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第五章 戦火の騎神兵 その1

 メイベル、アティアナ、それにネルセダとエルラッカムを引き連れたウォルは、屋上庭園の温室にある使用人用通路から、地下まで降りて行く。

 地下には、使用人たちが主人の目に触れることなく移動できるように、各棟を繋ぐ通路が張り巡らされていた。ウォルたちはこの通路を進み、外郭の厨房を目指す。そこが最も城外へ抜ける近道だった。幸いこの通路は使用人専用のため警備も手薄く、当の使用人らにも休息が与えられているので、今のところ誰にも見咎められていない。 

 ウォルはその厨房に着いた後、外郭の一角、外城壁に設置されているゴミ捨て場の穴から、城外にでるつもりだった。

 外城壁の穴の外は崖になっており、その下には大きな空堀が造られ、捨てられたゴミが溜まるようになっている。正直、猊下やアティアナに対し気は引けるが、城の守備を担っているキーレオスが首謀者である以上、ここより他、逃げ道は考えられなかった。臭く汚いところだが、皆には我慢してもらうほかない。

 今のところノクトネイラからの三人は気にする様子を見せていないが、アティアナはすでにこの使用人用通路にさえ、不快を感じているようだった。もしも今、エスル城からの脱出口の位置を伝えたら、どのような反応をみせるだろう。

 この経路は子供の頃、ウォルがダレクを城内に忍び込ませるとき、使っていたものだ。

 そういえば、ダレクたちはどうしただろうか。まだ城内にいるとしたら危険を知らせたいのだが、現状をどう切り抜けるかで精いっぱいだった。

 ウォルは灯したランタンで、通路の先に上り階段を確認し、皆に囁くように伝えた。

「ここより厨房に入ります。そこから内城壁を抜け、外郭にでたいと思います」

 メイベルはそっと頷くが、すぐ後ろにいるアティアナの反応は薄かった。

 聞き耳を立てながら、静かに階段を上る。現在、厨房は明かりが灯っておらず暗かった。

 少し進んだ先で、ウォルはピタリと足を止める。

 隣の食糧庫から、何やら喚き声や悲鳴、水しぶきの上がる音が聞こえてきた。誰かを拷問でもしているのだろうか。

 ウォルは剣の柄に手をかける。

「様子を見てきます。しばらくここでお待ちください」

 皆にそう言い、ウォルは一人奥に進んで扉の前に張りついた。

「やめてくれ!」

「うるせぇ!騒ぐな、静かにしてろ」

「わかったからもうよしてくれ!」

 ジャバジャバという水しぶきの音と、叫び声が交互に聞こえる。

 ふとウォルは違和感を感じて、記憶をたどった。

「さっさと正気に戻れ」

 声の主は見知った者だ。ウォルは己の予想を信じて、扉を開る。


 ビクッとしてダレクは振り向いた。

 火も落ちて灯りのない厨房の扉が開く音がする。

「何じゃどうした」

 ダレクの手が止まり、解放されたずぶ濡れのオーグが、大きな水瓶から顔を上げる。       

 腰を下ろしぐったりしていたラフノスも、起きだした。

 ダレクは腰の短剣に手を掛け、呟くような声で怒鳴る。

「誰だ!」

 暗がりの向こうから、鎧姿の男の影が現れた。

「おれだ。ダレク」

 ダレクは短剣を下ろす。鎧姿から一瞬敵かと思ったが、ホッとする顔が現れた。

「ウォル……なのか。何でこんなところに」

「それはおれのセリフだよ。いったいオーグさんに何んてことしてるんだ」

 大丈夫ですかと、ウォルはオーグに寄る。

「ほっとけ。酔った爺の目を覚ますには、これが一番なんだよ」

「これはこれは、ウィルナリスの坊ちゃん。大丈夫、大丈夫」

 と、ふらつきながらオーグはウォルの肩にもたれかかり、立ち上がった。

 あくまでも気の良い友人に呆れながら、ダレスは尋ねる。

「こんな酔っ払いのことより、この城はいったいどうなっているんだ?ここの兵士らは味方なのか、敵なのか?」

 その言葉に、ウォルは真顔に戻った。

「こっちもそれが知りたいんだ。外の様子はわかるか?実は使用人用通路からここまで来たから、外の状況を知らないんだ」

「もしかして、お前も逃げてきたのか……まぁ、見たほうが早いだろ」

 ダレクはウォルを連れ、窓際に向かう。二人は腰を落し、隠れるように外を覗いた。

 外は内城壁と外城壁に挟まれた外郭で、鍛冶場、と畜場、長屋などが建ち並んでいる。

 そしてその長屋の前に、大勢の人々が集められていた。皆、使用人やその家族たちである。今まさに彼らは、長屋に押し込まれようとしていた。

 それを強制しているのは、派手な衣装や、道化の格好、まちまちの姿をした外部の者たちである。皆武器を持っていた。

 ダレクはこれまでの状況を説明する。

 家臣向けの晩餐会が開かれた外郭の広場は、城壁に囲まれた地上のため、場外から轟く爆発音などに気を止めることもなかった。皆が騒ぎ出したのは、馬丁らが招集され始めてからである。騎兵隊の出陣が決まり、騎馬を用意するよう命令が下されたのだ。彼らは別棟にある騎馬専用の厩舎へと向かった。それでも馬丁を呼びに来た騎士たちは、他の皆はここにいるほうが安全であるからと、散会を許さず晩餐会を続けさせる。

 そのとき既にダレクは不穏な気配を感じており、城から退去する準備を進めていた。外郭にある一般向けの厩舎で荷馬車の準備を整え、へべれけに酔っているオーグを乗せようと奮闘していたのである。しかしラフノスもすでに腰がおぼつかない様子だし、外も騒がしくなってきたので、一先ず二人を正気にさせようと水の汲める厨房までやってきたのだ。

「その後、騎兵隊が出陣したのさ。そういや、お前の親父が指揮していたぜ」

「父上は出陣したのか。その中に副司令官のキーレオス卿の姿は見ていないか?」

「いや、そこまでじっくりと見ていなかったからな。ただ昼間にお前と一緒に行軍していた連中は多かったように思う。あの騎神兵も引っ張っていたしな」

 ウォルは父に城内の現状を打開してもらうことを望んでいたが、叶わなくなってしまった。正直、城を脱出するのは従騎士として不名誉に思うところもあったが、敵しか残っていないだろう晩餐会の会場に戻らず、こちらを選択して正解のようである。

 ダレクは話を続けた。

「その直後だ。広場で楽団の指揮をしていた老人に光の玉が飛んできた」

 そしてそれを合図に、楽団員や大道芸の芸人、客の一部が一斉に蜂起をしたのである。その者たちは暴力的に他の人々を脅して、一か所に集め拘束した。

 抵抗した者は殺され、皆はその場に残っていた騎士たちに助けを求めるが、実は彼らも共謀していたのである。こうして全員なすすべなく拘束されてしまった。

 怪しげな連中が紛れ込んでいると感じていたダレクも、騎士たちまで加担していることに驚く。それで危機を感じ、二人の目を覚まさせるため、強硬手段として水瓶に顔を突っ込ませていたのだ。

「これは反乱なのか?お前はどっちについたんだよ」

 ウォルは問われて、どう答えるべきか躊躇する。しかし友人として、彼に聞いてもらいたい事実があった。

「母が、奴らに殺された」

「何ぃっ!」

 ダレクはウォルの父への恐怖とは対照的に、母親のほうには優しくしてもらった記憶がある。それにウォルも知らないことだろうが、猟師として仕事をするようになってからも、城への仕事で便宜をはかってもらっていた。

「それって、味方の裏切りの所為ってことか」

「父上が城を出られたということは、もう城内に味方はいないかも知れない……」

 ダレクは先ほどあの広場で見た光景と相まって、怒りが込み上げてくる。

「うゎっ」

 ふと水瓶近くにいる老人らの裏返った声が聞こえた。

「どうしたぁ」

 気が逸れて呆れかえったダレスも、振り向いた瞬間、口をあんぐり開ける。見たこともない絶世の美女が立っていた。

「猊下!」

 ダレクはウォルの言葉に反応する。

「えっ?猊下って。いや、まさか。えっー」

 ウォルは、彼のこんなに混乱している表情を初めて見た。

「指示に従わず申し訳ありませんでした。どうも危険はない様子でしたので」

 メイベルは彼らを見て、少しおどけた口調で話す。

「いえ、こちらこそご無礼をいたしました。この厨房は、今のところ安全のようです」

「それは良かったです。して、こちらの方々は」

 よく見れば、ダレクだけではなく二人の老人も背すじを伸ばし立っていた。

「私の友人たちです。ご安心ください」

 そのとき後ろから、ずっと口数の少なかったアティアナが割り込んでくる。

「ウォル、それではメイベル様に失礼でしょう。この者たちはただの庶民です。城の者でもありません。あまりお近づきになりませんように」

 ダレクら三人は身分による差別などいつものことなので、特に気にするそぶりはない。それよりも、間近でメイベル・リンクを見れたことに感動しているようだった。

 しかしウォルは違う。アティアナであっても、友人を足蹴に言われるのは心外だった。

「確かに猟師をしておりますが、信頼できる者たちです。今回も晩餐会の食材を捕りに、狩猟に出かけていただきました」

 するとメイベルは興味を持ったように目を輝かせる。

「そうなのですか。ぜひ紹介をいただけますか」

 アティアナは曇った顔になった。

「アティアナさん。身分のことをとやかく言えば、一生ご友人などできませんよ。厳密に言えばあなたとウォル殿との間にさえ身分の違いがあるのですから」

 アティアナは、メイベルに諭され口をつぐんだが、ダレクというこの男を嫌悪していた。

 幼いころずっと一緒だったウォルが違うものに興味を持ち始め、彼女を一人置いて城の外に出始めたのは、ダレクと出会ってからである。アティアナにとってそれは、ウォルを他人に奪われたようなものだった。それにこの酔っぱらっている老人らも、不潔でだらしがない。ウォルに相応しい知り合いとは思えなかった。

 当のウォルはそんなことに気付いた様子もなく、請われるままダレクらを紹介する。

 そして三人は、猊下と呼ばれた女性が自らメイベル・リンクであると自己紹介したことに、再び感激していた。

「わしら。こんな大きなクグロとカークを捕ってきたんですが、お食べになられたかの」

「おい、何言ってるんだ。そんな場合じゃないだろうが」

 と、身振り手振りでメイベルに話しかけるオーグを、ダレクは引き離す。

「残念ながら食事をする機会がありませんでした。ぜひ食してみたかったのですが」

「なら、もっと美味いのを今からでも捕まえてきますぜ」 

 そうラフノスが畳み掛けた。

「いい加減にしろ、爺ども!」

 恐縮してダレクは、力ずくで二人をメイベルから遠ざける。

 アティアナはそんな粗暴な感じも不快に感じた。

 さすがにウォルは話題を変えようと、ダレクに尋ねる。

「察していると思うがこの城から脱出したい。あの子供の頃使った経路を使うつもりだ」

「そういうことか……だからここまで来たのか。しかし外の様子を見ただろう。ゴミ捨て場の穴へ行くまでに、あの広場の連中に見咎められる可能性が高いぞ」

「ゴミ捨て場ですって!ウォルどういうことです」

 不用意に声を荒げたのはアティアナだった。

「アティアナ様、それ以外に城から出られる見込みはないのです。敵は城の防備を知り尽くしたキーレオス卿です。隙を突く道はその他にありません」

「だとしてもそのような不潔なところへ、メイベル様をお連れするつもりでしたの?」

 メイベルはアティアナを押し留める。

「アティアナさん、およしなさい。私は先ほどウォル殿の指示に従うと明言しました。今でも変わりません。あなたがウォル殿を信頼せずにどうするのです」

 業を煮やしたネルセダも彼女に言った。

「ゴミ捨て場に行きたくないのは、お主ではないのか。私らはメイベル様が行くのであればどこへだろうと行くぞ。行きたくない理由をメイベル様に転嫁をするな!」

 そう言われたアティアナは蒼白になり言葉を失う。

 ウォルはアティアナに謝りたかったし、慰めたかった。味方に裏切られ、母を敵の只中に残し、父の安否もわからないのだ。その中で、彼女は精一杯頑張っていると思う。しかし責任を負っている自分に、感傷を優先させることはできなかった。

「ダレク、協力してくれないか」

「あぁ、無論構わないがどうするんだ」

 ウォルは窓の外を覗く。広場にいる見張りを逃走経路から離す必要があった。

 酔い半分で聞いていたラフノスが、二人の間に顔を突っ込む。

「どういうことじゃ?」

「だから猊下をこの城から脱出させるんだとよ」

「それで、外の奴らが邪魔なんだな……」

 ラフノスは何を考えたのか、オーグを連れだって二人離れて相談し始めた。

 ダレクは呆れる。

「何してんだか」

 やがて戻ってきた二人は、ウォルに提案した。

「ウィルナリスの坊ちゃん。ここはわしらに任せてくだされ。わしらが囮になって奴らを余所に連れていってやりまさぁ」

「囮?いったいどのようにされるおつもりですか」

「うちの小僧の準備した荷馬車があります。それで思いっきり城内を引っ掻き回してやりますぜ。うまくいけば相当な時間が稼げるはずです」

 ウォルは、彼らが死を覚悟していると感じる。

「ですが、それでは……」

「いや、坊ちゃんの言いたいことはわかります。しかし猊下の安全が一番でしょう」

 ウォルはダレクを見た。それに対しダレクは頭を掻きながら、納得して言う。

「確かにそれが一番かもしれないな。全速力で馬車を走らせれば、誰が乗っているか判断できないだろう。猊下が乗っているか確認するためにも、本気で追ってくると思う。いいぜ、御者はオレに任せろ」

 するとオーグがそれを強く拒否した。

「いや、馬車はわしらが引く。お前は坊ちゃんらと一緒に行け。この方々よりも逃げ道は心得ているじゃろ。城の外に出たら夜の闇が広がっている。案内人が必要じゃ」

「馬鹿言うな。酔っ払いに囮を任せられるか」

 しかしラフノスは静かに答える。

「だからじゃよ。わしらはもう足腰が立たん。一緒に行っては足手まといじゃ」

「なら、おれも残るぜ。爺さんたちだけじゃ不安だ」

 ラフノスは酔いを忘れたかのような真顔で、ダレクの両肩をグィッと掴んだ。

「ダレクよう。これは天の采配だと思わんか。わしらがこんな場所で、坊ちゃんや猊下にお会いする確率はどれくらいあった?お前が誰よりも早く異変に気づいて、馬車の準備を整えたのは偶然か?囮になるのはわしらの役目じゃ。お前はなぜここで坊ちゃんに会えたかを考えろ。友人なんじゃろ」

 ダレクは溜息をつく。彼らに何を言っても無駄なのは、長年一緒にいて良くわかっている。しかし軽口を叩かずにはいられなかった。

「酔っ払いの年寄りに重要な仕事を任せるなんて、間抜けな神様もいたもんだぜ」

「猊下の前で不敬なヤツめ。わしらが現役ということを見せてやるぞ」

 彼らを見ていたメイベルは、胸が締めつけられる。またしても自分のために犠牲がでてしまう。しかしここで彼らの決断を無下にするのは失礼であることもわかっていた。

「坊ちゃん、善は急げです。準備しましょうか」

 ウォルの返事を待たず、ラフノスらはすぐに身なりを整え始める。

 ダレクはウォルを見て頷き、行動を促した。

「わかりました。皆さんのご厚意に甘えさせていただきます」

 ウォルも肝を据える。自身もいずれこの身を犠牲にするときが来るはずだ。その際は、彼らの善意に後れを取るようなことはすまいと、心に決めた。

 ふとオーグが、静々とエルラッカムのほうまで歩いてくる。

「お連れの方。申し訳ないがマントを貸していただけないですかのう」

 メイベルとネルセダはマントを、ウォルの母リューサリィの治療のときに外しており、今はエルラッカムのみが身に着けていた。

 エルラッカムは老人の意図を理解し、メイベルの了解を得てマントを渡す。

「我らのためにすみません」

「いやいや。この歳になって、こんな大舞台で働けるとは夢にも思わんかったです。猊下の尊顔も拝めましたしのう。あなた様も、そちらのかたもご壮健でな」

 エルラッカムとネルセダは礼を言った。

 オーグは貴人の美女たちに畏まれ、ばあさんにも自慢できますわいと笑う。

 ただこの中で一人取り残されたようなアティアナは、まだショックを引きづっていた。ネルセダに本質を突かれたからだけではない。蔑んでいたダレクや猟師たちよりも、自分が何もできない足手まといであることを自覚したからだ。

 こんなはずはない。誰に頼らなくとも私は何でもできるはず。

 現実に対する焦りや辛さが、胸の中に渦巻くのだった。


一方、反乱の首謀者であるキーレオスは、迅速に晩餐会の会場を掌握していた。

 しかしこれらの行動は、彼の思い描いていた計画とはほど遠い。覚悟しての決起だったとはいえ、次々に降りかかる問題対して憮然とせられた。

 まず想定外だったのは、司令官ヴァスタロトの帰還である。国境に釘付けにするためコルゴットの連中に工作をさせていたのに、心配性のトスカラルが呼び戻してしまった。

 それで仕方なく先に城を占拠する方針に転換したが、ここではメイベルが晩餐会を途中退場してしまう。そのため彼女の動向を把握できないまま、決起を余儀なくされた。

 キーレオスは計画の綻びを払拭するため、晩餐会会場の武力制圧に容赦を入れない。

 まずはソウブロアとその配下の法師らの協力を得て、各国の法師を拘束した。法術の使える法師は、非常に危険である。抵抗した者は容赦なく殺し、残りは口を塞ぎ両腕を後ろ手に縛って、法術を使えないようにした。続いて標的となったのは騎神兵の騎手であり、彼らも同様に拘束され、抵抗できないようにされる。

 晩餐会出席者の中には他にも戦いを心得ている者も多数いたが、大半は夫人同伴のため、彼女らを人質にされると抵抗を放棄せざるを得なかった。

 領主トスカラルは衝撃とともに、やはりか、という無念の思いにかられる。キーレオスの異変に気付きながらも、何もできず事が起こってしまったのだ。

「このようなこと、神々がお許しにはならんぞ!お主がこれほどまでに愚かだったとは」

「そのおれに城の守備を仕切らせていたベリュン侯、あなたに見る目がなかったのだ」

 キーレオスは、部下に押さえつけられ膝をついたトスカラルを見下ろして笑った。

「お主は父親の功を全て無に帰そうとしておるのだぞ」

「おれは父とは違う。それをわからせてやるさ。あんたはそこで這いつくばっていろ」

 そう吐き捨てたキーレオスは、武器を取り上げられて拘束されている同僚たちの元へ向かう。彼の計画を知らずヴァスタロトの命令で警備に就いていた騎士たちだ。

「どうだ貴様ら、おれの側につかんか。見ての通りこの計画はおれだけの浅慮ではない。コルゴット王国も支持している。おれならば貴様らに大舞台を用意してやれるぞ」

 それに対し一人が答える。

「キーレオス卿、貴公は間違っている。この都市の平和を維持することこそ、我らの使命ではないか。なぜそれを任されている貴公が、自ら破る」

「フン。臆病者に用はない。お前はどうだ」

 しかし皆口を閉ざし、応じる者はいない。

「どいつもこいつも、詰まらん奴ばかりだ。二度と誘わんぞ。覚悟しておけ」

 人望にいささか自信のあった彼は失望したが、それを顔には見せず立ち去った。

 トスカラルは幾分安堵する。全ての家臣がキーレオスに与した訳ではない。ヴァスタロトも健在なはずだ。必ずこの暴挙を阻止してくれるはずである。

 そして妻や娘の顔が浮かんだ。

 それを知ってか知らずか、キーレオスはソウブロアを呼ぶ。

「こちらは片付きもうした。後は部下に任せ、リンク猊下を迎えに行こうと思う。貴公にも同行していただきたいのだが」

「私は法術要員ですかな。対等な同盟者と思っているのですが」

「無論、この計画は貴公あってのものだ。なればこそ力を貸していただく。ノクトネイラの住人を相手にするのに、法術は必要ですからな」

「エスルの法師らは、貴公が使い物にならなくしてしまいましたからな」

 キーレオスは鋭く睨んだ。

「冗談ですよ。わかりました。ともに参りましょう」

 このソウブロアの言動は、いちいち癪に障る。先ほどのメイベル・リンクとの謁見の際も要らぬことを話しだし、この計画が露見するのではないかと内心肝を冷やしていた。

 メイベル・リンクを確保に向かうこのときも、横で並んで歩くソウブロアに対して、疑心と警戒は続く。絶対にこの男に主導権を握らせてはならないと思った。


 手勢を率いキーレオスは、メイベルを確保するために居住棟の寝殿へと向かう。 

 居住棟最上階の廊下には、二人の騎士の遺体が転がっていた。

 キーレオスは、苦虫を噛み潰す。

「誰が殺したのでしょうな」 

 横にいたソウブロアは興味深そうに口を開いた。

 まさかまだ従騎士であるヴァスタロトの息子がやったとは思えない。この者たちはいずれも手だれの二人だった。となれば、メイベルの側近の仕業であろうか。

「もし猊下の従士の手に掛かったとなれば、この二人は猊下の敵であると認識されたのでしょう。つまり我々も神への反逆者の一味ということになりますかな」

「何を申されるか!」

 他人事のようなソウブロアの物言いに、キーレオスは怒鳴る。しかしソウブロアは気にする様子も見せず続けた。

「このままではそうなってしまうでしょう。一刻も早く、猊下の身を抑えるべきですな」

「その程度、私とて承知している!」

 キーレオスは息まき、ベリュン侯爵夫人ゼリセイアの寝所に向かう。

 しかしすぐに立ち止まることになった。先行した部下が、扉の前で詰まっている。

「貴様らに何をしておる!」

「扉が開きません。固く塗り固められたように全く動きません」

「世迷言を!そこをどけ」

 キーレオスは扉の前の部下たちをかき分け、ドアノブに手をかけると思い切り押す。しかしノブには遊びさえなく、溶接されたように全く動かなかった。

「猊下が結界を仕掛けようですな。強い力を感じます」

 ソウブロアがゆっくり歩いてくる。

「では中で猊下らが籠城してるのか。卿の法術でこれを破ることは可能か?」

「猊下の施したものとなれば、それは何者にも破るのは不可能でしょう それに籠城していると見せかけて、すでに逃げたかもしれませんぞ。向うがこちらの動きを察知していたとなれば、留まる理由はありませんからな」

 そこへ屋上の庭園側に回っていた部下の一人が、戻ってくる。

「キーレオス卿。何か仕掛けがあるのかわかりませぬが、扉も窓も閉ざされており、開けることができませぬ。窓ガラスさえ、叩き割れないのです。いかがしましょうか」

 こちら同様、法術が掛けられているのだろう。

「それで中の様子は?」

「ハッ。それが、猊下やアティアナ様の姿は確認できませんでした。カーテンの隙間から見えたのは、夫人と二人の侍女のみでした。隠れているのでしょうか?」

 アティアナに、メイベルと御付の二人、ヴァスタロトの息子もいるはずだ。これだけの人数が隠れているとは思えない。

「この結界は、ご婦人を守るためのようですな。すでに脱出したとみてよいでしょう」

 ソウブロアは顎に手を掛けながら言った。

「城門は閉まっている。まだ城のどこかにいるはずだ。徹底的に捜索するぞ」 

 キーレオスの優先するべきことは、メイベル・リンクの確保である。病気でどこへも移動できない夫人などは放って置くことにした。

「それがよろしいでしょう」

 ソウブロアも同意する。

 その直後、壁伝いにラワック馬のいななきが聞こえてきた。馬車が駆け抜ける音もだ。

 間髪入れず、キーレオスは部下たちに出撃を命じる。

「外へ向かえ。何者も逃すな!」

 騎士たちは来た廊下を駆け戻って行った。

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