第六章 覚悟と決断 その1
エスル城外郭内。松明が一定間隔で備えつけてあり、道を照らしている。ただそれでも内郭に比べれば、夜の闇は非常に色濃かった。
ウォルたち六人がエスル城を脱出するために選んだ経路は、その外郭、外城壁に造られたゴミ捨て場の穴である。
しかしその周辺には、槍を持った一般兵士が数人、巡回をしていた。
ウォルとダレルは、その様子を彼らの死角となる建物の軒先から探る。
「あれは敵か味方かどっちだ?従騎士殿」
「さぁ」
「ヘッ、あっさりと言うな」
「時間があれば対策はいくらでも考えられるが、今は覚悟を決めなくちゃな」
その時、肩を触れる気配がして、ウォルは振り向いた。
いつの間にかエルラッカムがすぐ側まで来ており、彼の耳元で告げる。
「メイベル様からです。あの者たちはキーレオスの息がかかっています」
どうやらメイベルが兵士たちの心を読んだようだ。
ウォルは頷いて、後方に待機していたメイベルの元に行く。
「猊下、情報ありがとうございます。対処いたしますので、少々お待ちください」
「エルたちにも伝わせましょうか?」
それができれば心強いが、メイベルたちがこの世界への干渉に制約を設けていることは、ウォルも既に理解していた。故にこれから人を殺めなければならないという責任は、自分たちにあると感じ断る。
「ありがとうございます。しかし私とダレクにお任せください」
それを聞いていたアティアナは、彼の言葉の意味がよく理解できない。ただ怖いことが起こりそうな気がして、胸が詰まった。
ウォルは再び元の位置に戻り、ダレクから短剣を借り受けてベルトに挿す。それから背筋を伸ばして、従騎士らしく身なりを整えた。
「じゃぁ、援護をよろしく」
「おうっ、任せておけ」
ウォルは建物の陰からでて、何食わず兵士たちのほうに向かって歩き出す。
ダレクは普段から狩猟で使用している弓を取り出し矢を番えると、壁伝いに隠れながらウォルについていった。
一般兵らはすぐにウォルの歩く影に気付く。しかし上手く松明の炎を背に近付いていったので、ウォルの顔は逆光でよく判別できなかった。それでも騎士の正装をしている人物ということは判るから、彼らはその場に足を止め、整列をする。
やがて近付いてきたウォルを見て、彼らは複雑な表情をした。騎士の格好をしているとはいえ、明らかに年下の少年である。
「失礼ですが、貴殿のお名前は……」
「任務ご苦労様です。私は従騎士のウォル・ウィルナリスと申します」
「ウィルナリス……まさか司令官の……」
「確かに私の父はヴァスタロト・ウィルナリスです」
彼にとって、このように父を紹介することに躊躇はあるが、仕方なかった。
兵士たちは顔を見合わせる。
「これは失礼致しました。して、ご用件は?」
「はい。父、いえ司令官より直々に城の見回りを仰せつかりました。それで、あなたがたの任務を伺いたいのですが」
「我々の?ご覧のように、外郭の警備を行っております。それが何か……」
ウォルは兵士らを見回すが、彼らの態度に落ち着きがなく、もしかしたら味方かもしれないという淡い期待は薄れていった。やはり猊下の言葉に間違いはない。
「その命令は、誰からのものでしょうか?」
「無論、キーレオス副指令官からによります」
頷いて、ウォルはさらに尋ねる。
「それで副司令官からは、警備の他にも何か命令されてはおりませんか」
「他……とは?」
怪訝そうに兵士が聞き返した。問われるがまま、ウォルは答える。
「例えば……侵入したコルゴット王国の兵士に協力せよとか」
「な、何を申される……」
応対する兵士は引きつった笑みを浮かべ、地面に突き立てている槍を強く握り締めた。
ウォルは溜息一つする。
「もしその槍を私に向けるようなことがあれば、あなたは終わりですよ」
その瞬間、兵士は槍を持ち上げ構えようとしたが、予期していたウォルは素早くベルトの短剣をその者の喉元に突き刺した。
驚いた他の兵士が後ずさり、槍を構えようとする。
ウォルはそれより早く短剣を兵士から引き抜くと、手近なもう一人に向けて放った。
「ぐぁっ!」
短剣はその標的の額に刺さり、仰向けに倒れる。手の空いた彼は、改めて腰に差している剣を抜いた。
そこに仲間を失った兵士の一人が、背後に回り槍を繰り出してくる。
「この野郎っ!……ウッ?」
不意にその兵士は、伸ばした槍がウォルに届く前にドサッと突っ伏した。
見れば、背に矢が刺さっている。他の兵士は、慌てて矢が放たれてきたほうを向いた。
影から出てきたダレクは、近付きながら彼らに次々と矢を放つ。
ウォルはその隙を逃さず、攻勢に入った。武器を比べればリーチ的に不利な状況ながら、敵の懐に入り込み、槍の長さを生かせないように剣を振う。
その戦いを陰から見ていたアティアナは、息を飲んだ。知っているウォルとは、まるで別人のようである。先程も騎士を二人討ったというが、現実に彼が人を殺すところを目の当たりにし、衝撃を受けていた。離れていた三年間の重さをひしひしと感じる。
ウォルはダレクの援護も得て、複数の敵に対して優勢に戦いを進め、次々と倒していった。若いとはいえ、ケブン砦で実戦を積んできた彼と、平和なエスルの兵士とでは経験に差がある。ウォル自身も立ち回りながらそれを実感していた。
そして最後に残った敵の槍を掴むと、グィッと引き寄せその柄を叩き斬る。武器を失った兵士は逃げ出そうと背を向けたが、容赦なく斬り込んだ。酷いとは思うが、逃して援軍を連れて来させる訳にはいかない。斬られた兵士は前のめりに倒れ、動かなくなった。
息を切らせたウォルに、ダレクが駆け寄る。
「大丈夫か」
「ハァハァ……ああ。それより急ごう」
ウォルは刃に付いた血糊を振り払い、剣を鞘に納めた。
これだけ大立ち回りをしたのだから、いつ他の敵が現れてもおかしくない。
ウォルは急ぎメイベルたちを呼び寄せ、城外に出るための出口まで案内した。
城外壁に造られたその穴は、崖の下、地面に掘られたゴミ捨て場へと続いている。
ウォルたち六人は、そこから城外へ脱出を図った。
そのうちメイベル、ネルセダ、エルラッカムの三人は、何の躊躇もなく城壁から跳躍して飛び降り、ゴミ捨て場の縁に軽々と降り立つ。
しかし普通の人間であるウォルにアティアナ、それにダレクは、ロープをつたって崖の下のゴミ山まで降りていった。それからゴミの中に足を浸しながら、ぬかるんだ泥をかき分けるように、縁まで歩くことを余儀なくされる。
特にアティアナは、レース生地を重ねたドレスを着用していたため、汚物がスカートを浸透して素足にまで達してしまった。当然パーティー用の靴も酷い有様である。
それでもネルセダの言が堪えたからか、ウォルの戦う姿に衝撃を受けたためなのか、彼女は何も言わず不快感を押し殺して黙々と皆に従った。
六人は城外に出ると、ダレクを先導に街とは反対方面の森へ分け入る。藪にしか見えない獣道をかき分けながら、急ぎ先を進んだ。
次第に、仰ぎ見るエスル城は遠ざかり、追手のシルエットやかがり火も見えなくなる。
ウォルは周囲の警戒をしながら最後尾に付いていた。
彼のすぐ前を、覚束ない足取りのアティアナが懸命に歩き続ける。早く汚れを落としたいだろうが、今は我慢してもらうほかなかった。
そうしてひたすら森の中を下り、ようやく開けた窪地へとでる。ここは猟師たちが森に籠るときに利用する秘密の場所だった。
ウォルはここで一旦休憩すると皆に伝える。
ただ闇雲に動き回ったところで、猊下をノクトネイラへ逃すことはできない。そのため計画を練る時間も必要なのだ。
ダレクとウォルは、斜面に掘られた室から道具一式取り出すと、皆のために焚火の準備を始める。炎の灯りは敵に見つかる危険性もあったが、それについてはダレクが安全を保障した。位置的にはエスルから目と鼻の先なのだが、窪地であり巨木に囲まれているため周辺から死角になっている。
そこへメイベルが近付いてきた。
「ウォル殿、お願いがあります」
改まって猊下より言われ、ウォルは何事かと立ち上がる。
「この娘たちを、エスルの街へ偵察に行かせたいのですが」
メイベルは、両脇に控えるネルセダとエルラッカムを示した。
「しかし、それは……」
「危険であることは重々承知しておりますが、ぜひとも」
ウォルもエスルへの偵察の必要は感じているし、人知を越えた能力を持つ彼女たちに相応しい任務であるとも思う。しかしそれを彼女らへ頼むことは、責任感から憚られた。
それを察してメイベルは、アティアナを見るよう彼を促す。ドレスはボロボロで、疲れきってうずくまっている彼女がそこにいた。
「偵察はもちろんですが、女性には色々と入用もあるのです。この先のことを考えれば、アティアナさんをこのままにという訳にはいきませんでしょう。ウォル殿やご友人に彼女の着替えを用意させるのは酷と思い、ネルとエルに使いをさせるつもりでおりました」
そう言われてウォルはアティアナへの配慮に足りていなかったことを痛感する。
「それに港の様子も気になります。赴く価値はあると思うのですが」
ネルセダがつけ加えた。
「別に戦いにいく訳ではないわ。任せて欲しい」
「そうです。それに二人が私の元を離れる決断をしてくれたのは、あなたを信頼している証でもあります。頼ってくださって結構です」
ウォルは少しの沈黙の後、礼を述べて改めてお願いする。
「わかりました。ご厚意に甘えさせていただきます。ただ私もアティアナ様も、お二方が危い目に遭われることを望んでおりません。少しでも危険を察しましたら、必ず退き返しお戻りください」
エルラッカムが頷いた。
「心配ご無用。必ず有益な情報を持ち帰ります」
ふと気付いてウォルはダレクを呼ぶ。
「悪いが、途中までお二人を案内してもらえないか」
ダレクほど、この一帯の地理に詳しい者はいない。
「人使いが荒いなぁ」
そう言いながら、渋々ダレクも話に加わった。
「でもその様子じゃ、他にもやらせたいことがあるのだろう?」
「さすが理解が早いな。実はラワックを用意して欲しい。可能なら人数分」
これから長距離を移動するとなれば、やはりラワック馬は必要なる。
「うーむ……人数分そろえられるか約束はできないが、近場を当ってみるよ」
「よろしく頼む」
「それではすぐに発つ準備をさせましょう」
メイベルは微笑んでネルセダとエルラッカムに声を掛けた。
「ところで二人とも本当に大丈夫かしら?少し心配です」
その言葉にウォルは今更かと驚く。間髪入れず、ネルセダは声を上げた。
「心外です!偵察など私たちにとっては造作もないことです」
「そのことではありませんよ」
ネルセダは首をかしげた。メイベルは少し可笑しがりながら話す。
「商店でしっかりと品物が購入できるかを、心配しているのです。あなたたちに通貨や経済の概念は教えましたが、何せノクトネイラにはお店などありませんからね。もちろん、現状で開いている保証もないでしょうし」
二人は顔を見合わせた。
「も、もちろん大丈夫です。品物を買うなんて、な、何でもありません」
「ま、間違いなくお役目は、果たします……」
さすがにネルセダだけでなく、いつもは冷静なエルラッカムも口調が覚束なくなる。今更ながら、未知の経験をしなければならないことを自覚してしまい、戸惑っていた。
その様子を見て、メイベルたちは屈託なく笑う。
ただその中で、アティアナだけは一人、うずくまり俯いたままだった。
それから一刻ほどが経った。
ネルセダ、エルラッカム、ダレクの三人を見送ったメイベル、ウォル、それにアティアナは、会話することもなく焚火を囲み座っている。
特にアティアナは、到着したときから変わらず、あまり動作がなかった。その表情は生気を失ったかのようである。メイベルも今は無理なことはせず、干渉を控えているようだ。ただ優しい眼差しで、彼女を見つめている。
ウォルはアティアナに申し訳なく思いながらも、一人、メイベルたちを安全な地まで送り届ける手段を考えていた。
その中で最善の方法は、船を用立てて直接ノクトネイラに帰還していただくというものだ。とはいえ港が戦火の中心である以上、非常に難しい。次に、道のりも頭に入っており、案内も容易なケブン砦へお連れすることも考えた。しかし砦がコルゴット王国の目と鼻の先にあることを思えば、やはり躊躇せざるを得ない。残るは隣の領国へ脱出させるものだが、これもそれら領主の大半がエスルに赴いており、現在人質に取られているだろうから、辿り着いた先で協力が得られるか不明であった。
ふと思いつき、ウォルはメイベルに尋ねる。
「猊下。ノクトネイラへ帰還途上の船とは、連絡を取ることはできないのでしょうか」
港は使用できないが、ベリュン領境界の五割は海岸線だ。ノクトネイラの船と連絡がつき、こちらも船の接岸可能な海岸線まで移動できれば、猊下を船に送り届けることは可能である。ノクトネイラの船に乗船できれは、さすがに敵も手だしできないだろう。
「そういうことであれば、連絡を取ることは可能です。と言いましても、あの船団ではなく、明日迎えに来てくれる予定の船ではありますが」
「近い距離に停泊をしているのでしょうか?」
「ええ。まぁ、皆様方には七隻で参りますと申していたのに、実はもう一隻引き連れていたというのは、ここだけの話にしておいてくださいね」
と、メイベルはおどけた。
「えっ、いや、全く問題ないと思いますが……」
ウォルは不意の彼女の言葉につまずいて、同意を求めるようにアティアナを見る。
しかしアティアナは一言も発さないままだった。
メイベルも気を掛けている様子で、ウォルに質問する。
「ですが私供が船で逃れるとして、あなたはいかがされるのです?よろしければ、ともにノクトネイラに参りますか?」
「ノクトネイラへ、ですか!」
「どうですか。あの狩人さんもご一緒に」
本気か冗談かわからぬメイベルの問い掛けに、ウォルは驚いた。
ウォルは再びアティアナの様子を窺う。普段であれば飛びつくような興味深い話のはずだが、彼女はそれでも黙ったままだった。この数刻で体験したことは、それだけ彼女にとり、深刻で衝撃的な出来事だったのだろう。
ウォルはひとまず、自分の意思をメイベルに伝える。
「ありがたきご提案ですが、私にはこのエスルを守る務めがざいます。猊下らの安全を見届けましたなら、返して味方の加勢に参ります」
メイベルは眉をひそませた。
「あなたほど分別ある者が、そのような選択をなさるのですか。残念ですが、あなた一人加勢したところで何も状況は変わりません。お退きになるのも勇気ではありませんか」
ウォルは、メイベルの言はもっともだと理解しているが、義務と責任は果たさねばならない。ベリュン侯爵夫人を救いに向かうという約束もある。それに母の死を知らないであろう父も、まだ戦っているはずだった。
「覚悟は定まっております。ただ懸念なのはアティアナ様のこと。可能でありますなら、アティアナ様だけはノクトネイラへお連れいただきたい」
そのウォルの言葉に、突然アティアナは顔色を変えて立ち上がる。
「駄目よ!」
目には涙も浮かんでいた。溜まっていた心の内を吐きだすように叫ぶ。
「私も戦うわ。父様も母様もお城に残っていらっしゃる。誰が逃げるものですか!」
ウォルは彼女の真剣さを理解している故に、不用意に声がかけられなかった。
そのとき茂みの騒ぐ音と、ラワック馬のいななきが聞こえてくる。
ウォルは緊張してその方向に目を向けた。
するとその先の低木の藪の上から、三頭のラワック馬がヌッと顔をだす。
一瞬追手かとも思ったが、続いてそれらの手綱を握ったダレクが、藪の中から現れた。
「おいおい、何に騒いでいるんだ。馬が驚いちまったじゃないか」
食糧調達から戻ってきたダレクは、不用意な三人に注意を促す。しかし姫君の顔を見てそれ以上口を開くのを止めた。
それから居心地悪そうに、馬たちを木に括りつけ、担いできた荷物を焚火付近に置く。
ウォルは一息ついて、ダレクを労った。
「思ったより早く戻って来れて良かった。ご苦労だったな」
「全部で五頭。頭数が足りないのは悪いが、これが精一杯だ」
「ということは、残りの二頭はお二人にお貸ししているのか」
ダレクによれば、ネルセダとエルラッカムをエスルの市城門付近まで案内して、そこからは二人だけで街に向かったということである。
ウォルは、毛並みを確かめながら、ラワック馬の頭をなでた。
「それでどこから調達できたんだい」
「猟師仲間の所有している小屋を回ってきた」
「敵の追手は、大丈夫だったのか?」
それについて、ダレクは軽い調子で報告する。
「よく考えたら追われているのはお前らだけで、おれは関係ないからな。郊外ならどこに出向こうが、問題なかった。ついでに言うと、エスルの市城門もまだ開放されたままだったし、普通に人も歩いていたぜ」
彼は、会いに行った皆があまりにも平穏無事な様子だったので、城でのことは何も話してこなかった。
「エスル城がああなっているなんて、誰も思ってない。皆が聞きたがっているのは、港での事変の様子だけさ。だからラフノスやオーグの話も濁してきちまった」
「難しい立場に置かせてしまって、本当にすまない…」
「へっ、いいさ」
ダレクは馬から荷物を取り出すと、焚火の前に腰を下ろす。それから油紙に包まれた何かの肉を串に刺して、焚火で炙りはじめた。
「カークの肉も分けてもらってきた。皆、ずっと何も食べてないんだろ」
確かにウォルたちは、晩餐会に出席しながらも誰一人、食事を取っていない。
「カークの肉ですか」
メイベルが明るい声で反応した。
「は、はい。これとパンくらいしか調達できず申し訳ありませんが。あ、それとワインと蒸留水も持ってきました」
ダレクはどぎまぎしながら、袋の中から堅そうなパンと数本の瓶を取りだす。
彼にしてもメイベルは今までに会ったことがない類型の存在で、未だどのように対応してよいのか悩んでいた。
「ありがとう。カークは私の好物ですよ」
「やはりそうなのですか。城の連中がそのようなこと言ってたのですが。でも猊下なら、もっと美味い物を何でも食べ放題に思いますけど」
メイベルは、ホホホと口を開いて笑う。
「私とて、生まれた時からの不老不死だった訳ではありません。この大陸で普通に生まれ普通に育ったのです。私がこの地で何をしていたかご存知ですが?」
問われたダレクは、さっぱりわからなかった。ウォルにしても、メイベルが魔神との戦いにおいて人類を率いる以前、どのような人生を歩んでいたのか知らない。
しかしその答えを、さらっとメイベルは口にした。
「私はあなたと同じ、猟師をしていたのです」
その事実に、ウォルもダレクも驚いて何も答えられない。アティアナもそうであった。
ただウォルは納得できる気もしている。厨房でダレクらをメイベルに紹介したとき、想像以上の興味と理解を示した。それにアティアナを窘めたのも、あれが初めてである。
「魔神の軍勢がこの世界に来なければ、一人の猟師として生涯を終えていたでしょう。ただそのときは、あなたがたとこうしてお会いする機会もなかった訳ですが」
ダレクは少し嬉しそうにしながら、炙っている肉を火の上で返す。
「じいさんたちに教えたら、手を叩いて喜ぶかものね。それと、もうすぐ肉も焼けますんで、もう少々お待ちください」
「ええ、ありがとう」
それから彼らは焚火を囲み、食事と休息を取った。
とはいえ、しっかりと腹に入れたのは、ウォルとメイベルだけである。特にメイベルは満足そうに、塩だけで味付けされたカークの肉を食した。
当のダレクは城内の晩餐で腹は満たしているので遠慮している。
アティアナは、庶民の味への拒否反応もあるが、精神的にも食事が喉を通らず一口も入れられなかった。それでもメイベルに言われ、ワインと水を数口だけ含む。
ウォルはそれでもダレクに感謝をした。ただ汲んできた水ではなく、庶民には高価な代物である栓の閉まった蒸留水を持ってきてくれたのだ。彼女が飲めたのもそのお陰だろう。
「なんだ、こっちを見て。気持ち悪いな」
ウォルの視線に気づいて、ダレクが毒づいた。
「何て感謝の言葉を掛けようかと思って、悩んでいたところだよ」
「まだ早いぜ。逃げてる途中だろ。無事皆さんを送り届けたら、それなりの礼をいただくから覚悟しておけ」
そこへメイベルが参入してくる。
「私からも、ぜひともお礼をさせていただきたく思います」
「えぇっ!それは遠慮しておきます」
「なぜですか?」
ダレクは恐る恐る答えた。
「何か怖いから……」
もう少し別の言い方があるだろう!と、ウォルは心の中で頭を抱える。
しかしメイベルは気にする様子も見せず、逆に可笑しがっていた。
ところが突然彼女の表情が一変する。真顔になり、スクッと立ち上がった。
すると間を置かず、ラワック馬の風を切って森を駆ける音が聞こえてくる。
ウォルは警戒し、剣の柄に手を掛けメイベルの横についた。
「武器はしまっていただいて大丈夫です。ネルが戻ってきました」
「ネルセダ殿……お一人ですか?」
「確かに一人のようです。皆さん少しお下がりください。勢いがあり過ぎます」
森の木々の枝が、ザワワを唸りを上げる。
メイベルの言うように、ネルセダの操る馬が藪を突き破り、全速力で飛び込んできた。
ネルセダは思いっきり手綱を締め、馬の脚を無理やり引き止めると、それが静まるのも待たずに鞍から飛び降りる。
ダレクは顔をしかめながら咄嗟に馬に駆け寄り、宙に舞う手綱を手に取ろうとした。
ネルセダはそんな様子も目に入らず、メイベルの元に急ぎ跪く。
そして開口一番、詫びる言葉を述べた。
「申し訳ございません!メイベル様」
メイベルは溜息をつく。
「エルの身に何かが起こったのですか。それの様子ではあなたの責任も大きそうですね」
そう言われてネルセダは、地面につける勢いで頭を垂れた。
「は、はい。全て私の責任です。ただ、ただ……」
「怒っている訳ではありません。ですが何かあったのかを話してもらわなければ、対応しようがありません。さぁ、顔を上げて。ネル」
はい……と返事をし、ネルセダはゆっくりと顔を上げる。




