋もれていた。

 一寸前の戦いがフラッシュバックする。

「そうか、また意識を失っていたのか。情けない……」

 己の不覚を嘆いたが、乗り込んでいる騎神兵はなかなか動こうとしなかった。

 ―酷なのは承知いていますが、私のところまで来てください。情けない話ですが、私も動けない状態にあります―

 メイベルの声は苦しそうに聞こえてくる。

 ―ですがこのまま、休んでいる訳にはいかないのです。グルフオーが飛び立つのを阻止できませんでした。今あのものを追撃できるのは、あなたをおいて他にありません―

 彼女の眼を介し、ウォルにも魔竜が飛び去っていく姿が映し出された。

「お待ちください……すぐに向かいます……」

 生身のメイベルがここまで尽くしてくれたことを思えば、強力な騎神兵に頼っている自分が甘える訳にはいかない。

 先ほどの戦いでウィルナリアスとは、今までになく一心同体となれた。今もその感覚は残っている。あれが蘇れば必ず騎神兵は呼びかけに応じ、起動してくれるはずだ。

 ウォルは集中し、パートナーに呼びかける。

「もう少しだけおれに力を貸してくれ。君と引き合わせてくれたメイベル様が、おれたち必要とされている。今すぐにでも、駆けつけなければならないんだ」

 彼の身体を覆っている管状生物が脈打ち始めた。

「そうだ。立て、立つんだ。アクルウィルナリアス!」

 頭部の水晶が仄かに輝く。その光は淡かく弱かったが、それでもゆっくりと動きだした。

 両手を地面に付き上半身を持ち上げると、片膝を立て起き上がろうと踏ん張る。

 背が持ち上がり、覆っていた瓦礫が振り払われていった。

「いいぞ!まだおれたちにはすべきことが残っている」

 

 眼下に見えるエスルの街を、グルフオーは縦断するように炎を浴びせながら飛行する。

 もう建物内に隠れていようがいまいが、住民たちに安全な場所はなかった。

 街全体が炉のように、燃え上がる。

 騎兵隊隊長ノーガンクは残存部隊を街中に散らすと、民衆の避難誘導に当らせた。動ける者たちは街を脱出させ、森などの周辺へ向かわせる。逃げるのに間に合いそうもない者たちは、市城門や堅牢な神殿へと避難させた。

 アティアナも市城門を出て、街の一角でその指揮の一翼を担う。ノーガングはもちろん反対したが、猊下の従士が側にいることもあり、最後は承知せざるを得なかった。

 彼女たちは馬上にあって、途切れることのない避難民の流れを見守る。

 しかしその上空では、自らの炎に照らされる魔竜の影が、更に大きくなりつつあった。

 アティアナは堪らず、傍らのネルセダに尋ねる。 

「ウォルやメイベル様は無事なのでしょうか。あの魔神の眷属を止めることは、もう誰にもできないのですか」

 彼女は、責務と感情の狭間で葛藤していた。グルフオーがここまで攻めて来たということは、ウォルたちに何かしら起こったと考えるのが自然だろう。それでも目の前には、大勢の守るべき人々がおり、軽はずみな行動はできなかった。

 ネルセダの気持ちも、彼女同様である。ただアティアナがここを離れない以上、彼女のいるべき場所は決まっていた。

「今は、すべきことをしよう。もう奴にはここの様子も見えているだろうが、幸いというべきか、選別して攻撃している訳ではないわ。ただ道すがら攻撃を仕掛けているだけ。こちらに危険が及ぶ前に、何か方策を立てないと」

 現状では法師も相当数協力してくれているが、防御系の法術に長けているのはわずかしかいない。しかも街じゅうに散らばっているため、まとまった力になりえなかった。 

「父様。母様……どうすれば……」

 アティアナは呟くように、まだ安否を確認できない両親に問いかける。ネルセダの言う通り、まずは目の前の民衆の安全を考えなければならないのだ。

「ハッ!」

 ふとネルセダが空を見上げる。

「どうしたのです?」

「メイベル様からの伝書光だ」

 アティアナも見上げると、確かに輝く光が向かってくるのが確認できた。

 しかしその視線の先を、瞬く間にグルフオーの影が割り込んで覆い隠す。

「!」

 そして魔神の眷属は、そのメイベルの伝書光を飲込み砕いてしまった。

「おのれ!」

 ネルセダが悔しがり、アティアナも呆然とする。

「こんなことが起こるなんて……」

 敵対する神々の法術を目撃したからには、グルフオーはそれが何でさえ容赦なかった。

 そこに騎士らが数人騎馬を寄せてくる。

「姫君、退避してください。このままでは巻き込まれてしまいます」

「ですがまだ避難は終えてはおりません」

 騎士は必死で訴えた。

「お気持ちはお察しします。しかし、閣下や夫人の行方が不明な以上、姫君に何かありましたら、このベリュン領は滅びてしまいます。まずはご自分の身をお案じください」

 アティアナは困りながら、ネルセダを見る。

 ネルセダは仕方なく彼女と騎士たちの間に割って入った。

「貴公ら。領主代理は、心構えができておられる。彼女のことは私に任せ、貴公らも己の職責を全うせよ。まぁ、命が惜しければ、逃げるのは勝手であるが」

「なっ、何を申される!我らの忠義を疑われますか」

 騎士らは憤慨する。

「いいえ。私を気付かってくだっているのは、理解しております。ですが私も皆様に仰がれる立場として、その役目を疎かにできません。ぜひ協力お願いします」

 アティアナは、そう彼らに助け舟をだした。

 返事に窮した騎士らはやむをえず従う。

「……わかり申した。ご命令とあれば」

「ただし、危険を察しましましたら、直ちに退避してください」

「ええ。承知しました」

 騎士らは領主代理の返事に納得はしなかったが、持ち場へと戻っていった。

 見届けたアティアナは、ネルセダに溜息をつく。

「あれは言い過ぎですよ」

「でも、さっさと退散してくれたでしょ。無駄な時間が省かれたわ」

「そうですね。確かに助かりました。ですがそれよりも、メイベル様からの伝書光はどうするのです。こちらから返信するのですか?」

「……だめよ。放てば、あ奴に見咎められる可能性も高い。こちらに呼び寄せてしまうわ」

 それからネルセダは気持ちを吹っ切るように、彼女に投げかけた。

「今はあなたに付き合うから、このままがんばりましょう。それに先ほどの伝書光で、メイベル様が御無事であることに確信持てたわ。私も、与えられた使命を果たさなくては」

 アティアナは目を丸くする。

「ありがとう!このまま二人で、役目を全うしましょう」

「ああ」


 エスル城外郭の一角。

 ウォルとウィルナリアスは気力を振り絞り、ようやくメイベルの思念に導かれてきた場所に辿り着いた。しかし目の前には瓦礫の山が立ち塞がっている。

「まさか、この下に?メイベル様ぁっ!」

 ウォルは力の限り叫んだ。

 微かに、崩れる音がする。それに気付き、駆け寄った。

「よく、来てくれました……」

「メイベル様!」

 彼女が胸より下を、瓦礫の山に埋もれさせた状態で仰向けに倒れている。

 それでもウォルの姿を見て、気丈に微笑んだ。

「お待ちください。すぐにお助けします!」

 ウィルナリアスはメイベルに覆い被さっている大きな石の塊に手を掛ける。

「うわっ!」

 しかしすぐにその掴んだ石を離して、一歩引き下がった。瓦礫は崩れやすく、慎重に対処しなければ、かえって彼女を押し潰してしまいそうである。

「ウォル。今は無理に助けていただかなくとも結構です……」

「ですが、このままでは」

「よいのです……」

 メイベルは、仰向けのまま右腕を天に掲げた。

「それよりもウィルナリアスの水晶を、この手に近付けてもらえませんか……グルフオーを倒すためにも……」 

「メイベル様……」 

 彼女の言うことはいつも正しい。

 ウォルは、胸が痛みながらもウィルナリアスを彼女の元に跪かせた。

 そして彼女の手の掌が、騎神兵の額の水晶に触れた瞬間、輝く法力の光が溢れだす。

 ―私の持てるすべての法力を、注ぎ込みます。その力で、飛ぶのです。今となってはグルフオーを倒せるのはウォルとウィルナリアス、あなた方しかおりません― 

 メイベルの声が、ウォルの元に響いてきた。

「しかし飛べるとしても、遥か先の奴に届くでしょうか?」

 ―それについては心配に及びません。準備は整っています。それに……私の法力も甘く見ないでください―

 確かに騎神兵を通して脈動する大いなる力が、無限に彼の中にも入ってくる。その流れは彼の気力も回復させるが、それと同時に非常な負荷も与えていた。

 ―ウィルナリアスだけでは足りません。辛いでしょうが、あなた自身も法力の器となってください―

「……はい。大丈夫です。耐えます」

 ウォルにも覚悟はできている。

 メイベルも彼らに賭けていた。無論この状況を想定していた訳ではない。しかし、くしくも老猟師ラフノスがエスル城の厨房でダレクに語ったように、まさにここにも天の采配があるように思われた。空を飛ぶことの可能な騎神兵が、この場に存在しているのだ。

 そしてメイベルが法力の最後の一しずくを与え終えた時、放たれていた輝きが途絶える。

 彼女はぐったりうなだれ、美しい銀色の髪はくすんだ白髪のようになっていた。

「はぁはぁ。これがメイベル様の力……」

 ウォルも法力の圧迫から解放され、息を切らせる。ウィルナリアスは肩を落し、両手両膝を地面についた。

「これは、いったい?」

 そこにメイベルを探していたザーガルトとユービルスの騎神兵が現れる。突然現れた光の元をたどって、ここまでやってきたのだ。

 二騎がその場に駆け寄ると、あの空飛ぶ蒼い騎神兵の跪いた背が見える。

 それに光の終息した場所には、痛ましいメイベル姿が目に入った。

「猊下!」

 か細い声で、彼女は答える。

「あぁ、あなたは先ほどグルフオーの攻撃を阻止くれた方ですか……無事で何より」

「やはり、猊下が私を」

「ええ……ただこの状態ですので、目測を誤っていないかと心配していました」

「おいたわしい。すぐにお助け致します」

「おい、貴公。猊下をなぜすぐにお救いせぬ」

 ユービルスは、その場に動かないでいる蒼い騎体の肩に手を掛けようとして、ハッと退いた。その騎体から発せられる法力を察し、彼の騎神兵は怯えるように足を止める。

「彼には……せねばならぬ任務があります。もし私を助けていただけるというのでしたら……すみませんがお二人にお願いを……」

「それは構いませぬ!」

「で、こちらの騎手殿は?」

「……ウォル、準備は整いましたか」

「はい!メイベル様!」

 騎手は力強く答え、蒼い騎神兵が立ち上がった。

「君は……」

 ザーガルトとユービルスが注視する。その騎手は、まだ騎士とも呼べぬ歳の若者だった。


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