第八章 大地を駆ける その1
太陽の日差しが射し込み、朝靄に包まれたエスルの街を照らしだす。
しかし街を囲む市城壁は、閉ざされたまま開放される気配はなかった。
エスルの市城壁に設置されている全ての門は、港でのキーレオスらの勝利をもって封鎖をされている。
街には戒厳令も敷かれ、キーレオス旗下のエスル城守備隊が、目を光らせていた。
ただ、実際キーレオスが確実に抑えているのは、エスル城のみである。エスルの街は広大で人口も多く、すぐに掌握できるものではなかった。
アティアナ率いる抵抗軍は、そこにつけ入る隙があると考えていた。街の規模がこちらに味方をしてくれる。
密偵からの報告では、城門警備の厚さは各所で差があり、やはり街道の主要門に比べ、農道や迂回路などの小規模な門は警戒が緩かった。
その中でアティアナたちが目指したのは、光の神々を祭る神殿に隣接する市城門である。巡礼者が多く使用することもあり、法師たちが管轄していた。
今回の事変でキーレオス旗下の兵士も詰めているが、聖女の従士であるネルセダが諭せば、砦の大半はなびく可能性が高かった。
アティアナは集結した兵士らを従え、騎馬に跨り森の中を進んでいく。
その姿は、アップにしていた髪を下ろして編み込み一束ねにし、ネルセダの持ってきた衣服の上から細身の剣と軽装の鎧で武装していた。
正直なところ乗馬に慣れているとは言え、馴染みのない鎧、初めて乗る騎馬に戸惑いを隠せない。しかも彼女の後ろには、屈強な兵士たちが列をなしていた。
そのアティアナに寄り添い、馬を並べるのはネルセダである。
横目でアティアナの様子を見ていた彼女は、気にして声を掛けてきた。
「もっと胸を張って。背を丸めていては、率いられる者たちが不安になるでしょう」
「わかっています!」
意識してアティアナは背すじを張り、手綱を握り直す。
「そう、その意気だ。安心しなさい、あなたのことは私が必ず守るわ」
「それは信用しています……」
それから彼女は少し迷いながらも、思いを伝えた。
「提案があります。これからは敬称を無くして、お互いに名前だけで呼び合いませんか」
ネルセダはアティアナをまじまじと見る。
「私はお友達として、あなたに命を預けたいのです。ネルセダ、駄目でしょうか?」
ネルセダは目を閉じて、このときまで起こった出来事を思い起こした。
「そんなことはない。わかったわ。友として守ろう、アティアナ」
「ありがとう」
「ただし。私の友ということは、エルラッカムの友ということも忘れるな」
ネルセダはそう言うと顔をそむけて、あらぬ方を向く。耳がピクピクと動いていた。
アティアナは笑顔でそれに頷く。
新たな友人であるエルラッカムも救うという使命が、彼女に加わった。
このときエスル城は、異様な静けさの中にあった。
市城門は固く閉ざされ、各所にはエスル守備兵とコルゴット軍混成の部隊が見張りについている。しかも互いに牽制し合っており、只ならぬ雰囲気が形成されていた。
本来であれば、城の占拠と騎神兵の奪取という二つの目的を達成し、計画に参加した者たちは喜びの祝杯を挙げている頃だろう。
ところがキーレオスやソウブロアに与した兵士たちは、それを行えぬまま、指揮した者たちからの次の指示を待っていた。すべてはメイベル・リンクを確保し損ねた所為である。
他方、晩餐会が行われた広間に拘束されている人質たちも、床に臥せたまま朝を迎え、疲労困憊にあった。しかもコルゴット軍の入城で敵勢力はさらに増大し、港の騎神兵も奪取されたと聞かされている。事態は悪化の一途をたどり、絶望的な状況だった。
ベリュン領主トスカラルもまた、他の人質と共に元家臣たちの監視下にある。今はヴァスタロトの敗死をキーレオスに吹き込まれ、失い打ちひしがれたままだ。
また寝室の夫人ゼリセイアと侍女たちは、メイベルの法術に庇護されて安全ではあったが、外の様子を知る手段がない状態にある。ただ娘たちの無事を案じて、祈り続けた。
誰もが、先の見えない予測不能の中に置かれているのだ。
そしてこの事態の首謀者であるキーレオス、ソウブロア、それにコルゴットの指揮官ナムバル男爵は、現在、居住棟である寝殿の一室に集っている。
部屋の奥、天蓋のベールに囲まれたベッドには、横たわるエルラッカムの姿もあった。あの戦いより、眠らせられたままである。
その中にあってキーレオスとナムバルは、騎神兵の配分を巡り争いを始めていた。
本来の盟約では、奪った騎体を平等に折半する筈だった。それがヴァスタロトのラーガントとの戦いで、多くの損害をだしてしまう。
ナムバルはそのため、失った分の騎体を補填するように要求したのだ。
それをキーレオスは、頑なに拒否する。
しかし彼女としても、あの戦いで多くの将兵を失っており、退く訳にはいかなかった。
「それも元を質せば、卿が計画通り援軍を出さなかったからではないか!」
「だから貴公らが倒せなかった敵を、私一人で倒したのだ。私が来なければ、あとどれほどの損害がでたか、わかるまい」
互いに喧嘩を売るような物腰だった。ナムバルも負けずに言う。
「卿の実力は認めましょう。しかし卿の元には、どれほどの騎手がいるのかしら?キーレオス卿、お主だけでは。それではいくら騎体があっても仕方ないのでは」
キーレオスは痛いところを突かれ、声を荒げた。
「それは、貴公に関係ない!訓練を受けていなくとも、優れた騎士がそろっている。すぐにでも騎手にさせてみせる」
国家で騎手を養成していたコルゴットと違って、エスルで騎手の訓練を受けていたのはキーレオスだけである。彼の目論みでは、子飼いの部下の中から騎手を育て、己のために働く騎神兵軍団を作るつもりでいた。
そこにソウブロアが、割って入る。
「卿らは場をわきまえたほうがよろしいでしょう。女性の寝室ですぞ」
キーレオスはそのソウブロアに食ってかかった。
「ならばなぜ起こさぬ。さっさと猊下を呼び寄せるよう仕向けたらどうか」
それにはナムバルも同調する。
彼らが苛立ち反目し合っている原因は、ここにあった。先ほどメイベルの捜索部隊から、彼女がノクトネイラの船に乗り、陸から去った旨の報告を受けたのである。
このままではノクトネイラに帰られてしまうという焦りから、キーレオスはエルラッカムにメイベルへ連絡を取らせ、彼女をおびき寄せようと目論んでいたのだ。
「彼女は気高き聖女の従士。決してそのようなことに、加担なされないでしょう。それどころか、自決される恐れもあります。今はこのまま眠っていただくのがよろしい」
「ではその従士をどうして連れてきたのだ。無駄に過ごす暇など、我らにありませんぞ」
キーレオスの問いに、ソウブロアは当然のごとく答える。
「猊下のことです。必ずやエルラッカム殿を救いに、ここへ戻られるでしょう」
「確かなのでしょうな。船で去ったと報告を受けたばかりではないか」
「間違いなく来られます。報告でも、乗船したのは猊下とほか男性が二名。その中に従士ネルセダ殿の姿はなかったようです。当然猊下と従士がわかれて行動しているからには、何か意図があるはず」
「それだけが理由ですか。俄かに信じられんが」
キーレオスはあくまで、疑心暗鬼だ。
「お三人の絆は、我らには計り知れないものがあります」
そこにナムバルが、別の懸念を挟む。
「私は司師のお考えに間違はいないと信じておりますが、それが現実となったとき、この城へ来られるのは、猊下お一人だけでしょうか。場合によっては我らを敵として、援軍を連れてくるやもしれません。そのときはいかがなさるのです」
誰もが恐れる事態が、それであった。しかも従士を捕えている以上、弁明もできない。
「それは任せてください。我々の真意をご理解いただくよう、説得してご覧に入れます」
「猊下の相手など、司師にしかできぬ芸当でしょう。それはお委ねします。しかし我らは一戦交える覚悟でいればよろしいか。それとも武装は解いて待つべきでしょうか」
ソウブロアは明確に返した。
「必要があるとわかれば、迷わず戦います。ただしそれは、猊下を迎える準備を整えるため。その判断は私がさせてもらいます。よろしいですね」
ナムバルは納得する。
「無論にございます」
その二人のやり取りに男女関係がチラついて見え、キーレオスは馬鹿らしく思った。
それを感じ取ったのか、ソウブロアは彼にも投げかける。
「詮索するようなことは、我々にありませんよ。それより卿はいかがします。私の命令など聞きたくはないとは思いますが、猊下を確保するためにもぜひ協力していただきたい」
キーレオスも、メイベルを手の内に収めなければ勝機がないことは、重々承知していた。
「止むを得まい。従うとしよう……」
渋々了解する。
その直後、俄かに慌ただしく扉を叩く音が聞こえてきた。
「キーレオス卿、至急ご報告が!」
彼の部下の叫び声が響く。三人には何が起こったのか、大方の予想がついた。
「早速ですかな」
ソウブロアはキーレオスに自己弁護する。
「決して事前に知っていて、計画に従っていただくよう依頼した訳ではありませんよ」
「承知しておる……入れっ!」
キーレオスは扉の外の部下に、入室を許可した。その兵士は、三人の前で報告する。
「敵軍が街に現れました。その数約三〇〇。警備隊を各個に攻撃しながら、街の中を移動しております」
その敵は、法師らの管理する市城門を破り、街へ侵入してきたという。
おそらくヴァスタロトの残存軍と思われた。しかし驚くべきはそれを率いているのが、領主の令嬢アティアナ・ベリュンと、猊下のもう一人の従士ネルセダだったことだ。
市城門が簡単に破られたのも、この従士のためである。城門を守る法師たちが、彼女に背く訳もなかった。キーレオスから派遣された兵士らの抵抗むなしく、瞬く間にその市城門は占拠されてしまった。
そしてそこを通過したアティアナの軍勢は、そのまま城下へなだれ打ってきたという。
「アティアナだと……あんなわがままな小娘に何ができるというのだ!」
キーレオスは地団駄を踏んだ。ソウブロアから、猊下と共に城を脱出したことは聞かされていたが、高を括り気にも留めていなかった。
「どうなされます。猊下ではないとはいえ、このまま放っておけますまい」
ナムバルはソウブロアに指示を求める。ソウブロアは腕を組み、顎に手を当てた。
「そうですね。結論からいえば、囮でしょう。街に侵入してきたとはいえ、城に迫ってくる様子はありません。猊下もその軍勢の中にいないはずです」
「では放置を?」
「いいえ。囮であるのは、猊下がこちらへ戻られる意思の表われと考えます。その環境を整えるため、城の守りは少し手薄にしたほうがよろしいでしょう。ナムバル卿には、旗下の全軍を率いて、迎撃へ赴いてください」
「全軍での出撃ですか?」
あまりの大胆な命令に、ナムバルは躊躇する。
「稼働できる騎神兵も皆です。敵は少数でも、聖女の従士が率いています。半端な増援では、手玉に取られるだけです。それに彼女は、生きたまま捕えねばなりません。ここは抵抗を一気に削ぐために、大兵力をもって当たりましょう」
「……わかりました。お任せを」
彼女は意を決し、敬礼した。
ソウブロアはそれに頷き、次いでキーレオスを見やる。
「卿も自ら城を空けるなどして、要らぬ心配はしたくないでしょう」
確かにコルゴット王国の手勢だけを、城に籠らせるのは避けたいところだ。
「お言葉に甘えよう。それで私はどうすればよい。城内の警備も緩めるのか?」
「猊下がどのような手段でここへ訪れるのか判明していない以上、その必要はありません。キーレオス卿には騎神兵に搭乗してもらい、城の警備の指揮を執っていただきたい。何せナムバル卿が出撃した後に城を守る騎神兵は、卿の騎体のみになりますゆえ。何でしたら良い機会です。部下の方々を騎神兵に乗せてみては?」
キーレオスは返事を躊躇する。部下を騎体に乗せることをではない。ラーガントに乗るということは、城に残るソウブロアから目を離さなければならないからだ。
「それで貴殿は城内で何をされる?」
「猊下を迎える準備を整えます。決して卿の不利になることは致しませんよ」
「その保証はあるのか」
キーレオスの疑り深さにナムバルは呆れるが、ソウブロアは重ねて彼を説得する。
「それは信用していただくしかありません。不安がおありでしょうが、ナムバル卿旗下の部隊を全て城の外にだすのは、私からの担保とお考えいただきたい」
キーレオスは当然ソウブロアの言葉を鵜呑みにしていないが、今さら後に引けないのも事実だった。遂に折れる形で、了承する。
「……わかりもうした。従わせていただく」
一方、アティアナ率いる騎兵隊は、街を縦横無尽に移動しながら戦いを続けていた。
彼女たちの目的は、メイベル、ウォル、ダレクの三人をエスル城に侵入させるため、敵の部隊を引きつけ掻き回すことにある。そのため目立つ示威行動をあえて行った。
「皆の者、進めっ!敵を引きつけるのです!」
「オォォォー!」
彼女たちを目撃した敵部隊は、当然のごとく追撃を始める。
アティアナたちはあくまで逃げの一手で速度を上げた。追手の隊列は縦に引き伸ばされ、次第にその層を薄くしていく。そしてそのまま横軸に路地を持つ通りへと誘い込まれた。
手綱を引き、騎馬を取って返したアティアナが命じる。
「今です!」
路地から弓兵が現れ、矢を敵に射かけた。
追撃の構えから俄かに防御を取れない追手らは、次々討たれる。隊列後方の一部は引き返そうとするが、槍を持った歩兵が背後に回り込み退路を断っていた。
両軍は無論、同じエスルの兵士であり、装備の違いといえは、敵が腕につけている赤い腕章だけである。しかし今となっては味方同士であったことが、枷とはならなかった。 騎馬と弓と槍に囲まれた敵部隊は、逃げ場を失い追い込まれる。
騎士たちに守られたアティアナとネルセダは、その状況を見守った。
ふとネルセダが、横に並ぶアティアナの様子がおかしいことに気付く。
「大丈夫か、アティアナ」
声をかけられ振り向いた彼女の顔を見て、ネルセダは驚いた。すっかり血の気が失せており、つい先ほどまで勇ましく兵を率いていた彼女とは思えない。
「あんなに人の命が脆いものだなんて。リューサの亡骸と対面したときとは違う……私が下して行われたことなのですね」
アティアナは、自らの命令で多くの人々が死んでいくという事実に、恐怖していた。
ネルセダは、アティアナが重責に押し潰されそうになっているのだと感じる。
「でも私が指揮を取らなければ、今度は味方が同じ目に合ってしまう」
「心をお落ち着かせて。誰もお前だけに背負わせたりはしない。その重さは私も引き受ける。いや私だけではなくメイベル様やウォル殿だってそうだ。皆を信じて共に戦おう!」
「……ありがとう」
アティアナは呟く。気持ちの整理はそうすぐには無理であった。
それでも戦況は刻一刻と変わっていく。偵察兵が戻ってきた。
「東より敵の援軍が接近しております」
二人の脇を固める位置にいる騎兵隊隊長ノーガングが問う。
「それはエスル城からの援軍か?」
街の北東にはエスル城がある。最も警戒すべきは、騎神兵を抱える城からの援軍だ。
「街を巡回している警備隊です。数隊が合わさり一〇〇騎程度になっております」
ノーガングは、アティアナに提案する。
「この場は歩兵に任せ、敵の援軍は騎兵隊で迎え討ちましょう。アティアナ様は、我らの後方にあって待機をしていただきたい」
「でも……私は」
「どちらにせよ、すぐに乱戦となります。そうなれば前も後もありません。それまでは控えていてください。それとネルセダ様……」
ネルセダは頷いた。二人はアティアナに、必要以上の負担をかける気はない。
「アティアナには指一本触れさせぬ。安心して指揮を執ってくれ」
アティアナは、ひ弱な自分がこの場にいること自体、兵士たちの重荷になっているのを自覚していた。それでも、領主代理としての責務を果たせねばならない。
「わかりました。お任せします」
「それでいい。お前の役目は御旗になることだ。戦うことではないわ」
ネルセダはぶっきらぼうだが、気に掛けるように言った。
ノーガングは敬礼し、部隊へ再編を促す。
まず歩兵の部隊が騎兵隊の陣の前に並び、彼らの抜ける穴を塞ぐため、槍を掲げその陣の前に並んだ。騎兵隊はそれに合わせ反転する。
「進め!」
ノーガングの号令の元、騎兵隊が駆けだした。その後を、アティアナとネルセダが護衛の騎士たちと共に続く。
決断の早かったノーガングたちの列は、迂回路を使い敵部隊の側面へと到達した。今進む道は、間近で敵が進軍する道と交差する。
うまい具合に、敵の先頭が街の角から現れた。騎兵隊は敵の側面に攻撃を仕掛ける。
「突撃!」
味方は塊となってぶつかっていき、敵部隊を大きく弾き飛ばした。そして間髪入れず、一気に攻撃を畳み掛ける。
しかしノーガングたちの攻勢に押された敵の一部が、アティアナのいるほうへ流れ込んできた。少数で待機しているアティアナたちに、矛先を変えたのである。
「アティアナは任せろ。行け!」
ネルセダが、護衛の騎士たちに指示をだした。それに従い騎士たちが、剣を構え騎馬で一斉に駆けだす。敵を後方へ抜かせないように、二重の陣で討ちかかっていった。
始めに接触した一陣の騎士たちは、押し戻そうと積極的に敵との間合いを詰める。それでも彼らを抜け後ろに回った敵には、二陣が襲いかかった。そこからは混戦となり、互いに敵の背後に回ろうと、騎馬を操りながら剣を交える。
その中、アティアナとネルセダが二騎のみでいるのに気付いた敵が七騎ほど抜け出して、彼女たちに襲ってきた。
ネルセダが、アティアナの前に馬を進める。
「少し離れていろ」
髪の毛を逆立たせると、ネルセダは呪文を唱歌し始めた。それに合わせ、かざした手から放電の光が地面に放たれ、石畳に亀裂を入れながら這うように動きだす。
「これだけ味方が周囲にいると、操るのも一苦労だな」
ネルセダはそう愚痴りながらも、その光の軌道を巧みに誘導し、敵の足元まで走らせると、石畳もろとも爆発させた。蹄鉄をつけていた騎馬は感電し、吹き飛ばされてその場に卒倒する。敵の内四人の騎士も、落馬して地面に叩きつけられ、動かなくなった。
しかし残りの三人は、体を起こし身構える。
「倒れたままでいればよいものを」
剣を抜き放つと、ネルセダは馬から獣のように飛び降り、跳ねるように走り出した。
そして敵の間近で高く飛び上がり、上方から一人目の首筋を斬りつける。それから着地してすぐに切り返すと、鎧の隙間に剣を突き刺した。
ネルセダはその者が倒れるのを待たずに、次の相手に向かって飛びかかる。敵は大振りで剣を振り回したが、彼女はその者の懐に飛び込み、喉元に剣を突き刺した。
三人目はその様子を見て、遅れてなるものかと討ちかかってきたが、彼女はそれを軽くあしらい背後に回ると、足を斬りつけ地面にうつぶさせる。
止めを刺そうと、ネルセダは剣を振り上げた。
「そこまでです!」
アティアナの声が響く。振り返ると、彼女が騎馬を寄せてきていた。
「どうした。今さら情け心でもでたのか」
「違います。次の敵がきました。急いで!」
ネルセダが、アティアナの背後を覗く。そこには丘の上まで続く街道があり、その奥に騎神兵が群れが見えた。騎体の数からいって、城の全軍であろうかとも思える。
彼女は剣をサッと鞘にしまうと、アティアナの引いてきた馬に跨がった。
「また失敗してしまった」
きょとんとするアティアナに、ネルセダは自戒を込め続ける。
「どうやら私は一つのことにかまけると、他が見えなくなってしまうようね。本来ならば敵の援軍に、私が真っ先に気付かねばならぬものを。すまない」
今まではエルラッカムが、側で彼女の不備をサポートしてくれていた。それで上手く任務をこなしていたのだということを、ネルセダは改めて実感する。
謝られたアティアナは、励まし続けてくれた彼女の言葉を思い起こした。
「ネルセダ。共に戦おうと仰ってくれたではないですか。私にも役に立たせてください」
「ふぅ、我らは二人で一人前か……」
ネルセダは自虐的に微笑む。
「そうですね。私もそう思います」
アティアナの表情に、もう憑き物のような影はなかった。
そこへ敵を討ち取った護衛の騎士たちが、駆け戻ってくる。彼らにも敵は見えていた。
「アティアナ様、いかがします」
「まずはノーガング殿と合流します」
二人は騎士たちを引き連れ、主戦場の中に突入していく。すでに敵は防戦一方で、味方の数のほうが圧倒的に多かった。
その敵を掻き割って、アティアナたちはノーガングの元に駆けつける。
「エスル城からの援軍が現れました。一旦退きましょう。歩兵部隊も気になります」
戦闘の只中にいたノーガングは悔しがる。
「何と!こんなに早いとは。わかりもうした。アティアナ様は、私から離れずに」
そういうとノーガングは部隊を集結させた。もう少しのところで敵を壊滅まで追い詰められたのだが、引き際は誤れない。
「敵を突破し、民家の密集区画まで退くぞ」
ハッとしてアティアナが口を挟んだ。
「それでは、一般市民に危険が及ぶのでは」
小さな民家が立ち並び、細い路地の多い区画であれば、巨人である騎神兵も動きが制限される。しかしそれでは、民間人を巻き添えにする可能性が高かった。
「仕方ありませぬ。我らは猊下のために、敵を引きつけるのが目的。しかし騎神兵に正面から挑む無謀など、犯せぬゆえ」
アティアナはエスルの街を戦いの舞台に選んだことで、初めて自分が自立して生きてきた訳ではないことを実感する。両親やリューサリィ、侍女や使用人たち。全てのエスルの人々に生かされてきたのだ。目的のために、そのエスルの街を破壊に導くことはできない。
「ノーガング卿。戦うためとはいえ、民間人に犠牲は強いることはできません」
アティアナは、今まで支えてくれた人たち、気にも留めず蔑んでしまっていた者たちのことを胸に刻みながら説得した。
「では、いかがなさるのです」
「私たちが進軍してきた城門まで退きましょう。あそこは小規模ですが、神殿造りの頑丈な砦になっています」
「籠城ですか。確かに、ケブン砦を守る我らにとっては、得意な戦術でもあります。猊下の欲される時間も稼ぐことができましょう。承知もうした」
返事を聞いて、アティアナはホッとする。
ノーガングは騎兵隊に撤退先を指示。歩兵部隊へも伝令をだした。
ネルセダが馬上で、アティアナの肩を叩く。
「アティアナ。良く言ったわ。お前の判断は、メイベル様の意向にも適うことだろう」
「そうでしょうか」
「変なところで弱気になるなよ。さぁ、行こう!」
二人は騎兵隊と共に、騎馬を走らせた。
法力の光に包まれ透明に偽装したノクトネイラの船が、エスル港湾に進入を果した。
船の甲板には、二騎の騎神兵、アクルウィルナリアスとラフノーグが立っている。
二騎にはそれぞれウォルとダレクが乗り込み、覚束ない足後りながらも船倉を上り、基本的な動きをメイベル・リンクより指導されていた。
しかし、それもここまでである。戦場はすぐ目の前なのだ。
洋上から見たエスル港は、燻ぶり続ける炎と煙に包まれ、あらゆるものが破壊されており、戦死した兵士たちの遺体もそのまま残っている。
「ひどい有様だな。ウォルは、ああいうのは見慣れているのか」
ダレクがラフノーグの頸部から、同じ目線にいるウォルに尋ねた。
「規模は違うけど、従軍先で何度か見たことは。でも慣れるものではないよ」
―それは私も同じです。このような惨状を見るたびに、次こそはと思うのですが―
ウォルとダレクの頭の中に、メイベルの言葉が響いてくる。これも二人の乗る騎体の持つ特殊な性能の一つであった。等身大の人間と、騎神兵に乗った者の高さは遥かに遠い。会話をするには大声をださなければならない現状だ。しかし従士がメイベルを守るために造られたこの二騎は、額の水晶を通してメイベルと交信ができた。
その違和感に馴れるのも、二人にとっては訓練である。
―では、準備はよろしいですか。船の結界を解きます―
ウォルがメイベルのほうを見下ろす。
「はい。いつでも構いません」
「それではお願いします」
メイベルはラワック馬に跨り、側にいる眷属たちに指示をだした。
すると船体が振動し始め、船の周囲を覆う光が歪んでくる。
―ウォルにダレク。ここからは私と共にエスル城へ真っ直ぐ駆け上ります。もしアティアナさんたちが危機に陥っている場面に遭遇したとしても、それを追うことは許されません。改めて覚悟をしてください―
「承知しております。この戦いの根源を断たねば、アティアナ様たちも戦いを終えることができません」
「厳しいねぇ。ウォルがそれで良いなら、こっちは構わんが。それに今のおれじゃ、逆に足手まといになりかねないしな」
ダレクはまだ騎神兵の扱いに、自身がなかった。
―あなたは生身で騎士に立ち合ったとして、勝つ自信はおありですか?海岸での戦いは見事でしたが―
「まぁ、弓の扱いには馴れているので間合いはわかりますから。でも白兵戦はどうかな」
「ダレクなら騎士にも負けないさ。どちらの技量も見ているおれが保証する」
森で狩猟をするダレクの動きは、騎士にもついていけない。彼とともに森に入ったことのあるウォルは保障した。
―ならば問題はありません。騎手の意思を伝える管状生物の反応速度は、敵よりあなたがたの騎体のほうが遥かに上です。判断力と決断力。それさえ忘れなければ大丈夫です―
「そんなもんかねー」
そうこうするうち、船を覆う光の壁は継ぎ接ぎだらけになり融けていった。
港の埠頭は目の前である。
―ウォル。あなたにお願いがあります。初仕事をしていただきましょう―




