第七章 蒼装の騎神兵 その2
陽は昇り、青々とした晴天の空が天を覆っている。
航行を続ける船の甲板で、ダレクは遠くに見えるベリュン領の陸地を眺めていた。
危機を脱し船に乗り込んでから、まだ数刻しか経っていない。しかし船は風向きも無視し、素晴らしい速さでエスルの港へ進んでいた。
そこへウォルが迎えにくる。
「ダレク、猊下がお呼びだ」
「ああ……」
ダレクは呆けた様子で応じた。
「どうしたんだ?」
「……いやぁな。この船の乗組員の法術を見ただろう。凄かったよな……」
「ああ。法師の術もあまり見たことはないが、全く違うものに感じた」
「何か、神々の眷属が人間と交流を持たないのも理解できる気がするよ。多分、今のエスルの混乱や戦いだって、あいつらからしたら子供の戯れ事。もしかしたら獣の縄張り争いくらいにしか感じてないのかもしれないな……」
とそこまで言って、ダレクは亡くなったウォルの父と母のことを思い出し謝罪した。
「すまない!愚痴るつもりはなかったんだ」
「構わないよ、同じことを考えていた。それにおれのほうこそ、謝らなければならない」
「何でだよ」
「ここまで付き合わせてしまったことをだよ。お前には戦う責任も義務もない。ただ巻き込まれただけなのに、ラフノスさんたちにまで犠牲を強いてしまった。ただ……」
ウォルはそこで一息つく。
ずっと考えていたことがあり、それを実行するためにはダレクの協力が必要だった。
変に思ったダレクが、聞き返す。
「言いたいことがあるなら、さっさと話せ」
ウォルは意を決して口を開いた。
「最後まで、おれとともに戦ってくれないか」
「どうした?藪から棒に」
ダレクは戦うこと自体やぶさかではないが、彼の真意を測りかねる。
「確かにこの戦いは、魔神の軍勢も存在しない矮小した事変に過ぎない。それでも猊下が敢えてあの場で、三人で決着をつけるとおっしゃてくれた。だからこそ、おれたちの手で片をつけなければならないんだ。その期待に応えたい。それに協力して欲しい」
ウォルはメイベルを通して、両親の復讐や従騎士としてベリュン領を守るという義務を越えた使命を感じ始めていた。
ククク……とダレクは笑う。
「お前は真面目過ぎるんだよ。始めからそのつもりで、ここまでついてきたんだ。ほら、もう難しい話は止めて、行こうぜ。猊下を待たせちゃ悪いからな」
「ありがとう」
「いいって。こっちも爺さんたちの所在を確かめないと、帰れないしな」
そう言いながら二人は、メイベルの待つ甲板下の船倉へと向かった。
「これは……」
ウォルとダレクは、思いのほか広い船倉の中で、上を見上げる。
そこには二騎の騎神兵が、櫓に鎮座した状態で眠りについていた。
一騎は炎のような朱色の姿で、暗がりでも良く目立つ。しかも騎神兵というには荒々しい野性的な造形であった。特に手は通常の五本指ではなく、三本指の鉤爪である。それに右側の下腕には、弓なりの長い棘がついていた。その棘には縁に沿って溝が空いており、何かの器官の様に見える。
もう一騎は鈍い青、蒼色の装甲をまとい、身体は細いが正統派な騎士型だった。ただし後ろに回ると、背中には棘かヒレのような飾りが二枚ついている。翼にも見えるその器官には、赤い騎体同様の溝が縁に沿って開いた。
ともに兜状の頭部には猛禽のような二つの目。額には大きな水晶がはめ込まれている。
「ようやく来ましたか。こちらへ」
その側には、メイベルが立っていた。
「いかがですか。これらはネルとエルのために用意していた、特別仕様の騎神兵です。昨日お渡しした素体の騎神兵とは違い、ノクトネイラにおいて装甲から武器に至るまで全てを仕上げています。この世において最強の二騎といってよいでしょう。」
確かに二騎の色は、ネルセダとエルラッカムそのものを体現しているように思える。
「これをあなたがたに差し上げます。私の勝手な印象で決めさせていただきましたが、朱い騎体はダレク殿に。蒼い騎体は、ウォル殿がお使いなさい」
ウォルは咄嗟に聞き返した。
「我々に、ですか?」
「今から無数の騎神兵が待つエスルへ乗り込むのですよ。どのように対処するおつもりだったのです」
「しかしそのように簡単に決められて、本当によろしいのですか。ネルセダ殿とエルラッカム殿にも、断りが必要だと思うのですが」
「騎神兵を欲しているのは、人間たちだけですよ。実際二人とも、まだ一度も乗ったことはありません。この騎神兵はまだ名前もない赤ん坊なのです」
彼女たちや眷属らは、騎神兵を扱う必然性を感じていない。大陸へ向かうということで、念のため持たされただけだった。
「それに、ダレク殿!」
突然一人呼ばれてダレクはビクつく。
「お礼をさせていたくと約束したでしょう。これがそうです」
メイベルは意地悪そうに言った。
「だから、怖いと言ったんだよ……」
ダレクは頭を手で押さえる。
「この戦いが終われば、どのようにしても構いませんよ。売れば領地の一つや二つと交換できるだけの代物です」
「そんなもの欲しくないです。それにおれは生まれてこのかた、騎神兵に乗るどころか、触ったこともないんですよ」
「それはウォル殿も同じなのでしょう。心配の必要はありません」
ウォルはメイベルがあまりにも軽く自分たちを信頼してしまうことに、不安を感じた。
メイベルは彼の心情を読み取ったのか、率直に答える。
「元より神々が人類に一度与えた力は神々の手を離れ、全て人類の責任において使用されることになります。ですからその後には私の意思を介在させることはできません。ならばその前に私の希望を通し、近しい方々に差し上げたいと思っていました」
「しかし本当に私たちに操れるでしょうか?資質が必要だと伺っています。無論、そのための訓練も」
「それは私が保証します。あなたたちなら、必ず騎神兵の言葉を聞くことができるでしょう。さぁ、まだ名前のない生まれたての子らに、良い名前を」
メイベルは改めて二人に、二騎を紹介する。
朱き騎神兵は、白兵戦を想定して新たな試みによって生まれた騎種だ。
本来、騎神兵は人類が操ることを想定して、その肢体も人類を模して造ってある。しかしそれが魔神の軍勢に対して有効に働くかは別だった。この騎は剣を器用に操る指はないが、魔神の眷属の強靭な皮膚を貫く爪を備えている。また右腕にある弓なりの棘は、特殊な武器の発現器として取りつけられたものだった。
「額にある水晶はただの飾りではありません。法玉に近い性質があります。この水晶を通して騎手の力を法力に転換し、その法力はこの腕の器官から〈光の剣〉として放たれます。鋼の刃は持てませんが、それが代わりとなるでしょう。また、装甲に使われている塗料は特殊な鉱物を砕いて作られました。〈赤装〉という熱への耐性に効力のある素材です」
一方、蒼き騎体は、現在まで造られ続けてきた騎神兵の高位騎種である。挙動において、人類型の生態を最も反映することができる仕様になっていた。
「こちらは、聖域にのみに植生する植物を染料に染め上げた〈蒼装〉という装甲です。騎神兵の根幹を為す管状生物にも、同様の染料を養分とともに与えました。これには水、特に海水に対しての抵抗力を持たせる効果があります。元々、海上での使用も想定して造られた騎種です」
「蒼装……この背中のヒレのような飾りも、海上で使用するためのものでしょうか?」
ウォルは朱の色の騎体の説明を聞くからに、こちらも法力の作用で泳ぐことができるのではないかと想像する。背中の飾りも推進翼のように思えた。
「ウォル殿、まさしくその通りです。ただこちらも他の騎種同様に、密閉構造ではありません。水に入ってしまったら、騎手自身も浸かってしまうことになります。エルなら別ですが、あなたが海で泳ぐことはお勧めしません」
さすがにそこは、貴人のエルラッカム仕様に設計された騎体というところだろう。
「ただ別の使い方もできます。それだけは試していただきたいと思っています」
どういうことなのかと、ウォルは首をかしげる。
「この背中の器官はまさしく〈翼〉です。海中ではここより法力を噴射し、泳ぐことができますが、それを空中に応用すれば、空を飛ぶことも可能になります」
「まさか」
このような巨大な物が人間の意思で飛ぶとは、ウォルには想像できなかった。
メイベルはここで補足の説明をする。
「しかし、あくまで貴人であるエルラッカムの力を想定して造りました。あなたが操り本当に飛べるのか、私も確証はありません。こちらの光の剣も同様です。あれもネルの力であればこそですから」
しかしメイベルは、彼らが成し遂げられると信じたかった。
それにこの二騎は法力を使用しなくとも、現存する最強の騎神兵であることに変わりはない。彼女らの目的を果たすのに不足はないはずだった。
「さぁ、エスルに着く前に乗り込んでください。戦場が本番の舞台となります」
ダレクは最後の抵抗なのか、メイベルに皮肉を言う。
「こう言っちゃなんですけど、猊下って結構行き当たりばったりですね」
「おい!何言っているんだ」
ウォルは肝を冷やして咎めた。
「ホホホ、構いません。それが私です。ですがもう、ダレク殿も逃げられませんよ」
ダレクはムスッとする。
「わかってますよ。色々あり過ぎて何を優先したらよいのかわかんないですが、猊下の命令も聞きますし、ウォルにも協力するし、青い髪の姉ちゃんも助けます。それにエスルには、爺さんたちが残っているしな」
メイベルはそれを満足そうに聞き、また思いがけないことをつけ加えた。
「そうそう今更ではありますが、あなたがたもそろそろ私を尊称ではなく、名前で呼んでいただけませんか」
「えっ!しかし……そう言われましても」
突然のことに、ウォルとダレクは答える術を知らない。
「アティアナさんは最初から呼んでくださいましたよ。あなたがたにできないはずはありませんよね。ウォルにダレク」
メイベルは追い打ちをかけるように微笑んだ。
「彼女たちに寸法を合わせていますから、その辺りは我慢してくださいね」
そう言われ、ウォルは騎神兵に乗り込むために、装備していた鎧を全て外した。ダレクもチュニックを脱ぐ。その代り、眷属の船上用の防具を与えてもらった。素材はわからないが薄く軽い装甲だ。
ただし兜だけは、乗り込む騎神兵と一対である。兜には上下に稼働できるバイザーがついており、鉢がねと顎当に囲まれた視野の部分は、透明な素材でできていた。
「この兜が騎体とつながる唯一の道具です。兜を通して、騎神兵があなたがたに語りかけてくれます。大事にしてください」
それからメイベルに促され、ウォルとダレクはそれぞれの騎体に向かう。胴体の二重の装甲板が開かれ、二人はその中へ直立に乗り込んだ。
二騎の容姿は異なるが、装甲内の様子はあまり違わない。ただメイベルの説明通りウォルの乗る蒼装の騎体のほうは、内部を覆っている管状生物が染料を吸収している分、青みを帯びていた。
内側の装甲板を手動で閉めると、外側も自動で閉じる。騎体の頸部からは彼らの顔が覗いており、そこに騎神兵の頭部が被さってきた。騎神兵の顔は、騎体と騎手のそれぞれの頭部が重なり、その姿を為すのである。
ウォルの頭の中に鳴り響く。
―我に名を与えよ―
―我が名を示せ―
その声の響きはどちらかと言えば、女性の声質に近かった。エルラッカムのために造られたというのも関係があるのかもしれない。
ウォルはその問いに答え、名前を与えようとしたが、一瞬頭の中が真っ白になった。
この騎神兵に相応しい名前とは?
子供の頃は、もし騎神兵の騎手になれたらどのような名前をつけるかなどと想像もしたが、そのどれもが今の自分にしっくりとこない。今更ながら、名前を与えるという重責に、何の心構えもできていないことに気付いた。
その時騎神兵の駆動音が、ウォルの耳に響いてくる。
「おっしゃー!」
ダレクの気合のこもった掛け声と共に、朱い騎神兵が立ち上がった。その勢いに船も揺れる。
ウォルのような責任感を持ち合わせていないダレクの決断は早かった。
「お見事。初めて乗ったとは思えません。何も学んでおらずにここまでできるとは。普通でしたら立ち上がるのさえ困難ですのに」
メイベルがそう褒める。
「そ……そうなんですか?ウァァッ!」
朱い騎体は急に起立を維持できなくなり、よろけて櫓に尻餅をついた。ダレクが初心者には困難であると認識した途端、イメージが直結して均衡を崩してしまったのだ。
「船は壊さないでくださいよ。この子は鋭い爪をもっているのですから。それで、ダレクはどのような名前をつけたのですか?」
「痛ててて。それが、何か変な名前になってしまったんですけど」
「構いません。教えてください」
「えっと……ラフノーグ」
「ラフノーグ?」
ウォルにはどういう意味かすぐわかった。猟師の師匠であるラフノスとローグの名前を掛け合わせたのだ。ダレクらしいと言えば、らしい。
「響きの良い名前と思いますよ。それにあなたにしか考えられない名前でもありますし。では人前で紹介するときは、念のため〈ノーグ〉と名乗るようにしてください」
「へっ?なぜですか」
騎神兵は、トスカラルのラーガントをキーレオスが扱っていたように、兜があり名前がわかれば、他の者にも動かすことが可能であった。
「あなたがそれを望むのであれば私はそれを尊重しますが、用心に越したことはありません。真の名前は心に留めておくのが無難でしょう」
「なるほど、わかりました。メイベル様」
ダレクはメイベルを尊称ではなく名前で呼んだ。
メイベルはにこやかに振り向いて、ウォルを急かす。
「次はあなたですね、ウォル。同じように、真の名と仮の名を別けてつけられれば、なおよいでしょう」
ウォルは心を落ち着けた。
確かに他者に悟らせない名前のつけ方として ダレクの命名はメイベルの意に適う。
そう思うと、ウォルは気分が何となしか楽になった。真似をするのも悪くない。
―我が名を示せ―
青装の騎神兵の言葉が、再びウォルの頭に響いてきた。
ウォルはそれに応え、心の中で語りかける。
「君の名は、アクルウィルナリアス」
―アクルウィルナリス―
「君はおれの家族だ。力となってくれ!」
それに反応し、騎体が振動して唸りを上げ始めた。
ウィルナリス家の絆。
それがこの蒼き騎神兵につけられた名前の意味であった。




