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第九章 決戦エスル城 その1

 メイベル・リンクはただ一人、エスル城政庁、晩餐会の行われていた会場に向かって階層を進む。キーレオスの心を読み、人質がそこに拘束されているのはわかっていた。

 行く先々に配備されている騎士や兵士らは、ソウブロアに手をださぬよう命令されている。ただ命令がなくとも、何かできようはずもない。皆、危うい計画に参加しているという自覚があった。ただ祈りながら、彼女が何事もなく通り過ぎるのを待つ。

 お陰で何の障害もなく、メイベルは広間に通じる大きな扉の前に辿り着いた。

 彼女は左右を守る警備兵に促す。

「お開けなさい」

 兵士らは顔を硬直させながら、言われるがまま扉を開けた。

 広間の無数の視線が、開け放たれた扉へと向かう。

「オオォ」

「猊下!」

 神々しさを放つメイベルが、晩餐会だった会場に再び現れた。

 半日ぶりの来訪である。床に座らせられていた人質たちが、一斉に騒ぎ出した。

「動くな!黙っていろ!」

 見張りの騎士や兵士が、暴力的に人質たちを押さ込む。その中で数人の騎士らが、メイベルを取り囲んだ。

「入出の許可を許されてはおりません。近づかないでいただきたい」

 しかし聖女の怒りが恐ろしいため、剣も抜けず遠巻きに囲むのが精一杯である。

「私を誰だと心得ます!これ以上の暴力は許しません。人質から離れなさい」

 メイベルが凛とした声を発した。その一言で、兵士らが固まる。

「人質の皆様がたも、お静かに。今しばらく、辛抱をお願いします」

 メイベルの言葉には抗しがたい力があった。兵士らは手を引き、人質も静まり返る。

「さすがは猊下」

 その静寂の広間に、一人の足音が聞こえてきた。

「ソウブロア殿……」

 メイベルを押し留めていたベリュンの騎士らが、彼を通すため彼女の囲みを解く。

 ソウブロアはメイベルの前に進みでると、最敬礼を行った。

「猊下、御足労いたみいります」 

「これより他、解決の糸口はないようですので」

「ご安心を。従士殿は、無事保護しております」

「それについては承知しております。それより、あなたの目的を伺いたいですね」

「騎神兵の軍団を効率的にまとめ、世界秩序を再構築する以外にでしょうか?」

 周囲には、二人がすでに何らかの前提がありつつ、会話を進めているように見える。誰も口を挿める状況ではなかった。

「その望みはコルゴット王国とキーレオス卿だけのものでしょう。あなたはいかがです」

 ソウブロアは頷く。

「私は始めから、猊下との直接会談を望んでおりました。その機会がようやく訪れたことを、嬉しく思います。実はすでに別室をご用意しております。さすがは大領ベリュン本城の聖堂です。見事な作りでした。猊下も気に入っていただけるものと存じます」

「よろしいでしょう。ですが条件があります。人質を解放しなさい。この場所以外の人々に関しても、全員です」

「承知致しました。猊下の申される通りに従います」

 ソウブロアは何の躊躇もなく、承知した。

 ベリュンの騎士たちは、コルゴット王国の司師の勝手な判断に納得いかない。

「ソウブロア殿。キーレオス卿の了承を得ているのか!」

「大事な人質ですぞ。こいつらを解放して、他国とどう交渉するのです」

 それに対し、冷たくソウブロアは言い放った。

「あなたがたは、猊下に逆らい神々に敵対するおつもりですか?」

 騎士たちの言葉が詰まる。

 そこへきてコルゴット王国の法師らが、メイベルの前で膝をつき拝礼した。

「我ら法師一同は、ソウブロア司師の判断を支持致します」 

「猊下に弓引くつもりなど、毛頭ございません。我らは国を思い世界を憂えればこそ、決起致したのです。それをご理解いただきたい」

 法師らを眺めながらメイベルの中に、神の名を出さずにこの事変を治められるのでは、との期待が生まれる。無論ソウブロアの意図は読めないが、逆を言えば彼以外は問題とならないだろう。人々に災禍を背負わせずに済むかもしれないと、安堵した。

 しかし彼らへの対応に甘さを見せる気はない。まだ戦いは至るところで行われており、慈悲で自由な行動をさせる訳にはいかなかった。 

「ならばあなたがたも、城を退去しなさい。私がこの事変に介入し、事が潰えたことを仲間に伝え、戦いを終わらせるのです」

「はい。仰せのままに」

 法師らは従順である。騎士らはそれを苦々しく見ていた。

 メイベルは人質たちを見まわす。

「トスカラル・ベリュン侯爵はいずこに」

「……ここに控えております」

 両腕を縛られたトスカラルが、床から立ち上がる。彼の周囲には、同様に縄などで拘束された者が集められていた。騎士や騎手、法師など、戦闘や法術に長けている者たちである。特に法師は呪文の唱歌を行えないように猿轡もされ、身動きもままならなかった。

 後ろ手に縛られたまま人質たちを掻き分け、トスカラルがメイベルの元に向かう。

「どなたか、縄を解いて差し上げなさい」

 そそくさと動き出したのは、コルゴットの法師であった。

 縄を解かれ法師に支えられて、トスカラルはメイベルの前に跪く。

「全ては私の失態にござります。どのような罰もお受け致します」

 苦悶に顔をゆがませ、トスカラルは悔いた。

「起こってしまったことは、もう取り戻しようがありません。ですがこれからに関しては、ベリュン領の領主としてその職責を果たしなさい」

「こうなってより私めに、どのような役目が……」

「エスル城より、皆を退避させる指揮を執るのです」

 そのとき、近くで聞いていた人質の一人が、声を上げる。

「猊下!こやつのため、このような事態に陥ったのですぞ。指示など仰げませぬ」

 広間がざわつき、賛同する者も現れた。トスカラルが肩を落とす。

 それに対しメイベルは、強く言い放った。

「私が決めたのです。従わぬ者は私への反逆と判断致します。この先、無事に脱出しようと、神々の庇護が受けられぬものと心得なさい!」

「いいえ。そのようなつもりは……」

 トスカラルの指揮に異を唱えた人質たちが、縮こまる。

 ときには脅すことも仕方なかった。皆を無事に逃すためである。

「ベリュン侯もよろしいですね」

「必ず成し遂げて見せます」

「下々の人々の事も忘れぬように。ただし現在、ウォル殿が騎手として皆のために城外で戦っております。それに巻き込まれぬように、安全な経路をお考えください」

「おお、ウォルが騎手に。あの者が騎神兵を操っているのですか?」

「ええ。それにアティアナさんも騎士団を率いて、コルゴット王国軍と戦っております」

 駄目な親のために娘たちが戦っているのかと思うと、トスカラルは胸が苦しくなった。「あの……妻はいかが致しておりますでしょうか……」

「そのことは私にお任せいただけませんか。無事にお連れします」

「ありがたきお言葉。よろしくお願い致します」

 メイベルは再び、人質たちを見渡す。

「これよりベリュン侯を私の代理とし、後を託します。私の指示と思い従うように」

 それからメイベルは、ソウブロアのほうを向いた。彼はこの間、これといった反応を示していない。既に部下にも人質にも、興味のないような佇まいであった。

 メイベルは彼に促す。

「参りましょうか」

「仰せのままに。それではこちらへ」

 にこやかに反応したソウブロアはマントをひるがえす。

 そしてメイベルを、政庁上階につながる階段へと、いざなっていった。


 エスル城政庁最上階。光の神々を祭る聖堂。

 この広々とした空間にいるのは、メイベルとソウブロアだけである。

 メイベルは、聖堂中央の床に描かれている図柄に目を見張った。

「いかがですかな。なかなかの力作でしょう」

「これは、魔神の眷属を召喚する魔法陣……」

 異様な文様が組み合わさり構成された方陣が、タイルの床に赤色で大きく描かれている。その色はまだ乾いておらず、人の血だとすぐにわかった。聖堂の片隅には、法師の遺体が三人分捨て置かれてある。

 そしてソウブロアは、その魔法陣の中心に立っていた。

「邪教を信仰しているようには、見えませんでしたが」

「信仰ですか……確かに信仰心など待ち合わせておりませぬ。しかし抗えないのも事実」

 ソウブロアの表情は、狂気も何もなく淡々としている。

「ところで猊下にお訊ねするが、魔神とは邪悪なものでしょうか?」

「いいえ」

 メイベルは澱みなく答えた。

「意外な答えですな。光の神々に仕える聖女とは思えませぬ」

「ですが人類とは、相容れない存在です。魔神は容赦がなく、慈悲も知りません。絶対の服従を求めます。それは私たちの性質には受け入れがたいものです」

「よくわかります……」

 ソウブロアは一度言葉を区切り、それから続ける。

「猊下。私の身の上話を聞いていただけますかな。全てお話致しましょう」


 城門前。

 ウィルナリアスとノーグは積極的に騎神兵に討ちかかっていった。 

 ただそれでも、敵の物量の多さに手間取る。相手が騎神兵だけならまだいいが、間合いを取ろうと敵から離れると、城壁から弓矢の攻撃が降り注いできた。

 矢の攻撃など騎神兵には全く効果ないが、唯一頸部より首を覗かせている騎手だけは違う。装甲の外れたところに偶然でも当れば、それが致命傷になりかねない。そのため思うように、戦場を動き回ることができなかった。

 そのとき二人の脳裏に、対峙するメイベルとソウブロアが視覚的に入ってくる。

「ダレク!お前にも見えているか」

「ああ。メイベル様と変な男が頭の中に」

 ダレクは、ソウブロアを知らなかった。

「この人物が、コルゴット王国のソウブロア司師。今回の首謀者の一人だ」

「メイベル様がおれたちに、この映像を見せているんだよな」

「そうらしい」

 ウォルとダレクは敵の攻撃を避けながら合流し、背中合わせに態勢を整える。

「助けに来いってことか」

「どうだろう。もしかしたら今の状況を、おれたちに知らせたいのかもしれない」

「なぜっ。おっと!」

 ダレクは話しながら、敵騎神兵の一振りを間一髪で避けた。

 その剣を振り切ってしまった敵は大きく隙を作ってしまい、ウィルナリアスの剣に側面を突き刺される。

「わからないが、まずは目の前の敵だ!」

「戦いながら見るのは、きついな」

 ダレクは一呼吸置いて、次の敵に向かっていった。


「神々の戦いが行われた神話の時代。我々人類は、創造主を失いました。そして人類は、光の神々に庇護を求めた。そうでしたね」

 ソウブロアの話は、神話の時代まで遡り始まった。

「ええ。そのお陰で、今日の我々があります」

「しかし人類が皆、光の神々になびいたのでしょうか?」

「違うというのですね。それが、あなたの祖先とでもおっしゃるのですか」

「まさにその通り。我が先祖は、自らの創造主を殺した魔神に投降し生き延びたのです」

 メイベルは訝る。

「そういった集団が存在したことは歴史が記しております。しかしその者たちは、神々の戦いの終結の後、魔神らと共に幽閉世界であるオグルガイヤに追放されたはずです。それから数千年間、今日まであの世界で生き延びたなど、聞いたことがありません」

「ですが事実、私はあなたの目の前にいる!」

 ソウブロアは今までになく激高した。

「オグルガイヤで我々人類は、敵の神々に与した末裔として、遥かな歳月を奴隷以下、虫けらのように扱われ生き抜いてきたのだ。その世代を越えた苦しみが理解できますか?」

 しかしその彼らに転機が訪れる。

 魔神の勢力が、人間の使い道をようやく見出したのだ。

 この数十年間。オグルガイヤより人類の住むこの世界レイメルグに、大規模な侵攻は行われていない。

 それは二つの世界をつなぐ接地面が、非常に小さくなったためだった。

 侵入路が小さければ、巨大な身体と強大な力を持つ魔神の眷属たちは、レイメルグへ移動することができない。

 そこで計画されたのが、敵と同族である人間たちを、斥候として人界に放つことだ。

「私は仲間と共に、この世界に放たれた。魔神らに、魔術の鎖をつながれた状態でね」

「仲間?」

「心配せずとも無用。皆死にました。自滅です。この世界はオグルガイヤよりも遥かに過ごし易いはずでしたが、今さらこの環境に適応できる者はいなかった。この私も、あの法師殿に救われなければ、間違いなく死んでいたでしょう……」

 大陸の最貧の国コルゴット王国のさらなる辺境で、野たれ死ぬ間際のソウブロアは、光の神々に仕える老齢の法師に助けられた。法師はソウブロアから魔力を感じ取ったが、それは彼が邪教に落ちたためと考える。さすがに魔神より異世界から送り込まれたなどとの、考えには至らなかった。

 そのため法師はソウブロアを改心させようと、親身になって世話をした。

 ソウブロアにしても、敵対する法師の身近にあるのは都合が良いと考え、この地に留まることを決める。そしてこの世界の事象、歴史などを学んでいった。

 しかし魔神の呪いに縛られたソウブロアは、いつもその影に苦しめられる。

「そのとき法師殿が提案をされたのです。私に法師になってみないかと。法師になり神の庇護を受ければ救われると。彼としては、私が邪教に手を染めたためその呪いにかかったとしか、思っていなかったのでしょう。しかし考えましたよ。もし法師などになれば、光の神々に出自がばれてしまう可能性もある。とは言えこのまま大陸の辺境に居続けても、事態は変わらない」

 ソウブロアはそうして決断した。法師となる洗礼を受けたのである。

「そして額に法玉が現れたとき、思いもよらぬ力が私に宿った。何かおわかりか?」

「魔術と法術、その両方が合わさった力を手に入れたということですか」

「ええ。ですがそれだけではありません。法玉の力は、魔神の楔から解き放ってくれたのです。私は自由になった!」

 それからのソウブロアは、力を己のために行使していった。

 恩人である法師の病死後、彼の跡を継ぎその地域の顔役に納まる。そして荒廃していた周辺一帯の治安を取り戻し、住民の信望を集めるに至った。それでこの地を領する貴族とも接点を持つと、さらに大きな働きを見せて名声を高めていく。

 そこからコルゴット王国の国王に辿り着くのは、案外容易なことだった。

「中々楽しい人生でしたよ。このまま国王を担ぎ、大陸の制覇を目指すのも悪くないと本気で考えたりもしました。ですがそれも今日で終わりです」

 メイベルは、冗談とも本気とも取れる言葉を返す。

「魔神の枷が外れたのであれば、続ければよろしかったでしょうに。あなたの能力であれば、それもできたはずです」

「そうもいきませんよ。私にとっては光の神々より魔神たちのほうが遥かに恐ろしい」

 ソウブロアは額の法玉に触れた。

「猊下、あなたはご存じなのでしょう。光の神々が、我ら人類に関心のないことを。もし守護する意思があるのなら、魔神の力を受けた私が法師になれるはずはない。神々にとっては、人類を魔神の勢力から護ることなど、面倒な義務程度の認識なのだ」

「そうではありません」

「何が違うというのです!」

「これは私たち人類が、そう望み、選択した結果です」

 メイベルは、人類が置き去りにし忘れてしまった歴史の事実を語る。

 神々の戦いでの勝利の後、人類は光の神々より二つの選択肢を与えられた。

 一つは神々の恩恵と庇護を永遠に受け続け、神々の住まうリュースヒムにて暮らしていくこと。もう一つは、レイメルグにおいて神々からの干渉を受けずに、人類自らの手で世界を創っていくこと。

 そして人類は、後者を選択した。

「ならば太古の人類は馬鹿な選択をしたものです。お陰で戦いの歴史は今も続いている」

「私はそうは思いません。……法玉とは、本来はなんのためのものかご存知ですか?」

「というからには、魔神に対抗するためのものではない、ということですかな」

「法玉は、リュースヒムで人類が暮らしていくために必要不可欠な要素。法術の力を使わねば生きていけぬほど、神々の世界は人類にとり過酷な環境なのです。聖地に住まう人々が法玉を施しているのも、その地がリュースヒムを模して造られているから。聖地は、世間が思うような楽園ではありません」

「つまりこのレイメルグは、人類が唯一当たり前に生存していける世界という訳ですか」

「その通り。私たちはこの世界で、自由に生きる機会を与えられております。あなたもそうなさい」

 ソウブロアは悲しみの表情を見せる。

「この世界に赴いた最後の生き残りが、何の手柄も立てずに裏切ったとしたら、さらにオグルガイヤの同胞は厳しい立場に立たされます。それだけはどうしても避けねば」

 床に描かれた血の魔法陣を、メイベルは改めて眺めた。

「もしこの場に召喚された眷属が、目の前であなたを見つけたら、私の働きを認めてくれるに違いありません。あなたはかの世界でも有名ですから、さぞ喜ばれるでしょう」

「それであなたはどうなるのです」

 ソウブロアは微笑み、自身の法玉に手をかける。

「私の心を読むのであれば、これが最後ですぞ。魔神らの情報もあるかもしれない」

「……」

 メイベルは無言のままだった。

「さらばです。メイベル・リンク」

 ソウブロアは、自らの手で生命の象徴である法玉をえぐり取る。人体からはなれた法玉はその場で霞のように消え去り、額の傷から血が噴き出した。

 その瞬間、聖堂の空気を震えて歪む。

「ウギャアアー!」

 魔法陣が澱んだ光を放ち、方陣中心のソウブロアは、その光が変化したイバラのような呪術に拘束をされた。


「おい!これはヤバいんじゃないか」

 ダレクは焦るように言った。

 ウォルとダレクの元に、聖堂の様子が直接伝わってくる。メイベルとソウブロアの会話も衝撃的だったが、今はそれ以上に緊急な事態だ。

「しかしまだ敵が」

 ウィルナリアスとノーグの目の前には、三騎の騎神兵が残っている。

「優先順位を考えろ。ここはおれがなんとかする!」

 ダレクはそのまま、敵に突入していった。

 ウォルは決断する。

「すまない!メイベル様を救出に向かう」

 城兵らが、ウィルナリアスが戦線から一歩外れたのを確認した。

「あの騎神兵を狙え!」

 城壁の上からウォルに向け、矢が一斉に放たれる。

 矢の大群がウィルナリアスに集中する瞬間、騎体の背から巨大な光の翼が噴きだした。 

「飛ぶだと?」

 敵が一同、驚愕する。

 ウィルナリアスは高々と跳躍すると、その限界点で城壁の頂上・歩廊に足を掛けた。

 そしてそれを踏み台に、さらに舞い上がる。 

「あの政庁の上まで、がんばってくれ」

 ウォルは騎体に呼びかけた。背中の発現器官から再び光の翼が噴射される。

 聖堂まではまだ遠く、飛行能力は安定しない。それでも今は、埠頭でのときより遥かに高く、そして遠くへ飛んでいた。

 巨大な騎神兵が飛ぶ姿を初めて目撃した皆は驚き、思わず動きを止めてしまう。

 唯一の例外は、無論ダレクのみだ。隙をついて三騎を押し退けると、城壁へ駆けだす。

「くそ!逃がすな」

 慌てて敵騎神兵が、追いかけた。

 ノーグはそれを尻目に、城壁の目の前でジャンプする。そしてガッチリと鋭い爪を石組みに食い込ませて、城壁に張り付いた。

「いける」

 ダレクは確信して、城壁に爪を食い込ませながら登っていく。上の弓兵が動き出すまでが勝負だ。ノーグは勢いをつけてよじ登り、城壁の上に辿り着く。

 歩廊より見上げた空には、翼を広げるウィルナリアスの姿があった。

「うぁあっ」

 巨大な姿のノーグに、歩廊の兵士らが慌てて逃げる。足を滑らせ転落する者も続出した。

 城外の騎神兵が怒鳴る。 

「早く城門を開けろ!」

 鉄格子を開けようと、複数の城兵が城門の裏手に向かった。

「させるか!」

 ダレクは歩廊から、外郭広場の地面へと飛び降りる。

 鉄格子を上げるために、数人がかりで太いロープを巻き取ろうとしていた。

 ノーグは爪を輝かせ、それを阻止しようと動きだす。

 ―およしなさい。城門は開けさせるのです―

「えっ!メイベル様。なぜです?」

 ―こちらの状況は見えていますね。恐らくエスル城は沈むでしょう。城内の皆を逃すためにも、城門の開放が不可欠です―

 メイベルに指摘され、ダレクは自分が状況に流されていたことに気付いた。

 もっとも危険な場所にいるメイベルのほうが、皆のことを考えている。

「わかりました。指示に従います。おれもそちらに急ぎます。辛抱を!」

 ―ええ、ダレクも……

 と、そこで会話がブツッと途切れ、聖堂の様子も見えなくなった。

 ダレクは歯を食いしばる。

 振り返ると内城門が見えた。あちらの扉は開いたままである。

 ノーグの目指す矛先は決まった。

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