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第八章 大地を駆ける その2

「何だ、あれは!」

「突然船がでてきたぞ!」

 太陽の光を浴びて輝く帆船は、突如現れて港湾の中に進入してきた。

「ノクトネイラの船ではないのか?まさか、猊下を迎えに戻ってきたのか……」

 エスル城の状況や、メイベルたちの動向を知らされていない兵士たちに、動揺が走る。

「法師を呼べ!城に連絡だ!」

 エスル港の警備兵たちが、慌てて動き出した。

 ノクトネイラの帆船は、近付くにつれその全容が現していく。

「……騎神兵だ!船に騎神兵が乗っているぞ」

 甲板の上には二騎の巨人が立っていた。蒼と朱の対照的な色をしており、その騎影は今まで見たことのない姿である。

「どこの国の……いや、神々の眷属が乗る騎神兵なのか」 

 そのとき蒼い騎神兵のほうが、船首まで移動するのが見えた。

 そしてその蒼い騎体から突然、両横に向け大きな光が噴出される。

「光の翼……」

 光をまとった騎神兵は、羽ばたくように空へ上昇した。

「騎神兵が飛ぶなど、ありえん!」

「ウアッ、こっちへくるぞ!」

 その騎体は海面を高々と飛び越え、埠頭へ向かってくる。そして上空で光の翼を霧散させると、兵士たちの集まる海べりに着地した。

 逃げ惑いながらも兵士の一人が、着地の瞬間跪いた騎神兵の騎手の顔を確認する。

「あれは司令官の?」

 すぐさま立ち上がった蒼い騎神兵は剣を抜き放ち、兵士たちを威圧した。

「皆の者、動くな!メイベル・リンク猊下がお成りになられる。もし猊下に害をなそうとする者がいれば、私が容赦しない!」

 騎神兵を見上げる兵士たちは動けない。彼らにとってメイベルが海上にいたことも初耳であるが、いつの間にか敵として認識されてしまっていたことに衝撃を受けた。

 たまらず一人の兵士が、持っていた剣を投げ捨てる。

「オ、オイ!乗っている騎手殿は、ウィルナリス司令官のご子息ではないか。降伏するから助けてくれ。たまたま隊長がキーレオス卿に賛同しただけで、おれは関係ない!」

 唖然としている他の兵士たちをかき分け、隊長が怒気を露わに詰め寄った。

「貴様、裏切るのか。許さんぞ!」

「おれは命令されただけだ。司令官を殺すなんて思ってもみなかった」

 隊長は剣を抜きその兵士を成敗しようとする。しかし思ってもみないことが起こった。「グヮァッ」

 別の兵士が隊長を斬りつける。他の兵士たちも堰を切ったように、その行為に加わった。

「おのれぇ……」

 無念と怒りの表情のまま、隊長は切り刻まれて倒れる。

 それから兵士たちは、騎神兵の前に剣を放り投げた。

「武器は捨てた。降伏する」

「お願いだ、猊下に取り継いでくれ」

 口々に兵士たちが降伏の意思を伝える。

 それに対し蒼い騎神兵は動こうとせず、騎手も何も発しなかった。

 兵士たちは彼からの反応を得られず、不安のまま待たされる。

 ウォルは兵士を見下ろしながら、吐き気を催した。これほど人間が卑屈になれるのかと。

 そこへノクトネイラの船が、入港し接岸した。朱き騎神兵がそれに合わせ、甲板から飛び降り着地する。

 続いて舷梯が下ろされ、ラワック馬に跨った聖女が降り立った。

「メイベル様……」

 ウォルは何とも言えない表情で、メイベルを迎える。

 ―あなたを通して見ておりました。辛いでしょうが、これも人の本性の一つ。私やあなたの中にさえあるものです。ただ私たちはそれを自制する術を身に着けています。ただ他の者たちも同じようにできるとは、思わないほうがよろしいでしょう―

「申し訳ありません。己が若輩者であることは、承知しているのですが」

 ―あなたはご両親を亡くされました。正当な怒りです。気になさらずに。それよりも、見事な飛行でした。ウィルナリアスを良く操っておいでです―

 ウォルの騎体〈アクルウィルナリアス〉をメイベルはウィルナリアスと呼んだ。ウォルが世間へこの騎体を名乗る時が来れば、この名が使われることになるだろう。真の名を知る者は、彼のほかにその場にいたメイベルとダレクしかいなかった。

「ありがとうございます。ですが飛行というよりも、吹き飛ばされている感じに近かったような……距離もこれが限界でしょうか」

 ―本来、海中での移動を目的として造りましたからね。ですが、まずは成功と言えるでしょう。それにウォルにとっては、水の中で使用するよりこちらの方が現実的では―

「はい、確かに。ところでこの者たちをいかがなさいますか」

 メイベルは頷き、馬で兵士たちの元に近付いていく。

 そこへ法師が走り寄ってきて、メイベルの馬の足元に土下座した。

「申し訳ございません!命令されるがまま、エスル城へ伝書光を送ってしまいました」

「顔をお上げなさい。済んでしまったことは仕方ありません。ただしこれからは私の指示があるまで動かないように」

「仰せのままにーっ」

 さらに法師は地面に頭を擦りつけた。

 それからメイベルは、他の兵士を見回す。

「あなたがたも同様です。わかりましたね」

 兵士たちは冷や汗を大量に流しながら、平伏した。

「では、ウォルにダレク!行きましょう!」

 メイベルは精神感応を使わず、声を張り上げる。

「承知致しました」

「オッシャー、やってみるか」

 ウォルとダレクもそれに答えた。

 馬に鞭打ち駆けだしたメイベルを先頭に、ウォルのアクルウィルナリアス(ウィルナリアス)とダレクのラフノーグ(ノーグ)も走りだす。

 その様子を呆然と見ていた兵士たちが、ハッとして下を向いて縮こまった。

 ノクトネイラの船の甲板より、神々の眷属たちが彼らを睨んでいたのである。

 

 ソウブロアは、エスル城政庁最上階に造られた光の神々を祭る聖堂の中にいた。  

 三階層分を吹き抜けにしており、天井も高く広々とした空間だ。

 彼の元に、港よりノクトネイラの船が入港したとの知らせが届く。

「空を飛ぶ騎神兵ですか。俄かには信じられませんな……ですが騎神兵が二騎のみとは、予想より兵力が少なく安心しました。猊下は原則を守り、この戦いで眷属の力は借りぬようですね。まだ勝機はあるでしょう」

 側近の法師が懸念する。

「しかしナムバル男爵は持てるソウブロアスを、全て出撃させてしまいました。城で使える騎体は、ベリュンのラーガント一騎のみ」

「ならばキーレオス卿に任せましょう。それに実際、寝かせたままではありますが、騎神兵の数はまだ二〇騎以上あるのですから、何とかしてくれるはずです」

「キーレオス卿には、何と依頼を?」

「二騎の騎神兵を阻止し、猊下のみが城へ赴けるよう、計らっていただきたいと。それから騎神兵が空を飛ぶ件は、伏せておきましょう。代わりに、ウィルナリス卿の子息が、その騎手として向かっていると伝えて下さい。面白いことになるのではないかな」

「司師もお人が悪い。わかりました、早速伝えさせます」

「それでは、持ち場に戻りなさい。それと代わりに、別の法師を三名ほどこちらへ。猊下を迎える準備を手伝っていただきます」

「わかりました。手配します。それでは」

 法師は、聖堂に靴音を響かせながら下がっていった。

 広々とした聖堂の中には、ソウブロアだけが残される。

 その表情は、今まで誰も見たことがないであろう、穏やかで心静まったものだった。


「猊下が引き連れてくる騎神兵を阻止するために、私に城を出撃しろというのか!」

 キーレオスは、ソウブロアからの指令を預かってきた伝令を睨んだ。

 彼はあくまで、あの者を残して城から遠く離れる気はない。それでも合わせて知らされた、メイベルと共に向かってくる騎神兵にヴァスタロトの息子が乗っているという情報には、無視できなかった。少し考え、返答する。

「まぁいい。ならば城門の前で待機させてもらう。これならば城に入れることにはならんはずだ。そう伝えておけ!」

 伝令は追い立てられるように、城の中へ戻っていった。

 キーレオスは出撃を決め、周囲を見渡す。彼が待機する内郭広場には、港より運んできた騎神兵が二七騎が並べられていた。まだ名前のない、真っ新な素体である。

 その中でラーガントだけが、櫓に立掛けられ、いつでも動かせる状態になっていた。

 キーレオスの元に、部下の騎士たちが集まってくる。

「キーレオス卿。一人だけで二騎と遣り合うおつもりなのか」

「何が言いたい」

「ぜひ、我らにも騎神兵を使わせてくれ」

「未経験だから駄目だ、とは言わせません。今の伝令の話を聞きましたぞ。まだ従騎士の司令官の子息も、操っているというではないですか。我らに動かせない道理がない」

「それに我らは、貴公が騎神兵をくださるというから、加担したのですぞ」

 騎士たちは、口々に要求を突きつけた。

 しかしキーレオスにとって、なし崩しに騎神兵を与えてしまうのは、目論みとは違い本意でない。騎神兵を与える権利自体が権威の象徴であり、それを彼は欲していたのだ。

 それでも数少ない味方に不満を抱かせる訳にはいかず、渋々同意する。

「ならば順に操れるかどうか、試してみるがいい」

 騎士たち一同、喜びを見せた。

「ただしここにあるのは二七騎。お前らの数より遥かに少ない。資質のある者だけが、その恩恵に与かれる。乗ってすぐに騎神兵の言葉の感じ取れなかった者は、降りてもらう。言葉を聞けた者のみが、騎神兵を操る資格があるのだ」

 それから彼らを見回し、キーレオスは念を押す。

「いいか。もし順番の前の奴が、動かせる気配もなく粘っているようなら、追い出してしまえ。敵はすぐそこまで迫っているのだ。待っている余裕はないぞ!」

「オオッー!」

 騎士たちは我先と、素体の騎神兵に取りつこうと動きだした。


 メイベルのラワック馬と、ウォルのウィルナリアス、ダレクのノーグはエスルの街を抜け、城を頂く丘陵を駆け上っていく。遠方には、エスル城の上部がくっきりと見えた。

 ここまでの道すがら、戦闘は行わずに済んでいる。街の各所には戦場の傷跡が散らばっていた。しかし負傷した兵士は見かけても、待ち構える敵とは一度も遭遇していない。

 それはアティアナたちが港とは反対側、市城門の一角に立て籠もり、騎神兵を含む敵軍相手に、籠城戦を挑んでいたからだ。

 メイベルは馬を操りながら法術を使い、伝書光でネルセダと連絡を取り合っている。彼女はそれで得られた情報を、ウォルとダレクにも逐一報告してくれた。

 敵はアティアナたちの籠る城門を破壊するため、騎神兵を前面に押しだし、打ち壊しを行っている。ノーガングたちは城門の上からそれを防ごうと試みるが、敵陣後方からの法術や弓矢による牽制に阻まれ、苦戦の中にあった。

 ウォルは、助けに向かいたいと逸る気持ちを押さえる。

 ―集中しなさい。心を乱せば、ウィルナリアスにあらぬ動きをさせてしまいますよ―

 メイベルの声が強く届き、ウォルは我に返った。いつのまにか彼の操る騎体は、道の中央を反れて斜めに走っていた。

 ノーグを操り隣で並走するダレクが、ニヤリとする。

「走るだけでも、騎神兵を操るのに結構いい練習になるな」

 確かに走るという反復運動は騎体に馴染み、特性を知る上で非常に参考になった。

 ダレクの動きは、始めの頃の不安定な様子から進歩している。

 彼らが丘の急な傾斜を登りきると、城の下層である城門も見えてきた。

 一頭と二騎は、立ち止まる。

「おい!城門の正面」

「メイベル様!騎神兵です」

 丘陵の山頂を壮大に飾っているエスル城の城門は、解放されていた。しかしその門前には、ラーガントと複数の素体の騎神兵が立ちはだかる。

 ―ウォルはどう見ます―

「港から連絡を受けているにも拘らず、城門が開いていることを考えると、ただ我らの行動を阻止するべく立ちはだかっているようには思えません」

 ―そうでしょうね。ダレクはどうです―

「おれに聞くんですか?それじゃ答えますが、あのラーガントの騎手が今回の元凶でしょう。それにウォルの両親の仇だ。あっちの思惑は関係ない。やっちまいましょう」

「ダレク、おれたちの目的はこの戦いを早く終わらせることだ。無駄な戦いは必要ない」

 ―ダレクはウォルが我慢していることを、代弁してくれているのですね―

「そういう訳じゃ……」

「ありがとう。でもおれは大丈夫だ」

 ウォルは友人の心遣いに感謝した。

 ―ですが今回は、やはり相手の出方をみましょう―

 メイベルの懸念は、ソウブロアの動向だけである。あの者の真意だけが読めなかった。

 ―ここからは堂々と参りましょう。時間は惜しいですが、焦りは禁物ですから―

 メイベルたちはゆっくりと動きだす。


「来たか」 

 キーレオスの乗るラーガントは後ろを振り向き、八騎いる素体の騎神兵を眺め見る。

「貴様ら、操るのが不慣れなのを気取られるな。出迎えに行くぞ」

 結局二七騎あっても、動かす資質を持つ騎士は八人しか現れなかった。訓練を積めばその数も変わっただろうが、これが今のエスル騎士団の実力である。

 しかしキーレオスとしては、半分安堵していた。一九騎がまだ手元に残っており、権威を保持するのに必要な数としては充分である。

 ウォルたちとキーレオスらは、それぞれ歩きながら距離を詰めていった。

 そして巨人たちがエスル城を背景に、草原広がる丘の道で対峙をする。

「メイベル・リンク猊下。ご来訪をお待ちしており申した。歓待させていただく」

 ラーガントのキーレオスが、尊大に言った。

「必要あって故」

「それでも言わせていただこう。我がエスル城へようこそ」

 ウォルのウィルナリアスが、不意にビクッと動く。我が城、という言葉に反応したウォルの意識に、感応したのだ。

 キーレオスの視線が、ウィルナリアスへ向く。

「ウォル・ウィルナリスか。従騎士の分際で騎手になれるとは、猊下の覚えがめでたくて良かったな。それにそっちの小汚いのは誰だ?騎神兵に乗れる身分には見えんが」

 ダレクはウォルが抑えているので、グッと堪えた。

 ウォルはキーレオスの雑言を無視して、別のことを問う。

「ベリュン閣下、城にお仕えする人々、それに来賓の方々はいかがされています」

「それについては、私も伺いたいですね。無論、私の従士についても」

 馬上のメイベルは、真直ぐにキーレオスの目を見た。

 キーレオスは軽口で返そうとしたが、メイベルの視線に恐れを感じてしまう。

「従士殿は、寝殿の一室で休んでおられる。それにトスカラルと他のやつらも、拘束しただけで無事だ。城の連中は各住居に閉じ込め、働く気のある奴だけ外にだした」

 ―嘘は言っていません―

 メイベルは敵に悟られぬように、ウォルとダレクに騎体を通してささやいた。どうやら、キーレオスの心も読んだようである。キーレオスの表情には動揺が浮かんでいた。

「それで、私たちを城へ通していただけるのですか?」

 キーレオスは頭を振りかぶって、正気を保つ。

「猊下だけはお通しする。しかしその二騎の騎神兵はならん。ここに留まってもらう」「承知しました。それでは、私だけ参りましょう。ウォルとダレクはこちらで待機を」

 メイベルは躊躇せずに一人ラワック馬を走らせた。キーレオスらの騎神兵の間をすり抜けて城へと向かう。そのためらいのなさに、一同呆気に取られた。

「メイベル様!」

 ウォルは呼び止めようと、ウィルナリアスの足を一歩前にだす。

 慌てて、ラーガントや敵の騎神兵が、立ちはだかった。

「動くな。きさまらは通さんと言ったはずだ!」

 ―ウォル、落ち着きなさい―

「しかしお一人だけとは、無謀です」

 ―助けの必要を感じましたら、そのときは呼びます。それまでは大丈夫。あなたのウィルナリアスにはそれを可能にする翼もあります。忘れないように―

「……わかりました。どうぞお気をつけください」

 ―それと目の前にいる彼らですが。キーレオス卿以外はあなたたちと同じように、騎神兵の初心者です。あとはおわかりですね。では行って参ります―

 そう伝えると、メイベルは馬を駆けて城門の中に入っていく。

 その後すぐに金飾りの巨大な木戸が閉じ、完全に城門は閉ざされた。

 メイベルを見送った後の城外には、一一体の巨人だけが残される。

「さて、これで我らだけになった訳だ。見物人も多いし、面白くなりそうだ」

 キーレオスは城壁頂部の歩廊にいる兵士にわかるように、二人を挑発した。

 それにダレクが応じる。メイベルから相手が初心者だらけと聞き、自信を持っていた。

「望むところだ。数だけ当て込んだお前たちに、負ける気はしない」

「抑えろ、ダレク」

 ウォルは、ダレクのノーグが前に出ようとするのを静止させる。騎神兵に乗ってより、ダレクは多少好戦的になっているように感じた。

「どうしたんだ。いつものお前らしくない」

 ダレクは堪らず、ウォルに怒鳴る。

「お前が我慢し過ぎるからだ。メイベル様に対しても、姫さんに対しても。奴は仇だろうが。この機会を逃してどうする!んっ……わっ?」

 そう吐きだした瞬間ダレクの感情がぶれて、ノーグは尻餅をついた。

 キーレオスらが、それを見て嘲笑する。

「ガハハハ。そう焦るな。すぐにその騎神兵から追い出してやる。小僧には勿体ない」

「うるせぇ!誰が渡すか」

「それとウォル。お前はおれのことを仇と思っていないのか。きさまの父を殺したのはおれだぞ。このラーガントでな」

 キーレオスのラーガントが剣を抜き、見せびらかすように空で振り回した。

「剣で一突きだった。司令官とは思えない呆気ない死様だったぞ」

 ウォルは無言でノーグの立たせると、ラーガントのほうを向く。

 彼の雰囲気がガラリと変わり、ウィルナリアスの管状生物が唸りだした。

「ウォル……」

「お前の言う通りだよ、ダレク。やはりキーレオス卿を許す訳にはいかない」

 ダレクはウォルを煽ったことを後悔する。表情が彼の決意を物語っていた。

 ウォルは母の死に際が頭に浮かび、ネルセダから聞いた父の戦いに思いを馳せる。

 しかしそれ以上に、己の欲のために人々を裏切り、自尊心を満たしたいがため嘘で塗り固める不誠実な男に、エスル城の主を名乗せる訳にはいかなかった。

「キーレオス卿。決闘を申し込む」

「決闘だと?」

「まさか従騎士相手に、ベリュンの副司令官が拒否したりしないでしょう」

 ウォルの挑戦に、キーレオスはいつも以上の怒りを沸騰させる。

「青二才が図に乗るな!よかろう。応じてやろうではないか」

「キーレオス卿!」

 他の騎手たちは、キーレオスがあまりにも簡単に決闘を受けたことに驚いた。

「きさまらは手をだすなよ。おれ様一人で片づける!エスルの司令官を父に持った者同士が、一騎討ちで決着をつけるのだ!」

 そう吐き出したときキーレオスは、自身がこの戦いを望んでいたと自覚する。近親憎悪とでも言うべきか。ウォルに自らの過去を投影し、その影を断とうとしていた。

 緑のマントをなびかせたラーガントは、右手に剣、左手に盾を持って構える。

 ウィルナリアスも剣を抜く。盾はなく、剣の柄を両手で強く握り締めた。

「ウォル、気をつけろ!」

「ああ、任せてくれ」

 確かに騎士としての実力は、キーレオスのほうが遥かに優る。それでもウォルは、父の側で長らくラーガントを見てきた経験を生かして、戦うつもりだった。個体が違っていても同じ旗種である以上、可動範囲や反応速度などはそれほど変わらないはずだ。

 ウィルナリアスとラーガントはにじり寄る。二騎とも頸部から騎手であるウォルとキーレオスが顔をだしており、直接面と向かっていた。

「ついでに聞いておこう。きさまの騎神兵の名は何という?倒した後に、我らが接収させてもらう予定だからな」

 見下した態度のキーレオスの表情が、はっきりウォルに見て取れる。

 こういうときのために、メイベルはウォルたちの騎神兵に仮の名をつけさせたのだ。

「知りたければ教えましょう。ウィルナリアス。それが名です」 

「ふん、家名を名としたのか。まぁいい。数にさえなれば、それでなっ!」

 先に掛かってきたのは、ラーガントのほうである。盾を前に突きつけながら迫ってきた。盾ごと体当たりして、ウォルが怯んだところを狙う気だ。

 ウィルナリアスはその盾の突進を、右手に飛んで避ける。それから敵が斬りかかる軌道の死角に入り、横振りで剣を盾に打ちつけた。左腕だけで盾を支えているラーガントは、両腕でからの剣の衝撃に押され右側へとよろける。

 すかさずウォルはラーガントの側面より、脇腹目掛け剣を突きだした。

 それに気付いたキーレオスは左を振り向き、ラーガントの体を後ろにねじる。ウィルナリアスの剣の切先は、ラーガントの腹部をかすめ火花を散らした。

 ラーガントはそこへ、胴体移動そのままに大振りで盾が打ちつけ、剣を弾く。

 そこからウィルナリアスとラーガントは、一合二合と打ち合いを続けた。

 ウォルはキーレオスの視線を動かす速さと騎体の挙動速度の微妙なズレを逃さず、ラーガントの鋭い攻撃をかわす。それに加えてウィルナリアスの同調率の高さを生かし、対等以上の動きを見せて切り結んでいった。

 城壁歩廊の兵士たちは、キーレオスより騎神兵同士の戦闘が始まったら、援護するように命令されている。しかしこのような一対一の決闘が始まるなど想定していなかったので、攻撃の機会を計りかねていた。

 二騎の騎神兵はさらに刃を交え、激しくぶつかる。

 次第に戦場を広がっていき、道を外れて草原に踏み込んだ。

 キーレオスは剣と盾を使い分け、ウォルに決定的な攻撃をさせない。ウォルも両手剣による強い打撃と騎体の機動性を充分に発揮し、技量巧者のキーレオスと渡り合った。

 だが騎神兵同士の戦いに慣れてきたキーレオスは、次第にウォルの剣技の癖を把握していく。少しずつ攻守の比率が変わっていき、ウォルが防戦を強いられ始めた。

 盾でウィルナリアスの攻撃を弾いたラーガントが、鋭く斬り込む。

 ウォルは咄嗟に横へ飛び退いた。そのときウィルナリアスの足が、ガックリ落ち込む。踏み込んだ足が、草原の青々とした草に滑ったのだ。

 そこへラーガントの盾が、ウィルナリアスの胸元を叩きつける。ウィルナリアスはその場で身体を反るように倒れ込んだ。ウォルは衝撃で脳震盪を起こす。

「ウォル!」

 ダレクが助太刀に動こうとした。

「きさま。一騎打ちの勝負に割り込むとは、見苦しいぞ!」

 敵の騎神兵らが、ノーグの前に立ちはだかる。

「あいにくおれは、騎士でもなんでもないんでね。そこを退け!」

「武器もないくせに、ここを通れるとでも思っているのか」

 八騎の騎神兵が、剣を構えた。

 確かにノーグは武器を所持していない。しかしダレクには、両手の鋭い爪で戦うことのイメージはできていた。短剣やナイフのように、あるいは獣の行動をなぞればいい。

「おれは、あんたらが騎神兵の初心者ってことを知っているぜ。烏合の衆が集まっても怖くはない。片っ端から叩き潰してやる」

「黙れ、小僧!下賤の身であることを思い知らせてやる」

 堪らず一騎が駆けだした。ダレクの思った通り、拙い走りである。

 ダレクは敵の一振りを軽く避けると、騎体の喉元に爪を食らいつかせた。ノーグの爪は一瞬にして騎手の頭を潰し、騎神兵の頭部も引きちぎる。

 それはダレクも予想外のノーグの反応速度だった。まるで自身の腕で人を殺したような感覚に陥る。ダレクは気を引き締め直した。

「すげぇ。こりゃ、こっちが正気を保たないと、怖いことになりそうだな」

 ノーグは敵騎神兵の首を投げ捨て、構え直す。

「おのれぇ、このままにしておくか!」

 残りの敵が一斉にかかってきた。

 その様子を眺めながら、ラーガントは倒れ込んだウィルナリアスの上に跨るように立つ。

「きさまの仲間も、これで終わりだな」

 おぼろげだがウォルの耳に、キーレオスの言葉が聞こえてきた。まだ視界は開けない。

「司令官……きさまの父を殺したように、一突きであの世へ送ってやる」

 ラーガントは剣を高々と振り上げる。

 うっすら見えてきたウォルに、その様子が映った。

「親子共々、我が剣の露と消えろ!」

 ウォルは声を振り絞り、それに答える。

「嘘だ……」

 ハッとして、キーレオスが固まった。

「何だと!」

 ウォルは静かに強く、キーレオスを責める。

「父は、敵の騎神兵二騎を道連れに海に沈んだ。あなたは父が複数の敵を相手にしているところを、不意打ちしただけの卑怯者だ」

 キーレオスは絶句した。まるでその場を見ていたかのような口ぶりで、ウォルは真実を突きつけたのである。

「ウォオオッ」

 カッとし余裕のなくなったキーレオスは、力任せに剣を振り下ろした。

「アクルウィルナリアス、力を貸してくれ!」

 ウォルの強い意思はウィルナリアスに直結する。

 ウィルナリアスは首を傾け、わずかの差で攻撃を避けた。剣が地面に深く突き刺さる。

 それはウォルの意思であり、ウィルナリアスの意思だった。

 ウィルナリアスはラーガントを下から強く蹴り上げ、弾き飛ばす。そしてその蹴り上げた反動で起き上がり、剣を持ち直した。

 目の前には態勢を崩したラーガントがいる。ウォルはすぐさま構えると、キーレオス目掛け、剣を突き刺した。

 キーレオスにはそれが見えていたが、動揺して騎体が思うように動かない。

「馬鹿な!」

 ラーガントの胴を剣の切っ先が突き破り、それはキーレオスにまで達した。

 騎神兵仕様の巨大な刃は、キーレオスの強靭な肉体をも軽々と引き裂く。騎体の頸部や接合部分から、血が勢いよく噴き出した。

 ウォルは呟く。

「愚かな野心の報いだ」

 ウィルナリアスが剣を引き抜くと、ラーガントは崩れ落ちた。

「キーレオス卿!」

 ダレクと戦っていた騎手たちが叫び、攻撃の手が止まる。城門の上で見ていた兵士らも、落胆の声を上げた。

 動揺した敵の隙を突いて、ダレクはウォルの元に走る。まだ放心状態の彼を守るため、

ノーグをウィルナリアスの前に立たせた。

「ウォル!やったな。仇を取ったか」

「ああ……」

「後は少しやすんでいろ」

 その直後、騎手の一人が叫ぶ。

「このまま生かして返すな!城兵、攻撃せよ!」

 被った衝撃が怒りとなり、攻撃性へと変わった。敵騎神兵が動きだす。城門歩廊の兵士らも、慌ただしく配置につき始めた。

 ウォルはウィルナリアスの持つ血の付いた剣を眺め、自分に言い聞かせる。

 キーレオス卿を倒し父と母の仇を討つことが、主目的ではない。忘れてならないのはメイベル様やアティアナ様と共に、エスルの人々を救いベリュン領を解放することだ。

 ウィルナリアスはノーグの肩に手を置いた。

「もう大丈夫だ」

「そうか」

「ああ。ダレク、皆のために共に戦おう」

 二騎は並んで、戦闘態勢を取った。

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