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第四章 破られる事実 その1

 半刻前、それは始まった。

 エスル港。

 埠頭には五四騎の騎神兵が、ずらり見事に並ぶ。

 数百人のラーグリス王国海軍の兵士たちがラワック馬を駆使して、ノクトネイラより来た七隻の帆船から、陸の上に運搬したのだ。  

 これらの騎種は〈素体〉と呼ばれる。皆同じ姿をしており、最低限の甲冑を身にまとった簡素な姿をしていた。それが後に各国へと渡り、それそれ意匠を凝らした鎧を身に着けさせることにより、白銀のラーガントのような新な姿を与えられることになる。

 そして各騎体には、個別の名前もまだ決まっていなかった。

 名前は、初めて起動する際に命名される。そのとき呼びかけられた言葉が名前となり、起動するキーワードとなるのだ。以後は、死を迎えるまでこの名前で生き続ける。

 そのため名付ける名誉に預かった者の責任は、非常に重大であった。

 運搬の任を指揮する北方海域総督ホグーラグは、その騎神兵の並んだ光景を満足そうに眺める。ここまで失態は何一つなく、神々の眷属からの覚えもめでたいはずだった。

 しかし配下の将兵たちにしてみれば、上官ほど気楽にはなれない。これから明日にかけて、騎神兵が各国に受け渡されるまで、夜通し見張りをしなくてはならないのだ。

 将兵らは騎神兵を見ながら、これらが海軍にあればもっと楽に作業をできたろうと考える。ただ残念ながら海軍には一騎も配備されていなかった。ただそれはラーグリス王国だけの事例ではなく、他国も同様である。

 海上は騎神兵を扱うのに不向きなのだ。海水と生体兵器である騎神兵は相性が悪く、管状生物を弱らせてしまう。また構造上騎体に気密性はないので、水に入れば浸水し浮くことはなかった。脱出できなければ、騎手は溺れ死んでしまうだろう。

 故に海軍将兵らにとっては、ただ神々の眷属と共に働けたことだけが誇りとして残った。

 その眷属らは任務を終えた今、ノクトネイラへ引き上げる旨をホグーラグへ伝える。

「卿らの協力で、無事作業を終えることができた。礼を言う」

「とんでもない!我らこそ皆様方のお力添えとなることが適い、光栄の至りに存じます」

「騎神兵を一度引き渡したからには、もう我らの関知するところではない。卿ら人類の責任において用いよ」

「ハハァーッ。重々承知をしております。決して神々の御威光に背かぬよう心がけます」

 その後ホグーラグはトスカラルをだし抜こうと、必死に眷属らを自分の領事館に招待しようと試みた。しかし眷属らは全く取り合わない。

「気持ちはありがたいが、我らはこれにて失礼する」

 と謝辞し、うな垂れる彼を後目に出航の準備を始めた。

 それから間もなくして、再び港にホルンの音が響く。

「敬礼!」

 号令が掛かった。埠頭に並んだ彼らは胸元に短剣を掲げ、送別の意を示す。

 ノクトネイラの帆船に帆が張られ、不思議と船体に輝きが宿りだした。

 航海の専門家である海軍の兵士らでも、その仕掛けは全くわからない。

 七隻は狭い港内を静かに速く旋回して、防波堤のある出口まで進んでいった。その先は闇に溶け込んだ水平線である。

「ん?なんだあれは」

 兵士の一人が声を上げた。それに続き、誰か彼かがザワザワと騒ぎだす。

「貴様ら何を騒いでおる!まだノクトネイラの皆さんの船は、港をでておらんのだぞ」

 ホグーラグは、統制の取れてない部下たちに怒りだした。

 そこへ副官が割って入る。

「閣下、ご覧ください!船団の隙間、海の向こうに、黒い物体が無数に現れております」

「全くっ、どうしたというのだ」

 ホグーラグはブツブツ言いながら、暗い海を見やった。

 確かに航行するノクトネイラの船と船の間に、小さな黒い点が幾つも現れる。それらは遠ざかるノクトネイラの船とは反対に、こちらへ向かって次第に大きくなっていた。

 目を凝らしてようやくそれらが何か判明する。小型の船の一群であった。ただのボートから、漁船、運搬船など種類もまちまちで、様々な船籍が混ざっている。帆を張ることなくオールを漕ぎ、一直線にこちらに進んできていた。

「何んなのだあれは?」

 不測の事態にホグーラグは癇癪を起した。

 

「間近でみると、流石に見事なものね」

 ノクトネイラの帆船を見上げながら、漁船の甲板に立つ軍装の女は笑った。

 漁船はノクトネイラの船団の間をすり抜け、港の中に侵入していく。

「このような時機での攻撃など、有史以来初めてでしょう。覚悟はできているか?」

 女は同乗している法師に尋ねた。法師は戦闘衣装を身にまとっている。

「あなたと同様、ソウブロア司師に賛同して以来、心は決まっておりまする」

 まさに彼女らはコルゴット王国に所属する一団であった。

「神々の眷属の目の前で、事を起こすのだぞ」

「あの方々に攻撃を仕掛ける訳ではありませぬ」

「その覚悟を聞ければ充分。攻撃の準備を頼む。各船との連携を密にね」

 司令船として選ばれた漁船から、各船に合図が送られる。

 軍船と呼べるものは一隻もなかったが、それぞれに将兵や法師が乗り込んでいた。そして騎神兵の騎手候補も相当数が待機している。

 この船団の目的が、港に荷揚げした五四騎の騎神兵であることは明白だった。 

「神々の眷属や聖地に籍を置く者は、こちらが干渉しない限り大陸の情勢に関知しない」

 そう進言しこの計画を立案したのは、国王の信任を得たソウブロアである。

 神々が人類への直接的な干渉を避けていることは、遥か以前より言われていた。

 しかし神々の力を肌で感じ、意念と敬意を持つことが当然のこの世において、ノクトネイラの船が航行している状況下で戦端を開くなど、到底ありえることではない。

 それでもコルゴット王国の野心ある若き王は、この計画に乗った。

 計画は明快。今回下賜される予定の騎神兵を全て奪うというものだ。そしてその軍事力を背景に、大陸での主導権を握り、覇者を目指す。

 無論戦略的にも、勝算は充分に考慮された。エスル港では今回の式典のため、数週間前より一般の船が全て退去を命ぜられている。そのため多くの船は他の港へ移動したが、航続距離のない小型船や資金のない個人所有の船は、沖合に連なり係留されることとなった。

 ソウブロアはそれに目をつけ、夜陰に乗じて作戦部隊を小型ボートで沖に侵入させると、各船に潜り込ませる。

 それから決行の日までの数日間、部隊は明かりも点けずに息をひそめて待っていた。

 今その一群が、ノクトネイラの船団の出航に合わせ、進撃を開始したのである。

「いいか、騎体には当ててくれるな。法術用意。一斉に放て!」

 法師の乗り込んでいる船から、呪文の唱歌が響いてきた。

 そしてベリュン軍の将兵らがいる埠頭に向け、熱風を伴う火球が次々と放たれる。

 海より放たれた大小様々な火球が、物凄い勢いで埠頭に着弾した。

 近くにいた兵士たちは吹き飛び、炎に巻かれる。さらに数百頭いるラワック馬も火の粉を浴びて暴走し、埠頭を混乱に陥れた。

「これはいったいどういうことだぁ。敵は何者だ。反撃しろ!」

 喚き散らすホグーラグを遮蔽物のある資材置き場に誘導しながら、副官は言う。

「敵は法術を使っているようです。こちらの武器では届きません」

「なら法師どもを早く呼べ!」

「我らには攻撃に特化した法師はおりません。それに、いても拒否するでしょう。まだノクトネイラの船は港をでていないのです。もし誤って船を攻撃したとなれば……」

「おのれ、狡猾な」

「このままでは被害が大きくなる一方です。一旦引きましょう。そしてベリュン軍に援軍を頼み、態勢を整えた後に反撃をするのです」

 ホグーラグは駄々をこね、副官の手を振り払う。

「それはならん。わしは騎神兵を預かったのだ!それを捨て逃げるなど、言語道断だ!どこのどいつかしらんが、奪われてみろ。わしは永遠に世間から誹りを言われ続けるぞ」

 それはホグーラグの名誉欲や自尊心から来た自己中心的言動だったが、副官も一理あると思わせざるを得なかった。死に場所はここしかないのかもしれない。

「いかがなさいますか」

 ホグーラグを当てにできない部下が副官に問うた。

「閣下の命令を聞いたであろう。ここで、死守する」

 副官は決断する。

「敵の正体は不明だが、目的ははっきりしている。騎神兵を奪うために、ここへ上陸しなければならないはずだ。ならば我々は防御陣を埠頭に敷く。奴らが近付き射程に入った後は、弓で応戦。なるべく時間を稼ぎ、その間にエスル城へ援軍を要請するのだ」

「ハッ。承知致しました」

「それと、閣下からの言葉もしっかり全軍に届けるのだ。もし騎神兵が不名誉な奪われ方をしたとなれば、我らは未来永劫子々孫々に至るまで、誹謗を受け続けることになるぞ!」

 副官はホグーラグを見た。しかし彼は恐怖からか、口をパクパクさせているだけだった。

 

そしてエスル城。

「トスカラス様!大変です。港に異変が」

 歓迎晩餐会の会場に飛び込んできたのは、バルコニーを持ち場にしていた衛兵である。

 会場はメイベルが席を外したことで、通常の歓談と立食の場になっていた。このため客らの話し声や宮廷楽団の伴奏で、街に轟いた爆音は中まで届いていない。

 皆は領主に駆け寄る衛兵を、不思議そうに眺めた。

「何事だ」

 領主の代わりにヴァスタロトが、衛兵を質す。

「港に火の手が上がっております!」

 トスカラルは顔をしかめた。

「まさか、ホグーラグが何か失態を犯したのではあるまいな」

 港が攻撃を受けていようとは、夢にも思っていない。

 不快な様子でバルコニーに移動し、ヴァスタロトもそれに続いた。

 会場の反対側にいたキーレオスも、異変に気づいて後を追う。

「客を全員中に入れろ」

 港の異変を見物している客たちを、ヴァスタロトは部下に命じて会場内へ戻させた。

 それでも窓際には、様子を見ようと客たちが張り付き始めている。

「ヴァスタロトよ、港の様子をどう見る」

 火の手が次々上がる埠頭を眺めながら、トスカラルは尋ねた。

「沖のほうから火が放たれております。間違いなく攻撃を受けているでしょう」

「しかし、あの距離は火矢とは思えません。まさか法術だとでも?」

 そう疑問を呈したのは、キーレオスだった。

「ノクトネイラの船もあるというのに、そんなことがあるのか」

 トスカラルは憮然とする。

 そのとき、埠頭付近からこの城に向け、伝書光の光が飛んでくるのが見えた。

「法師を呼んでまいれ」

 そうトスカラルが指示しようとしたとき、その伝書光が空中で弾けるように砕け散る。

 沖合から放たれた光球が伝書光を追尾して、城に届く前に撃ち落したのだ。

「なんと!伝書光が阻止されるなど、あり得るのか」

「法術的には可能でしょう。これで決まりですな」

 そう言ってヴァスタロトは、キーレオスに確認する。

「港付近で動ける部隊はあるか」

「それがホグーラグに牽制されておりまして……皆引き上げました。現在、港付近には街を巡回する警備隊が数隊。整った兵力としては、この城の軍が最も近い距離にあります」

「無様なことだ」

 キーレオスは恐縮した。

「申し訳ありません。急ぎ私が守備隊を率いて、指揮を執ります」

 そのときヴァスタロトには、先ほどのキーレオスに対するトスカラルの言が頭をよぎる。

「いや、ケブン砦からの騎兵隊を率いて私が向かう。守備隊からも半数は割かせてもらうが、お主は至急城の防備を固めよ。我らが出撃したら、城門も下ろせ」

「ですが司令自ら出撃とは」

「向こうが陽動で、こちらが主目標という可能性もある。万が一にも城に攻め込まれた場合は、守備隊率いるお主が指揮を取るのだ」

「ハッ……」

「それに港に騎神兵が積まれていることを考えれば、ラーガントが必要になるだろう」

 一番肝心なのはそこだった。港の攻撃がやはり目標だった場合、当然騎神兵を奪うことが主眼となるはずである。そうなれば、立ち向かえるのはラーガントだけだった。

 ヴァスタロトは控えていた騎兵隊隊長のノーガンクを呼ぶ。

「騎兵隊の先陣を任せる。ラーガントの運搬準備も至急させよ」

「承知致しました」

 ノーガンクは敬礼し駆けていった。

 キーレオスはそれを見送りながら、ヴァスタロトに質問する。

「して、会場の客はどうします。各部屋に控えさせますか」

 ヴァスタロトには一人の人物が思い浮かんだ。

「いや……まずは会場に全員を集合させ、我々が把握できる範囲に待機させるのだ。特にソウブロアの一行からは目を離すな。この期に乗じ、何か事を起こすやもしれん」

「やはりこれもコルゴット王国が絡んでいるとお考えですか」

「おそらくな。証拠があれば、拘束も可能なのだが」

 ヴァスタロトは苦虫を噛む。全てが後手に回っているのを自覚し、己の不甲斐なさを痛感した。国境ケブン砦周辺でのコルゴットの動きも、今回の策動の一旦なのだろうか。

「では、リンク猊下や姫君はいかが致しましょう。すぐにでもお迎えに参りますが」

 それに対し答えたのは、トスカラルである。

「このままで良い。猊下や娘にはウォルもついておる。それにヴァスタロトの言が正しければ、猊下とソウブロア司師を同じ場所に留まらせるのは危険であろう。猊下の元には、護衛だけ送るように。他の方々には申し訳ないがな」

 と窓際に集まる招待客らを見た後、ヴァスタロトに同意を求めた。

「それでよいな」

「ハッ、よろしいように。それと閣下には、王都及び隣接する各領主への援軍要請時期の判断をお願い致します。特に各領国のラーガントが必要になる可能性は高いです」

「うむ。幸か不幸か周辺領主のほとんどは、この会場にいる。説得は可能であろう」

 ラーガントの所有者は、各領国の領主か選ばれた騎士たちだけであった。そしてエスル周辺においてはその誰もが、今回のメイベルを迎える行事に来賓として出席している。

「しかしこのような無様な姿を、多くの国々の賓客に晒すことになるとは無念だ」

「閣下。一切の責任は軍を率いる私にあります。その不名誉を削ぐためにも、この事態を必ずや収めて参ります」

 深々とヴァスタロトは頭を下げた。

「お主にだけに責めは負わせはせんよ。だが今はお主が頼りだ」

 そう言ってトスカラルは、固く握手をする。

 ヴァスタロトは敬礼をすると、部下を引き連れバルコニーを後にした。


 ベリュン侯爵夫人ゼリセイアの寝所に駆け戻ったウォルを、夫人のベットに寄り添っていた皆が凝視する。何か異変があったことには気付いているようだった。

 ウォルは要らぬ不安を与えないように、努めて冷静に説明する。

「先ほど聞こえた爆音は、エスル港からのものです。今も港付近には爆発と火の手が次々に上がっております」

「してウォル殿はどう見られます?」

 メイベルが尋ねた。彼女にしてみれば、ともに来た仲間がそこにいるのだ。気にならないはずがない。彼女に仕えるネルセダやエルラッカムも同様だろう。

「恐らくエスル港は攻撃を受けています」

「本当なの?なんで、そんなことに……」

 アティアナは信じられないという表情をしていた。自らを落ち着かせるように、ベッドに横たわる母の手を取り、握り締める。

「城の兵士も動きだした様子です。すぐにでも港へ向け、部隊が出撃するでしょう」

「メイベル様。私も確認して参ります」

 そういったのはエルラッカムである。静かな足取りで一人屋上庭園にでていった。

 ウォルは彼女を見送りつつ、廊下の騎士たちに現状を伝えなければならないと考える。

「私は状況を廊下の騎士に報告し、相談して参ります。今しばらくお待ちください」

「いえ、私が行きましょう」

 扉へ向かおうとするウォルを止めたのは、母リューサリィだった。

「えっ、しかし」

「あなたは猊下とアティアナ様の護衛でしょう。代わりに私がお呼びしてきます」

 確かにそうである。グッと言葉を抑えて言った。

「ではよろしくお願いします」

 リューサリィはメイベルに一礼すると、扉を出ていく。

 こんなところでまで母を煩わせていることに、ウォルは反省した。

 この場に残った者の表情も様々である。どのような治療を受けたのか虚ろな様子で横になっている夫人。母と外の様子、どちらも気になりソワソワしているアティアナ。ネルセダは少しイラついている感じで、耳を緊張させ立てていた。おそらくエルラッカムに先を越されたことが不満なのだろう。

 メイベルといえば、何か思案にふけっている様子だった。

 ふとその彼女の瞳の虹彩が、ソウブロアと対面したあのとき同様に輝く。

 そして扉のほうをキッと向いた。

「ウォル殿!」

 メイベルの強い呼び声に、一同が驚く。

「はい!いかがされましたか」

「お母様をお止めなさい!危険です」

 メイベルの語気に、ウォルはハッとして、たまらず駆けだした。

 母に危機が迫っているというのか!

 

 廊下にでたリューサリィは、回廊の先、この階の入口に立つ二人の騎士の元へ向かう。

 するとその先から、男女の押し問答らしき声が聞こえてきた。

 そこには、無理にこちらへ進もうとしている二人の騎士と、それを押し留めようとしている二人の侍女の姿がある。

「何事ですか?」

 怪訝な顔でリューサリィは尋ねた。

 侍女は助け舟が現れたことに、ホッとして告げる。

「この方々が止めるのも聞かず、無理やり奥様の寝所へ向かおうとなされるのです」

 リューサリィは元々騎士らを呼ぶためにきたのだが、次の言葉で彼らに不信感が沸いた。

「爆発音を聞かれませんでしたか。あれはエスル港が攻撃を受けておるためです。こちらへも危険が及ぶやもしれません。我々が皆様を、急ぎ安全な場所へお連れ致します」

 二人の侍女を後ろに控えさせ、リューサリィは前にでる。

「それは一体、どなたからのご命令でしょうか。それに爆発の音だけで、エスル港が攻撃を受けたと何故わかるのです」 

「廊下の窓から確認しております。それに副指令官キーレオス卿より、緊急時には猊下や奥様の身をお守りするよう命ぜられております」

 騎士の一人がイラつきながら説明した。

 リューサリィは、この二人をこれより先へ行かせてはならないと考える。居住棟の間取りをあまり知らないのだろうが、港は彼らのいた位置からは見えないはずだった。

「私の権限ではお連れすることはできません。奥様、いいえ猊下の承諾が必要です。それが済むまではこちらでお待ちを……」

 猊下の名を借りていることを申し訳なく思いながらも、そう返答する。

「!?」

 直後に騎士の二人ともが、立ちくらみをしたかのように頭を抱えた。

「いかがなさいました?」

 彼女は尋ねたが、本人たちにも何が起こったのかわからない様子である。

 それでも一人が頭を振りかぶりながら答えた。

「我々のことはよろしい。事態は急を要するのです。無理にでも通していただく」

リューサリィは一喝する。

「あなた方は、猊下の御威光を無視されるおつもりですか!」

 騎士らは納得いかない様子だが、一旦足を止めた。

「それでは、お待ちを」

 リューサリィは、夫人の寝所へ戻ろうと振り返る。そこへ、驚きの表情をしている二人の侍女の顔が目に入った。

 侍女たちが叫ぶ。

「リューサリィ様!」

 一瞬、カッという熱湯を掛けられたような刺激が、背中に走った。経験がある訳ではなかったが、斬られたのだと覚る。

 そのままリューサリィは、うつ伏せにドッと倒れた。

 そして侍女らの悲鳴とともに、彼女は微かに息子の声を聞いたような気がした。

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