【第1話:夢】
【第1話-Ⅰ:夢Ⅰ】
カーテンのわずかな隙間から、薄暗い部屋にかすかに射し込む陽の光。聞こえてくる小鳥たちのさえずり。変わり映えのない、いつもと同じ朝。ボクはベッドから起きて、ベッド横の窓から外を覗いた。少しばかし、早起きしてしまったようだ。しかし、窓の外には、いつもと変わらない光景が広がっている。斜向かいに建つ赤い屋根の家。いつもボクに吠え掛かってくる隣の家の犬。きれいなツツジが咲いている公園。ボクにとっては、変わることのない日常。ボクはいつもどおり、台所に来て、食事の準備を始める。
「そうだ、今朝はトーストとスクランブルエッグにしよう。うん、そうしよう。」
そう思いながら、ボクは食パンをトースターに入れ、フライパンにバターを乗せた。食パンの焼ける匂いを鼻で感じながら、熱されたフライパンに卵を乗せ、軽くかき混ぜる。卵がちょうどいい具合になったのと同時にトーストが焼けたことを知らせる音が台所に響き渡る。ボクは、できあがったトーストとスクランブルエッグを少し大きめの皿に乗せると、コップに牛乳を注ぎ、リビングのテーブルへと運んだ。朝食のあと、洗面所に向かい洗顔と歯磨きを済ませ、制服に着替え、学校へ行く準備を始める。まぁ準備といっても、昨日のうちに持っていくものはバッグに入れておいたので、それを取りに行くだけなのだけど。部屋からバッグを持ってくると、玄関で靴を履き、外へ出る。冬の制服の上からコートを羽織ってはいたが、外はまだまだ寒い。吐く息の白さが外の寒さを物語っている。
「行ってきます。」
誰もいない玄関に向かってそういうと、ボクは学校に向かって自転車を漕ぎ始めた。太陽は出ているものの、やはり寒いものは寒い。冷たい風がほほに当たり、余計に寒く感じる。早く家を出たからだろうか、まだ辺りに登校している生徒の姿は見えない。人影のない通学路を、自転車で駆け抜けていく。住宅街を抜け、途中、商店街のアーケードを通り過ぎ、それから長い下り坂を下っていく。そのまままっすぐ通学路を進めば、全部で30分くらいの道のりである。しかしふいに、ボクは自転車を止めた。そこは長い下り坂を下った先にある、何の変哲もない十字路だ。まっすぐ進めば、学校は目と鼻の先である。また早朝であるため、車や人といった類は皆無である。したがって、交通ルール違反かつ危険な行為ではあるが、自転車を一旦停止させることなくその十字路を通過できるはずだった。だが、ボクは自転車を止めた。ふと、「何か」を感じたような気がしたからだ。だけど、辺りを見回しても、その「何か」が何であるのかはぜんぜんわからなかった。
「……気のせいかな?」
そう思ったボクは、また自転車にまたがって学校へと向かった。学校に到着するも、結局、あの時感じた「何か」が頭から離れず、その日1日ボクは授業に集中することができなかった。その日の夜、ボクは不思議な夢を見た。――ボクは、そよ風が吹く、緑の草原の上に立っていた。まるで、RPGに出てくる草原みたいだ(なぜ、ゲームでたとえてしまったんだろう……)。向こうには小高い丘が見える。
「ん……?」
ふと、丘の上に人影が見えた気がした。しかし、遠いせいか、はっきりとその姿を目視することはできない。その人影に引かれるかのように、自然と、ボクは丘のほうへと走り出していた。丘に近づくにつれ、その姿がじょじょにはっきりとしてきた。そして、丘に到達したそのとき、丘に立っていたのは、――
【第1話-Ⅱ:夢Ⅱ】
そこには、白いワンピースを着た少女が立っていた。透きとおったようなスカイブルーの長い髪が、サラサラと風になびいている。背丈は……ボクよりも少し低いくらいだろうか。(勝手な推測だが)おそらく、歳もボクより下ではないだろうか。少女は、まるで白雪を思わせるかのような白い肌をしている。少女は初め、遠くのほうの空を眺めていたが、丘に誰かが近づく気配を感じたのか、視線をこちらへと向けた。少女の碧い双眸が、ボクをじっと見つめている。その少女の姿に見惚れてしまうかのように、いや、実際見惚れていたのだろう、まるで少女の瞳に吸い込まれるかのように、ボクもまた、彼女のことを見つめていた。
「……。」
微かに、彼女の口が動いた気がした。
「さ……して、……を。」
彼女は何かを囁いているようだ。
「……がして、わ……のき……を。」
何だ、なんて言っているんだ?
「探して、わたしの――”記憶”を。」
「”記憶”……、だって?」
彼女の言ってる言葉の意味が、ボクにはよく分からなかった。”記憶”? ”記憶”っていったいなんだ? この子は、いったい何を言っているんだ?
「君は……、君はいったいだ――」
誰なんだ、そう言いかけたところで、ふいに目の前の景色がぐにゃりと歪んで見えた。世界全体が渦を巻くかのように歪んでいく感覚に襲われ、ボクは思わず目を瞑ってしまった。
「……ハッ!!」
目を開けた次の瞬間には、見慣れたボクの部屋の天井が視界に飛び込んできた。ボクはゆっくりと身体を起こした。まだ朝を迎えてはいないらしく、外はおろか、部屋の中すらも暗闇が支配している状態であった。目が暗闇に慣れてきたので、デジタル時計を見てみると、深夜1時を示していた。
「夢……だったのか……?」
夢にしては、やけにリアリティがあったような……。それに、夢というものは、たいがいが内容を覚えていなかったり、あいまいにしか思い出せなかったりするものであるが、あの少女の顔、姿、そして彼女の言った言葉、そのすべてが、ボクの脳裏に鮮明に焼きついていたのであった。目を覚ました後ボクは、彼女が、ボクに向かって言った、あの言葉の意味をずっと考えていた。「わたしの”記憶”」、いったい何のことなのだろうか……。
「”記憶”……、か。」
その言葉の意味することをボクは一晩中、ずっと考えたのであった――
【第1話-Ⅲ:夢Ⅲ】
不思議な夢を見た翌日(つまり、今日のことであるのだが)は土曜日で、週5日制というすばらしい制度を早々に導入していたうちの高校は、ご多分に洩れず休校となっていたのだった。一晩中考え事をしていて少し寝不足気味だったボクにとっては、実にありがたい話である。寝不足からくる眠気のせいで、まだ少しばかりふらついている身体に鞭打ち、ボクはいつもどおり台所に向かって、朝食の準備を始めた。今日は……そうだな、目玉焼きとウインナーとトースト、それからコーヒーにしよう。そうだ、いい天気だから、洗濯しなきゃな。それから部屋の掃除もしとかないと……。そんなことを頭の中で考えながら、朝食を作った。朝食をリビングで食べている間、ボクは頭の中で昨日の夢のことを考えていた。考えれば考えるほど、昨日の夢は不思議なものであった。普段なら自分の見た夢のことなど気にも留めないのだが、昨日の朝に起こった違和感のこともあってか、なんだか無視することができなかった。
「何だったんだろう、朝のことといい、昨日の夢といい……」
この2つの不思議な出来事が、ボクにはどうにも偶然であると思うことができなかった。
「……行ってみるか。」
この違和感の正体を確かめるべく、ボクは昨日立ち止まった、”あの十字路”に向かってみようと思った――
【第1話-Ⅳ:夢Ⅳ】
朝食を済ませ、洗濯や掃除などの家事を終わらせると、ボクは昨日の”あの十字路”へと向かうことにした。昨日と同じ通学路を、歩きながらボクは進む。土曜日ということもあって、途中にある商店街には大勢の人であふれかえり、どの店も活気に満ちあふれている。
「そうだ、今日は寒いし、今晩は水炊きにしよう。」
帰りに水炊きに入れる材料を買っていこう。そんなことを考えながら、アーケードを抜け、学校へと向かう下り坂に差し掛かる。 昨日とまったく同じ道のりだが、昨日に比べると今日のほうが人通りが多いように感じる。昨日は早朝で、人通りが極端に少なかったから、余計にそう感じるのかもしれない。じきに、下り坂のふもとにある、”あの十字路”へとたどり着いた。しかし、見渡せど見渡せど、昨日感じた「何か」を、再び感じることはなかった。
「いったい、あの違和感はなんだったんだろう……。」
結局、その正体が何であったのかを確かめることはできず、仕方なく、ボクは十字路を後にし、家に帰ることにしたのであった――
【第1話-Ⅴ:夢Ⅴ】
その晩、ボクはまた不思議な夢を見た。
「ここは……。」
ボクは、昨日見た夢と同じ、緑の草原の中にいた。向こうのほうには、不思議な少女と出会った、あの丘が見える。ボクは、丘に向かって走り出していた。あの丘に行けばあの少女に会える、そう思い、ボクは夢中で走り続けた。やがて、ボクは丘へとたどり着いた。思ったとおり、少女は丘に立っていた。近づくボクのほうを振り向いて、少女はにっこりと微笑んだ。まるで、ボクがここに現れることを知っていたかのように……。
「君は、……君はいったい、何者なんだ? どうして、ボクの夢に現れるんだ?」
ボクは、少女に訊いた。
「”記憶”を探して欲しいって、いったいどういう意味なんだ?」
ボクは更に少女に訊いた。しかし、少女は微笑むだけで、何も答えてくれない。
「何か答えてくれよ!!」
ボクは、少女に向かって叫ぶように言った。すると、少女が静かに口を開いた。
「今の私には、あなたにすべてをお話しすることができません。」
「……どういうことだ?」
ボクの問いかけに、少女は言葉を続けた。
「言葉の通りです。今、私があなたに伝えることができるのは、ヒントだけ……。」
「ヒントだって……?」
「はい。」
ボクの言葉に、少女はうなずく。ボクはさらに続ける。
「ヒントって、いったい何のヒントだ?」
「……。」
少女は何も答えない。
「もしかして、昨日言ってた『記憶』のことと、何か関係があるのか?」
「……。」
少女は黙ってうなずく。
「ヒント……、それって何だ? どんなヒントなんだ?」
「……あなたは、すでにそのヒントを手に入れています。」
「な、何だって――」
【第1話-Ⅵ:夢Ⅵ】
「あなたは、すでにそのヒントを手に入れています。」
少女は、そう答えた。
「な、何だって……。すでに手に入れてる? それってどういう……」
どういうことだ、そう言いかけて、ボクはハッと気づいた。
「まさか、ヒントって……!!」
「はい、あなたの想像通り、あなたが”違和感”を感じた、あの場所こそがヒントなのです……。私の”今の”役目は、あなたにこのことを伝えること。」
「やっぱり、あの十字路が……。……ん? 『”今”の役目』って?」
「いずれ解かります。それに、今の私はそれ以外のことについて、あなたに何も教えることができません……。」
「そうか……。その十字路に行けば、何か解かるのか?」
「それは、ご自身の目で確かめてください。」
「……わかった。とりあえず、あの十字路に行けば何か解かるんだ、行ってみるしかないな。」
「……。」
少女は何も言わず、ただ静かに笑みを浮かべた。少女が微笑むのと同時に、渦を巻くように目の前の世界がぐにゃりと歪み始めた。
「くっ、またか……。」
急激に歪む世界に、目眩に似た感覚に襲われる。最初にボクがここから去ったとき、この”夢”から覚めたと同じ、あの感覚だ。
「そ、そんな……!! まだ、まだボクは君に聞きたい事がたくさん……!!」
「大丈夫。また会えますよ、それに……」
「それに……?」
「……いいえ、何でもありません。」
少女は何か言いたげそうだったが、首を横に振り、何も言わない代わりに、にっこりと微笑んだ。
「それでは、”私”をよろしくお願いしますね……?」
「えっ……?」
ボクは少女にどういう意味なのかを聞き返そうとしたが、その前にボクの意識は目の前の視界とともに消失した――
【第1話-Ⅶ:夢Ⅶ】
目を開くと、そこにはいつもの見慣れた天井があった。時間は昨日と同じ深夜1時を回ったくらいだろうか。しかし、今のボクは時間などを気にしている余裕なんかはなかった。ボクは今、少女が教えてくれた”ヒント”を確かめるため、あの十字路へと行かなければならなかったからだ。といっても、少女は「その場所にヒントがある。」としか言ってなかった。正直その十字路に行ったところで何もないかもしれないという可能性もあったが、この時のボクはそんなこと考えもしなかった。パジャマを脱いでジーパンにパーカー……はちょっと寒いので上からジャケットを着て、外へと飛び出し、自転車で駆け出した。パーカーにジャケットを着ていても、冬の深夜1時に自転車で走るのは正直つらいものがある。しかし、そんな冬の寒さなど気に留めることもなく、ボクはあの場所――あの十字路に向かい、一心不乱で自転車を漕いだ。夜の静寂に包まれた通学路を、商店街を、そして下り坂を、自転車は駆け抜けていく。やがて、自転車は十字路へとたどり着いた。必死で自転車を漕いでいたからか、ボクはちょっとだけ息が上がっていた。やがて、自転車は十字路に到着した。しかし到着したものの、そこはやはり、昨日と同じ何の変哲もない、ただの十字路であった。
「やっぱり、ダメか……。」
今日はもう無理だろうと思い、諦めて帰ろうと、来た道を引き返して、ボクはとぼとぼと上り坂を登り始めた。上り坂の中腹くらいに差し掛かったちょうどそのとき、ふいにボクの背後で「何か」を感じた。ボクが振り返った、その先にあったのは――
【第1話-Ⅷ:夢Ⅷ】
「な、何なんだ、あれは……!!」
ボクが振り返ったその先にあったのは、まばゆいばかりの巨大な光の柱だった。光の柱が、十字路を明るく照らし出していた。しかし、どうもおかしい。ここは住宅街、しかも、十字路のど真ん中だ。いくら深夜で、みんながまだ眠りについている時間だからといって、こんなにまぶしい光が降り注いでいるのである。周りの家々から光に気づいた住人が出てこないはずがない。なのに、住人はおろか、通行人が通る気配すらない。まるで、ボク以外の人間に、この光が見えていないかのようである。まぁ、そんなことは今は関係ない。とにかく、今、ボクの目の前で不思議な現象が現在進行形で起こっているのは確かだ。ボクは、大慌てでUターンして、突如目の前に現れた光の柱へ向かって全速力で自転車を走らせた。自転車を漕ぎながら、光の柱の上のほうを見てみると、光の柱の中を、ゆっくりと落下してくる”何か”の存在に気づいた。
「えっ、あれって……おい、まさか……!?」
そのゆっくりと降りてくる”何か”を見て、ボクはさらに自転車を加速させる。さらに光の柱に近づき、”何か”が視認できるくらいまで近づいた。
「やっぱりそうだ、あれは、あれは……!!」
落下してきた”何か”を見て、ボクは正直、まさかと思った。まさか、こんなことが現実に起こるわけがない、そう思った。しかし、今こうしてボクの目の前で起こっている出来事は、不思議な夢も、突如現れた光の柱も、光の中をゆっくりと落下する”何か”も、そのすべてがまぎれもない現実だった。しかしながら、今のボクにそんなことを考えている余裕などは一切なかった。光の柱の中を落下し続けているその”何か”を、早く受け止めないてあげないといけなかったからだ。ゆっくりと落下する”何か”、その正体は――
【第1話-Ⅸ:夢Ⅸ】
ボクは、夢の少女から”ヒント”があると告げられた十字路に突如として現れた、巨大な光の柱に向かって全速力で自転車を漕いでいた。なぜそんなに全速力で漕いでいるのかだって? 光の柱の中を、”あんなの”が落ちているのを見たら、きっと誰だって大慌てで行くだろう。まさか、”あんなの”が落ちてくるだなんて、誰も思いもしないだろうからさ。光の柱の中をゆっくりと落下している”何か”、その正体は……”人”。とても信じられないことなのだが、なんと、”人”が光の柱の中を、頭から真っ逆さまに落下しているのである。ありえない、ありえなさすぎる。しかし、こんなありえない状況ではあるが、”人”が落ちてきているんだ、ほっとけるわけがない。というわけで、自転車で全速力で光の柱へ向かって走行中というわけである。
「くそ……!! 間に合うか……?」
というか、間に合わなかったら、あの落下している”人”は、硬いコンクリートの地面に頭からグシャッ、だ。そうなってしまったら、とてもみなさまにお見せすることができないような、ショッキングな光景が広がってしまうことだろう。正直、想像もしたくない。それだけはなんとしても食い止めなければならない。しかし、どんなに全速力で漕いでも、ギリギリ間に合わないかもしれないというような距離だ。ボクは必死で自転車を漕ぐ。
「あと、ちょっと……!!」
下り坂を下りきって、あとほんの少しで光の柱にたどり着く、そんな時だった。間に合うという少しの安心感から、ほんのちょっとだけ油断が生まれてしまったのだろう。走る先にあったほんの小さな石の存在に、ボクは気づくことができなかった。自転車の車輪が、その小さな石に引っかかり、ボクの身体は、自転車とともに前のめりに吹っ飛び、半回転して硬いコンクリートの地面に背中から叩きつけられた。
「くっ……、がぁ……!! くっそぉ……!!」
ボクは呻き声を上げながらも、なんとか力を振り絞って、その身体を起こす。
「くっ……、早く、行かなきゃ……!!」
身体をふらつかせながら、ボクは光の柱へと歩き始める。上を見ると、ゆっくりながらもそのスピードを緩めることなく、その”人”は落下し続けている。どうやら、少女らしい。白いワンピースを着た少女のようである。
「くっ、……ん? 少女?」
少女って……まさか……、そんな疑問を胸に抱きつつ、ボクはゆっくりと光の柱へと歩き続ける。
「このままじゃ……、このままじゃ……!!」
このままじゃ間に合わない、そう思った瞬間だった。頭から落下していたはずの少女の身体が、仰向けへと向きを変え、さらに心なしか、落下スピードもゆっくりになったようである。
「これなら……っ!!」
ボクは、最後の力を振り絞り、光の柱に向かって駆け出した!! 少女と地面の間はもうわずかしかない。
「間に合えーーっ!!」
走っている勢いで、ボクは思いっきりジャンプして、光の柱へ飛び込んだ!!
「届けぇぇぇぇぇぇ!!」
叫びながら、ボクは少女をキャッチしようと両腕を伸ばした!! ボクは思わず、目を瞑ってしまっていた。その瞬間だった。ふわっ……。両腕に、何か、とても軽いものが乗っかるような感触がした。おそるおそる目を開いてみると、腕の中には、すやすやと眠る少女がいた。透きとおったスカイブルーの長い髪、白いワンピースに白雪を思わせるような肌、ボクより少し低い背丈、幼げな顔……。見惚れるほどに美しい、まるで人形のような少女が、そこにいた。でも……
「この子は……、やっぱり……!!」
ボクの腕の中で眠るその少女は、まさに”夢の少女”そのものだったのだ――
【第1話-Ⅹ:夢Ⅹ】
「この子は……、やっぱり……!!」
ボクの夢に現れたあの少女が、今、ボクの腕の中ですやすやと眠っている。
「やっぱり、夢に出てきたあの子だ……。でも、なんで……? どうして、ここに……?」
いろいろ不思議な出来事が続いたせいか、頭の中が少し混乱していた。ダメだ、焦ったりしちゃ。少し冷静にならないと。落ち着きを取り戻そうと、周りを見渡してみると、あんなにまぶしく輝いていた光の柱はいつの間にか消え去っており、再び、真っ暗な夜の闇が辺りを支配し、月の光と十字路の街灯がボクと少女を明るく照らしだしていた。ふむ、世界は(ちょっと大げさだったかな?)夜の静寂を取り戻していたっていうやつだな。なんて、そんなことを考えてる場合じゃない。そんなことよりも、今はこの子だ。
「とりあえず、ここにいるのも何だし、家に連れて行くしかないか……。」
仕方なく、ボクは空から降ってきた夢の少女を連れて家に帰ろうと、ボクとともに吹っ飛ばされて、近くで倒れていた自転車を起こし、少女を背中に背負って、自転車を押しながら、十字路を後にした――
【第1話-ⅩⅠ:夢ⅩⅠ】
「はぁ……はぁ……。」
十字路を後にし、行きよりも倍近くの時間がかかってしまったけど、なんとか家にたどり着いた。寒い中自転車で全力疾走して、その後吹っ飛んで地面に叩きつけられた挙句、人1人を背中に背負って、さらに自転車を押しながら行きと同じ距離を歩いて家に帰ったのだ。身体に堪えないはずがない。家に到着するころには、ボクはボロボロな上、かなりふらふらな姿となっていた。とりあえず、玄関の近くに自転車を立てかけておいて、ドアを開けて中に入り、少女をリビングのソファーに寝かせ、その上から毛布をかけた。あんなにふらつきながら運んだのに、少女はまったく起きる気配もなく、むしろ心地よさそうに、すやすやと邪気のない寝顔を見せていた。
「いったい、この子はなんなんだろう……。突然ボクの夢に現れたり、現実に姿を見せたり……。」
ふと、眠気が襲ってきた。そりゃそうか、まだ深夜2時になったばかりだ。ましてや、自転車で走ったり人を担いで歩いたりしたから、疲労は正直ピークに達していた。
「やば……少し寝ないと身体がもた……な……いな……。」
疲れが相当溜まっていたボクは、いつの間にか、深い眠りに落ちていた――
【第1話-ⅩⅡ:夢ⅩⅡ】
ボクが目を覚ますと、そこはいつもの青々とした草原が広がる、夢の中の世界だった。ただ、いつもと違う点といえば……。
「……? ……??」
ここはどこなんだといった感じに辺りをキョロキョロと不思議そうな顔で見回している少女が、ボクのすぐ横にいるというところだろうか。よく見たら、その少女は、幾度となくボクの夢に姿を見せ、そして先ほど光の柱から現れた少女ではないか。しかし、どうも様子がおかしい。この様子を見る限り、自分が今置かれているこの状況を、あまり把握できていないように思える。夢に現れた少女は、少し大人っぽい、不思議な印象を受けたが、こちらの少女はどうもその逆というか、子どもっぽい、そんな印象である。姿は同じだが、まるで、あの少女とはまったくの別人であるかのようだ。
「ねぇ……、君……。」
思わず、ボクは少女に声をかけた。
「……っ!!」
すると、ボクの声にびっくりしたのか、少女が少し後ろに、逃げるように後ずさった。
「あっ、……ごめん。少し驚かせちゃったかな。」
「……。」
怯えているのか、少し警戒しているのだろう、少女はちっともこちらに近づいてこようとしない。
「大丈夫、安心して。君に何かしようってわけじゃないんだ。怖くはないからさ。」
そう言って、俺が少女に手を伸ばしてあげると、
「……。」
少女は黙ったままコクリと頷き、そっとボクの手を握った。
「よし……。さて、と……。とりあえず、”あそこ”に行くとするか……。君も、一緒に来るかい?」
「……!! ……。」
少女は少し驚いたようにこちらを見たが、その後小さく頷いた。それは、少女のOKの意思であると受け取っていいだろう。ボクは、少女の手をとりながら、あの場所――あの小高い丘を目指して歩き出した。しばらく少女とボクの2人で歩くと、あの丘が見えてきた。丘の上に、小さな人影が見える。ボクはその人影に見覚えがあった。そう、その人影の正体は、ボクの夢に何度も姿を現し、ボクにヒントを与え、ボクと横にいるこの少女を巡り会わせた張本人……。
「探して、わたしの――”記憶”を。」
その言葉をボクの脳裏に深く深く刻み付けた、あの”夢の少女”なのであった――
【第1話-ⅩⅢ:夢ⅩⅢ】
ボクたち2人は、丘にたどり着いた。ボクの思ったとおり、そこには、あの”夢の少女”がいた。まるで、ボクたちがここに現れることを初めから知っていたかのように、こちらを見ながら微笑みを浮かべて、丘の上で腰を下ろしていた。ボクは何度も(夢の中で)あの子に会っていたからこのくらいのことに別に驚きはしなかったが、こちらの少女のほうはそうでもなかったらしい。目を丸くして、ボクの腕にしがみつきながら、”夢の少女”のことをじっと見ている。そりゃまぁ、驚きもするだろうな。自分とまったく同じ姿をした人間が、すぐそこで微笑みながら座っているのだから。すると、夢の少女のほうがすっと立ち上がり、ゆっくり近づいてきて、ボクたちの前で立ち止まった。腕にしがみついてる少女のほうが、少しビクっとした。
「……よくぞ、彼女を見つけ出してくれました……。」
夢の少女は、微笑みながら、静かに話し出した。
「この子は……、この子はいったい何なんだ?」
「彼女は……”私”です。」
「な、何だって……!?」
「正確に言うと、そこにいる彼女は、”私”の本体であり、この私は、”私”の”記憶のカケラ”、その一部なのです。」
「記憶の……カケラ? 君が、この子の”記憶のカケラ”だって……?」
「はい、その通りです。」
なんだかちょっとこんがらがってきたな。そんな時、最初に夢の少女と出会ったとき、彼女がボクに言った言葉が――『探して、わたしの――”記憶”を。』という、あの言葉が頭によぎった。「まさか、”記憶”って……。”記憶”を探せって……。」
ボクがそう聞いた後、夢の少女は少しの沈黙した後、静かに語りだした――
【第1話-ⅩⅣ:夢ⅩⅣ】
”夢の少女”は、静かに語りだした。
「実は、とある事情から、今そこにいる少女から、一切の”記憶”が奪われてしまったのです。私は、彼女の”記憶”の一部分、いわば”記憶のカケラ”なのです。」
ボクたちは黙って話に耳を傾けていた。少女はさらに続ける。
「今そこにいるその子は、言うならば記憶が抜け落ちた抜け殻のような状態。会話することができないのも、そのためなのです。」
なるほど、さっきからこちらの少女が一言もしゃべっていないと思ったら、そういうわけだったのか。横をちらりと見ると、手を口にあてて、驚いたしぐさを見せている。少女は話を続ける。「”私”の”記憶のカケラ”たちは、この世界を含む、ありとあらゆる並行世界に散らばってしまいました。」
「いったい、どうして……。」
ボクの問いかけに、夢の少女は首を横に振る。
「わかりません。ただ、”何者か”が、”私”から”記憶”を奪い去り、並行世界に”カケラ”をばら撒きました。”何者か”の正体も、その理由や目的も、一切不明です。」
「そうなのか……。」
なんだか、話が壮大すぎる。普通のやつだったら一切信用せず、真面目に話を聞こうともしなかっただろう。しかし、こんなに短期間で不思議な現象に出会ったボクは、彼女の話を一言一句もらさず、すべて真剣に聞いていた。だが、それでもめちゃくちゃなスケールだ。記憶を奪った? 奪った記憶を並行世界にばら撒いた? とんでもない展開になってきたな、これは。さらに少女が話を続ける。
「そこで、あなたに改めてお願いがあります。」
「えっ、お願いって?」
「そこにいる”私”とともに、”私の記憶のカケラ”を集めてほしいのです。」
「えぇっ!?」
ボクは彼女の言葉に驚いた。
「さ、探すって言ったって、どうやって、どこを探せばいいんだ? 第一、その”記憶のカケラ”ってのがどんな形をしているのかもわからないし……。並行世界なんて、どうやって探しに行けばいいんだ?」
ボクは、矢継ぎ早に彼女に訊いた。
「”記憶のカケラ”は、様々な形で存在しています。”カケラ”は水晶であったり、私のようにあなたの”夢”の中の存在であったり……。また、”カケラ”がその世界にいくつ存在しているのかはわかりません。あと、並行世界へ行く方法については問題ありません。」
「問題ないって、どういうことだ?」
少女は続ける。
「その”世界”に存在する、すべての”カケラ”を集めれば、次の”カケラ”がある”世界”に行くことができます。ただし、どの”世界”に飛ばされるのかはランダムですが……。」
「そうなのか……。」
「お願い……できますか……?」
少女は、ボクにそう問いかけた。どうする、ひょっとしたら、とんでもないことに巻き込まれるかもしれないぞ? ひょっとしたら、もう二度と、ここに戻ってこれないかも……。でも、しかし、う~ん……。ボクの頭の中は、とんでもない混乱状態に陥っていた。夢の少女は、不安そうな目で、こちらを見ている。腕にしがみついている少女も、こちらのほうを心配そうに見ている。そんな目で見られたら……。
「……わかったよ。ボクも、その”記憶のカケラ”探しを手伝ってあげるよ。」
そう聞いたとたんに、夢の少女が、満面の笑みを浮かべて、ボクに抱きついてきた!!
「うわっ!?」
少女に抱きつかれて、ボクは思わず後ろへと倒れこんでしまった。少女の胸が当たって、ちょっとボクは恥ずかしかった。しかし、夢の少女は恥ずかしがるような素振りも見せず、ボクの体の上に少女が抱きつくような体勢のまま、夢の少女は喜びながらこう言った。
「ありがとうございます!! 本当に、ありがとうございます!!」
「わ、わかったから、ちょ……ちょっと離れてっ!!」
「あっ……、申し訳ありません。」
そういうと、少女はやっとボクから離れてくれた。なんだかちょっとほっとしたような、残念なような複雑な気分だ。
「申し訳ありませんでした。嬉しかったもので、つい……。」
「それくらい、別にかまわないんだけどさ……。それより、これからどうするか……。他の”カケラ”がどこにあるのかさっぱりわからないし……。」
「それは問題ありません。」
「どうして?」
「もうお忘れですか? 私は、その子の”記憶のカケラ”だと、そう言ったではないですか。」
「あっ……!!」
「この”世界”での”カケラ”は私……、つまり、あなたの見ているこの”夢”なのです。」
「なるほどな……って、なんでボクだったんだ? 他の人ではなく、なんでボクの夢が?」
ボクは少女にそう訊いた。
「それはわかりません。しかし、あなたに惹かれる”何か”があったのではないかと、私はそう思います。」
少女はそう答えた。
「惹かれる何か、ねぇ……?」
「”カケラ”を取り戻していけば、いずれわかるはずだと思います。」
「そうだな……。で、どうやって、この子に”カケラ”を入れるんだ?」
「このように……。」
そう言って、夢の少女は、もう1人の少女にキスをした。
「ちょ……何を!?」
数秒ほど口づけを交わした後、夢の少女の唇が、もう1人の少女の唇から離れた。
「これで、”カケラ”は彼女の中に取り込まれました……。」
「……キスが、”カケラ”を取り込む方法なんだな……。」
「はい、その通りです。」
「びっくりさせるなよな……、――」
まったく、そう言葉を続けようとした瞬間、キスをされたほうの少女の身体が光に包まれた。
「な、なんだ……!?」
「私の”役目”は、これでおしまい……。」
ボクが夢の少女のほうを見ると、夢の少女の身体が、光の粒へと徐々に姿を変え、消え去ろうとしていた。
「ちょっと……、これ、どうなって……!?」
「あなたとは、ここでお別れとなります……。ここからは、あなたと”私”の2人で、”カケラ”探しをすることとなります……。」
「ちょ……待って!!」
「あなた方お2人の、ご無事を祈っております……。」
少女はもう身体の3分の1ほどが消失していた。そして、
「さようなら……。」
完全に消え去るその刹那、微笑みを浮かべながら、夢の少女は最後にこう言って、光の粒となって消え去った。
「さようなら……。」
ボクは、光の粒となった少女を見つめながら、そうつぶやいた。……と、感傷に浸っている場合じゃなかった。
「こっちもどうにかしないと!!」
少女のほうに振り向いたその瞬間、ぐにゃりと渦を描くように歪み始めた。
「くっ……、こっ、これは!?」
これは、あの時と同じ感覚だった。世界が歪み、この夢の世界から目覚める、そのときの感覚だ。
「くそ……今度はいったい何が起こるってんだ!?」
ボクは思わず目を瞑り、そして、意識を失った――
【「第2話:異世界」(前編)に続く。】
第0話の投稿からもう何ヶ月くらい経ちますでしょうか……。鈍筆も鈍筆ではありましたが、やっと第1話の投稿にまでこぎつけることに成功いたしました。この世に生を受けてから、早20年くらい経ちますが、こんなに長い文章、しかも小説を書いたのは生まれて初めてでした。いやはや、ラノベ作家さんってのは、こんなに大変なことをしているのかと、思い知らされました。改めて、作家さんのすごさってのを身をもって感じた次第であります。正直なところ、変な所はないか、誤字脱字などはないかなどと、書いた文章を見直したりしていましたが、なかなかに一苦労でした(笑)。さて、第1話投稿により、やっとこの「Memory ~カケラ探し~」の世界が動き出したわけですが、はてさて、ヨウと少女は、これからいったいどういうドタバタを見せてくれるのか……(できれば、俺に教えてくれ!!←こらこら)というわけで、今回の後書きはこの辺で……(後書きってこんな感じでいいんですかね? 誰か教えてください(汗))鈍筆なので、第2話がいつ投稿できるかわかりませんが……、第1話を読んで第2話がどんな話になるかを想像しながら、気長にお待ちいただければ幸いです。では、また次回!! 第2話後書きでお会いしましょう!!