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第五章 戦火の騎神兵 その2

「行け!行け!」

 ラフノスとオーグを乗せた荷馬車が、城の外郭を城壁に沿って突っ走る。御者席ではラフノスが手綱を握り、オーグはエルラッカムに借りたマントをフードのように深く羽織った姿で、弓を引いて周囲を威嚇した。夜の暗がりで速度を上げて走る馬車を見た兵士らには、それだけでメイベルが乗っていると認識するに充分だった。うまい具合に兵士たちを引きつけることに成功する。

 メイベル一行を無傷で確保したい兵士らは、馬車へ矢を射る訳にもいかず、ひたすら追いかけることになった。

「ほほー。うじゃうじゃ集まってくるぞ。皆まとめて遠くへ引っ張っていってやる」

「しかしこのまま城壁に沿って走ったら、一周して元に戻ってしまうんじゃないか」

「おっと、そうじゃ」

 馬車は速度を落とさず、大きく荷台を揺さ振りながら方向転換する。追いかけている兵士らを弾き飛ばして、倉庫棟の並ぶ区画へ入っていった。

 ラフノスが舌打ちする。

「何じゃ、どんどん狭くなっていくぞ」

 倉庫の区画だけあって、道には荷物や資材が沢山積まれていた。それも今回のメイベル下向に合わせて、各国各界の有力者から膨大な物資が贈られてきており、倉庫に入りきれずに溢れていたのである。

 ラフノスは馬車を巧みに操り、障害物を避けながら進んでいった。オーグは次第に狭まる敵の包囲を、何とか弓矢で引き剥がす。

 その直後うず高く積み上げられていた物資が、グラリと道を塞ぐように崩れ落ちてきた。

「うあぁっ!」

 急いでラフノスは、手綱を引っ張る。しかし速度を出して走っていた馬車を、そう簡単に止めることはできなかった。勢いそのまま突っ込み、大破しながら横転する。 

 ラフノスとオーグは遠くへと投げ出された。


「馬鹿者!誰が命令を出した!」

「前方を行き止まりにするだけのつもりだったのですが。まさか突っ込むとは」

「猊下にもしものことがあったら、貴様らただで済むと思うな!」

 兵士の怒号が聞こえてくる。

 壁に叩きつけられ、その壁にもたれかかるように気を失っていたラフノスは、薄らと目を開けた。体中がじんじんと熱く、強い痛みを感じる。出血も酷いようだ。手も足も全く動かない。何とか首を動かし、オーグを捜した。

 遠くに、兵士らが集まって何かを囲んでいるのが見える。その一人が、地面から大きな布を引っぺがすような仕草をした。

「こ、こいつは何だ!ただの爺だ。猊下じゃない!」

 オーグの死体からマントを剥ぎ取った兵士が、毒づく。

 あの兵士らの足元に、オーグはいるとわかりラフノスは安堵した。やはり今の今まで、奴らはこちらが囮だったことに気付かなかったらしい。

 ラフノスは、死を迎えることに満足をした。

「ん……」

 いつの間にか、目の前に一人の男がスラリと立っている。貴族のような出で立ちだ。

 その男は膝をつきラフノスに顔を近づけると、彼の頭を両手で押さえて呪文を念じる。

 何じゃ?

「そうですか、囮となったのですか。ご老体ながら、命を賭して猊下を逃がすとは、尊敬に値しますな」

 この男はわしの心を読んでおる……ラフノスは戦慄した。

「その通り、どちらへ逃がすおつもりですかな」

 させるか!と、咄嗟に首を大きく振りかぶり、その男に頭突きを食らわそうとする。

 間一髪で、ソウブロアは立ち上がって頭突きをかわした。

 ラフノスはそのまま前のめりに地面に突っ伏す。

「いかがした」

 他を確認していたキーレオスが、近寄ってきた。

「こいつは死んでいるのか?」

 腰を曲げ前屈をしたような状態でうつ伏せに倒れているラフノスを見下ろす。

「ええ、今しがた」

「無様な格好ですな」

「そうでもありませんよ。見事な最後でした。まぁ、それよりも猊下の行方ですが……」

「判明されたか?この馬車には猊下も誰も乗ってはいなかった」

「少しだけですが、このご老体の頭を覗くことができました。やはりこちらは囮で、猊下はすでに城内にはいない様子。二人の従士と、領主の令嬢、御付の従騎士が一緒のようです。それで、城外に通じているゴミ捨て場の位置はご存じですかな」

「ゴミ捨て場!」

 失念していたことをキーレオスは悔やんだ。というより、猊下とゴミ捨て場が頭の中でつながらなかったのである。そこまで自らを貶めて逃げるとは思っていなかった。自尊心の強い彼にはまず無理な話である。

 ソウブロアはキーレオスに提案した。

「もしよろしければ私のほうで隊を編成し、城外を捜索させていただきたいのだが」

 キーレオスは警戒する表情を見せる。それに気付いて、ソウブロアは約束した。

「我々は同盟です。決して卿に不利益なことをしないと誓いましょう」

 少し考え、キーレオスは悩みながら答える。

「よろしい……ただし、法師を置いていっていただきたい」

「なぜです」

「私も旗下を率いて、城を出撃させてもらう。その間、城の防備を維持するのに法術の力はぜひとも必要とする」

 キーレオスとしてもメイベル・リンクが城外へ逃れてしまった以上、余裕に振る舞ってはいられなかった。そのために自らも城を出る決断をしたのである。

「信用してくださるのであれば、できる限り協力させていただいましょう」

  

 同時刻のエスル港。

 港での戦闘は、正体を隠したコルゴット王国軍の圧倒的優位で進んでいた。

 一時、覚悟を決めたホグーラグ率いる王国北方領海軍が粘りを見せたものの、念入りな計画の元行われた襲撃を前に、次第に押されていったのである。

 何艘も船が埠頭に接岸し、白兵戦に及んでいた。

 時が経つにつれ、港はラーグリスの兵力より、コルゴットの兵力が上回ってきている。

 部隊の後方に控えていた騎神兵の騎手らも上陸を始めた。

「エスルの奴らは何をしておる!港がこんなになっているのに、なぜ出てこない」

 ホグーラグは馬車の荷台でこしらえたバリケードの片隅で、震えながら叫ぶ。

 側にいた副官は、それがベリュン軍との縄張り争いが原因であることを理解しているが、言う気にもなれなかった。彼の脇腹には血が滲んでいる。ホグーラグを庇って法術を被弾したのだ。気力を振り絞って、別のことを答える。

「もう少し耐えれば、必ず援軍は来ます。ご辛抱を」

「わしはどうすればよいのだ。どうすればよいのだ」

 ホグーラグは彼の言葉が聞こえていないのか、独り言を繰り返した。

 副官は痛みをこらえ、荷台の隙間から埠頭の様子をうかがう。続々と敵が上陸しているのが見えた。騎神兵の保管区画に、間もなく取り付こうという勢いである。

 副官は覚悟を決め、剣を握りしめた。

「私は出ます。閣下は援軍が来るまでここで隠れていてください」

 ハッとして、ホグーラグは顔を上げる。

 呼び止める間もなく、副官はバリケードを抜けて突入していった。

 

 港に降り立ったコルゴットの女指揮官は、橋頭堡を確保しつつある戦場に、騎神兵の騎手らを集結させる。周囲ではまだ激しい戦闘が続いていた。

 女性らしい長い髪を潮風に晒しながら、騎手らを見渡す。

「貴様らは自分を選ばれた人間とでも思っているでしょうが、今のところは何の価値もないわ。実際に騎神兵で戦闘にも出たこともない素人。その貴様らに新品を与えてやるのよ。光栄に思いなさい!」

 それから騎神兵を保管してある港の一画を指差した。

「あそこにあるのは五四騎。貴様らは三〇人。突撃して敵と戦い、辿り着けば誰でもあれを奪い取れる。臆病者は必要ない。戦場をくぐり抜け栄誉を手に入れなさい!」

「オォッ」

 と、一同は呼応する。

 元々コルゴット王国は、それほど多くの騎体を所有しておらず、それに比例して騎手の数も少なかった。また騎神兵の騎手というだけで名士となるこの世界で、名のある彼らをこの計画に加担させるのは無謀である。そのため決行まで時間のない中、資質のある者たちを極秘に集め、騎手を育成したのだ。全員騎神兵での実戦は未経験。人数を大量に確保し、替えの利く陣容とした。

「それと忘れないで!乗り込んだ騎体はまだ何もできない赤ん坊。貴様らが名付け親になる。浮かれて勝手な名前をつけるような真似はするな!そいつが途中で死んでしまっては、他の奴が使えなくなるわ」

 騎神兵の起動には、命名された名を呼ぶ必要がある。もし一個人にしかわからない名前をつけられてしまえば、共有が難しくなるのだ。往々にして名を継承しないまま騎手が亡くなり、次の後継者が使用できなくなる例も存在する。

「その名は何?呼んでみなさい!」

「ソウブロアス!」

 この計画の立案者ソウブロアを冠した名が叫ばれる。それが皆の合言葉となった。

「行くぞ。続け!」

 指揮官は剣を抜き雄叫びを上げ、戦場に突入していった。騎手たちもそれに続く。


 馬車や瓦礫など俄かで造られたバリケードは燃え盛り、それを挟んでラーグリス海軍とコルゴット軍は攻防を繰り返していた。劣勢なラーグリス王国が戦線を維持しているのは、ホグーラグの言った不名誉な名を後世に残さないための意地でしかなかった。

 しかしそこへ新たな敵が突撃してくる。

 後方に控え、戦力を温存していた騎手の部隊だ。彼らは騎神兵での実戦が未経験とはいえ、騎手に選ばれたほどの戦士であり、生身での白兵戦にも長けている。

 ラーグリス海軍は一気に総崩れとなった。

 負傷のまま戦い続けたホグーラグの副官も、遂にこの場で倒れる。

 バリケードを乗り越え、騎手たちは次々騎神兵に取りついた。

 指揮官は自ら剣を振るい、彼らの血路を確保する。

 そして次の敵を探していたところに、一人の男が剣を抱えて、立ちすくんでいるのにでくわした。戦場には場違いな感じだったが、逃がすわけにはいかない。

 彼女は相手の人相を知らなかったが、ラーグリスの軍装による階級の違いは知っていた。

「ほう。ラーグリス王国北方海域総督殿ですね。どこへ行かれる」

 ホグーラグは、命乞いができないほど頭が真っ白になっており、何も喋れない。

「我はナムバル男爵。この軍を指揮している。折角、指揮官同士がまみえたのです。手合わせしていただきましょうか」

「お……女が指揮官……」

 コルゴット王国軍の指揮官ナムバルは、何も答えず余裕な素振りで進みでる。

「う、うわぁー!」

 訳がわからなくなってしまったホグーラグは、目を瞑るとがむしゃらに剣を振り回し、敵に向かって駆け出した。

 フッとナムバルは鼻で笑と全く避ける様子も見せず、真っ直ぐに剣を突きだす。

 するとホグーラグは、その切先に吸い込まれるかのように、自ら突き刺された。

 ホグーラグは弱弱しく目を開ける。

「挑んできたことだけは、認めて上げましょう」

 女の顔が間近で笑っていた。

「うぐぁあ……」

 ホグーラグは痛みに泣く。そして意識を失うと地面に崩れ落ち、そのまま二度と目を開けることはなかった。

 スルリと剣を引き抜き、ナムバルは敵の総督をその場に打ち捨てる。

「フン。エスルの若造が援軍に来ると聞いていたが、我らだけで充分のようね」

 ナムバルは法師の一人を呼んだ。

「エスル城のほうはどうなっている。ソウブロア様から連絡はあったの?」

「それが……」

 法師はエスル城からの経過を説明する。

「何と。エスルの能無しが、司師を煩わせて」

「それでソウブロア司師はキーレオス卿に協力し、リンク猊下捜索に向かわれるとのこと」

「これでは、奴らに騎神兵を分ける気にならないわね」

「それからキーレオス卿の代わりに、ウィルナリス卿が手勢を率いてきます。騎神兵一騎も持ちだされました。何とかいたしませんと」

「ウィルナリス卿。ラーグリス随一の勇将。どれだけのものか見せてもらいましょうか」

 戦いを待ち望んでいるかのような彼女に、法師は眉をひそめた。

「安心しなさい。我々にはあれがある。一騎程度に何ができるというの」

 ナムバルは剣をかざす。そこには次々に立ち上がる巨人たちのシルエットが見えた。


 暗い視界の中、深呼吸をする。

 兜と装甲ごしに聞こえる戦場の騒音が、遠退いていく感覚に陥った。

 意識を統一させる。

 ―我に名を与えよ―

 頭の中に直接声が響いてきた。

 ―我が名を示せ―

 再び聞こえてくる。

 そうだ、このおれが名を与えてやるのだ。

「お前の名は、ソウブロアス」

 ―ソウブロアス―

「立て!立つのだ。ソウブロアス!」

 騎手の搭乗した騎神兵の胴体が振動を始める。筋肉状に形成された管状生物が、脈打ち唸りを上げ、起動を始めようとしていた。

 ソウブロアスと名付けられたは上半身を起こし、そのままの勢いで一気に立ち上がる。騎手の視界が一気に開け、仲間たちの騎神兵や周囲の戦況もよく確認できた。

 それから各々、別途積んである荷箱から、騎神兵とともにノクトネイラより贈られた長剣を取り出す。それは人類には不可能な鍛錬技術と特殊な金属で作られた、魔神の軍勢に対するための武器であった。それに加え、ある者は港に打ち捨ててあった廃材を、盾代わりに装備し万全を期す。

 騎神兵を敵に奪われ、指揮する上級士官も失ったラーグリス海軍の兵士らは、この状況に戦意を喪失した。港からバラバラ散るように撤退しだす。

 コルゴットの兵士らはそれを見て勝利を確信し、余勢を駆って敵に追い打ちをかけた。

「あれは不味いわ」

 ナムバルは側近に、隊を率いて深追いしている部隊を引かせるよう命令した。

 騎神兵を確保できれば、今は無理をする必要はないのだ。これだけの軍勢をそろえることは、どの国家にも真似できない。敗残兵を逃したとしても、一国の一都市であるエスルを制圧するなど、造作ないと思えた。

 そのとき、隊を向けた方向がにわかに慌ただしくなる。蹄の音、金属のぶつかる音が聞こえてきた。敵を追った部隊が、逃げるように後退してくる。

 ナムバルは目を見張った。ヴァスタロト率いる敵の援軍が駆けつけたのだと理解する。

「全軍、敵に備えよ!」

 しかし敵の進軍は予想以上に苛烈を極め、深追いした部隊は瞬く間に飲み込まれた。ナムバルの命令で向かった部隊も、充分に態勢を整えられないまま後退を余儀なくされる。

「兵を引かせろ。法師を前に。続いて騎神兵をだすぞ!」

 法師の法術による遠距離攻撃で敵を足止めし、その後に騎神兵を前面に押しだして、敵を殲滅しようというのである。

 法師たちは、後退してくる兵士らを避けながら前線へと並んだ。

 それを確認したベリュン軍の伝令が、後方に陣を敷いた司令官の元へ向かう。

「司令官。法師の部隊がでてきました!」

 六頭立ての馬車に積んである騎神兵・ラーガントに、伝令が駆け寄った。

 ヴァスタロトはラーガントに乗り込み、起動の準備に取り掛かっている。

「ノーガンクに伝えよ。私が動くまで持ちこたえるのだ。奪われた騎神兵は全て引き受ける。他の兵は誰一人港からだすな」

 伝令はそれを聞き、駆け戻っていった。

 法師への対策は済んでいる。法師が安全を確保しつつ法術を発動するには、この埠頭は狭すぎた。この距離であれば、長弓も射程圏内である。

 命令を受けたノーガングは、敵よりも先に速やかに弓兵の部隊を整列させた。

「狙うな、数を撃つのだ」

 敵の法師に法術を使わせる時間を与えさせてはならない。

「用意……放て!」

 馬上のノーガンクの号令で、弓兵らは敵陣に向かい、矢を途切れず射続けた。

「矢を使い切る気で射よ!法師らに法術を唱歌させるな」

 無数の矢の雨は、法師たちを怯ませるのに充分である。夜の空に溶け込んだ矢は、その実態を掴ませずに、盾もなく前にでていた彼らを次々に貫いた。

 戦士でもない法師には過酷な惨状である。法術を唱える気力を維持できず逃げだした。

「無様なこと。こちらも弓で応戦か」

 しかし船上での携帯と機動性を重視し、コルゴットは弩と短弓の編成であった。そのため続く矢の射掛け合いでも、ベリュン軍の劣勢に立たされる。

 そのとき、尊大で自信に満ちた声がナムバルの耳に届いてきた。

「ナムバル卿!我々に任せよ!」

「何ですって!誰の発言か」

 後方で待機するよう命令していた騎神兵の一団が、前線に地響きを上げて進んできている。味方の兵士らまで、蹴散らす勢いだ。腕には盾となるような廃材も抱えている。

「我がソウブロアスの力を見せよう!あなたがたは後ろにでも控えていてくれ」

 騎手らは遂に騎体を手に入れ、無敵にでもなったかのような感覚に陥っていた。下に見える指揮官すら矮小して感じる。始めの一騎が進みでると、それに負けじと他も動きだし、統制が取れない状況になっていた。

 中にはまだ操ることに馴れておらず、ソウブロアスの脚が覚束ない者もいる。でありながら騎神兵乗りとしての意識だけは過剰だった。

「馬鹿者どもが、隊列を崩すな!命令がでるまで下がっていなさい!」

 ナムバルは怒鳴ったが、騎手らは聞き入れる様子もなく、味方の陣を跨いで越える。

 中でも先頭の三騎のソウブロアスは、我先に先陣を切ろうと駆けだした。自信を持っているだけあり、初めての騎体であるにもかかわらず、滑らかに操っている。

 未だベリュン軍からの矢の雨は降り注いでるが、ソウブロアスはそれをものともせず駆けだした。素体とはいえ騎神兵の装甲は、矢を弾き寄せつけない。

 騎手たちは、唯一自分が露出しているソウブロアスの頚部を、廃材で防ぎ突進した。

「どいつもこいつも自制心のないやつらばかりか!」

 そう吐き捨てるナムバルに、副官が意見する。

「ですがこれで、敵の援軍も退かせることができるのではないですか」

「甘いわ。今見えているのは敵の先方だけ。向うも騎神兵を有しているのを忘れたか」

 加えて敵の騎種は、装備が万全のはずだ。数の上では圧倒的にこちらが有利とはいえ、このような状況ではそれさえ生かせない。敵の思うつぼであった。

 しかしソウブロアスを駆ける騎手たちは、指揮官の懸念など気にも留めず、まさに鬼神のごとくベリュン軍に迫っていく。

「ハハハッ。このまま全員押しつぶしてやる!」

 一騎のソウブロアスが持っていた廃材を振り回し、敵に向かって投げつけた。

 ベリュン軍前線の隊列が、その一撃で崩れる。相手は人間の三倍近い身長を有する巨人で、しかもこちらの武器は歯に立たなかった。弓兵たちは浮足立ち、逃げだす。

 ノーガンクは不甲斐なさを感じつつも、撤退の命令をだした。

「貴様ら逃げる場所を間違えるな!司令の命令を徹底しろ」

 それに反応し、弓兵、その後方の騎兵隊、槍歩兵隊も陣を左右に割くように退く。

「おれたちを挟撃でもするつもりか」

 ソウブロアスの力であれば、この程度の包囲は、容易に打ち破れるものと確信していた。相手に合わせて、こちらが進撃の速度と緩める必要などない。

 ところが思わぬことが起こった。

 彼らの目線上に、白銀色の騎体が突如現れる。ラーグリス王国の騎神兵・ラーガントが一騎、立ちはだかっていたのだ。

 三騎のソウブロアスは包囲の中央で急ブレーキをかけ、足を止める。

 ラーガントは、右手に長剣を、左手には盾を掲げて構えていた。

 ベリュン兵が陣を左右に分けたのは、その進路を妨害しないためだったのである。

「ウォオオー」

 ベリュン軍が威勢を張り、雄叫びを上げた。 

 それに合わせ、ラーガントが突進する。騎神兵同士の距離は、あっという間に縮まった。

 先頭で廃材を投げ捨てたソウブロアスの騎手は、自らの不利を大いに悟り慌てる。

 その彼の焦りは、そのままソウブロアスに反映された。突然、手足の挙動が覚束なくなり、身体のバランスが大きく揺らいだ。

「うぁっ、どうしたのだ。動かん。命令に従え!」

「何をしている。こちらに寄りかかるな!」

 後方に続いていたソウブロアスもそれに引きずられ醜態をさらす。

 彼らは態勢を整える間もなく、ラーガントを攻撃範囲内に接近させてしまった。

 ラーガントは駆けた勢いのままに、剣を鋭く突きだす。

 鋭い切先は、先頭のソウブロアスの胸部装甲を貫き、搭乗していた騎手をも引き裂いた。その一突きで騎手は絶命し、操り手を失った騎神兵は木偶人形のように、押しだされた方向に倒れ込む。それに巻き込まれた仲間の二騎も、重なるように尻餅をついた。

 間髪入れずラーガントは、倒れたうちの一騎に覆い被さる勢いで剣を振りかぶる。

「クソォッ!なぜこんなところで。折角……」

 仰向け状態のソウブロアスの頸部に剣が突き刺さり、その騎手の息の根も止めた。

 残りの一騎は動かなくなった仲間を振り払い、逃げようと背を向ける。

「戦え!逃げだすつもりか!」

 ラーガントの騎手が声を発した。

「騎神兵を手に入れながら、一度も戦うことなく背を向けたまま死ぬことになるぞ」

 それに反応し、ソウブロアスが足を止める。効果的な挑発であった。

「わ……我は、マジョゴル家三男、パハグルク」

 振り返り、地面に落としていた長剣を拾い上げると、不慣れな感じで構える。

「ベリュン軍司令官ヴァスタロト・ウィルナリス」

 ヴァスタロトも返した。両者が睨みあう形になる。

 そもそもヴァスタロトは、一騎で無数の騎体を相手にできるとは思っていなかった。死も覚悟してる。今はただ敵を可能な限り減らし、部下の負担を減らすことを考えた。

 ヴァスタロトが先に大振りで討ちかかる。

 後方に控える敵全軍の進攻を怯ませるには、この敵を圧倒的に叩き潰さなければならない。そのためには、非効率的でもこちらの優位性を見せつける倒し方が必要だった。

 無駄な動きに気付いたソウブロアスは剣を振り上げ、ラーガントの頭部を狙う。

 しかしそれはヴァスタロトの予想通りの反応であり、振り上げた剣の握りを素早く切り返すと、ショートカットで振り下ろし敵の剣を弾いた。ソウブロアスの腕はその反動で横に開いた状態になり、胸ががら空きになる。そこへ強く盾を叩きつけた。ソウブロアスは抵抗できずに後ろへと弾き飛ぶ。

 ラーガントはそれに合わせて一歩踏みだし、再び大振りで剣を討ち掛けた。

 オオッ!と両軍から声が上がる。

 水平に振られた剣に合わせて、ソウブロアスの首が垂直に飛んだ。血しぶきも吹きだす。騎手の首も一緒に飛ばされたのは、誰の眼にも明らかだった。

 両陣営の中間まで飛びだしていた後続のソウブロアスらは、立ち止まらせざるを得なかった。ただ一騎の敵に、三騎の味方が呆気なく倒されたのである。誰も四騎目の犠牲者にはなりたくはなかった。

 ヴァスタロトの元に、ノーガングが騎馬で駆けつけて、声をかける。

「やはり敵はコルゴットでしたな」

 敵の騎手が名乗っていたマジョゴル家は、コルゴット王国の有力貴族だ。

 それには答えず、ヴァスタロトが指示をだす。

「これより敵陣に突撃する。私に続き全軍を突入させろ。乱戦に持ち込み敵兵を盾にして、騎神兵に動ける隙を与えるな。ただし私が一太刀でも敵の攻撃を受けたなら、その場で撤退の命令を下せ。その後の指揮はお前が引き継ぎ、次の機会に備えるのだ」

「何を気弱な……。ですが承知いたしました。お任せください」

 ノーガングは指揮する部隊の元に駆け戻った。

 ヴァスタロトはそれを見送ると、敵正面を向く。

「行くぞ!」

 ラーガントが敵陣に斬り込んでいった。

「司令に続け!全軍突撃!」

 ノーガングが味方に檄を飛ばす。

「敵は卑劣なコルゴットの連中だ。一人も生かして帰すな!」

「ウォオオ!」

 ベリュン軍が一騎の騎神兵に率いられ、大波のように動きだした。

 ヴァスタロトは、前線で引くに引けなくなっていた敵の騎体にぶつかっていく。   

 そして味方に手出しする猶予を与えないために、敢えて大立ち回りで剣を振った。

 ノーガングに率いられたベリュン軍は、騎神兵同士が演じる戦いをすり抜け、敵陣に突入する。立ちはだかる敵の騎体を無視し、生身の敵だけに狙いを定めた。

 コルゴット軍の指揮官ナムバルは歯ぎしりして悔しがる。多くの騎神兵を確保し圧倒的な戦力を有しながら、全く生かせていなかった。陣を勇んで出陣したソウブロアスらは、敵の騎神兵の恰好の標的となっている。

 また後方にいるソウブロアスに至っては、戦場に敵味方が入り乱れるため、足を進めるのが困難な状態で立ち往生していた。味方が邪魔して本来の能力を発揮できない。

 中には業を煮やして味方を無視し動こうとする者も現れたが、ベリュン軍にすればそれこそ好都合だった。勝手に敵が陣形を崩してくれるので、懐に入り込むのも容易になる。

 この無様な状況に、ナムバルはヴァスタロトを甘く見ていたことを、深く後悔した。

 しかしまだこちらが優勢であることに、変わりはない。今は敵にとり有利な風向きではあろうが、あの一騎さえ葬ることができれば、それだけでこちらの勝利は確定するのだ。

 夜が明ける前に全てを決すると、ナムバルは決意をした。

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