ヘリオトロープの唄うころ
私の村は貧しい村だった。
周りは木ばかりでなぜできたかもわからない村。
貧しい村だった。
近隣村もなく、完全自給自足でその日暮らしの村。
貧しい村だったのだ。
―――神にすがるしか術ないほどに。
だから、私がイケニエになるのもしかたなかったんだ。
光を閉ざされた祠に座ってぼんやりと自分を慰めるように呟く。
不作だった、貧しかった、身寄りがなかった、疎まれてたんじゃない、光栄なことなんだ、仕方なかった、仕方なかった、仕方なかった、仕方なかった。
初めて完全に満たされたお腹も空っぽを訴えるのを諦めた頃、暗がりがぼうっと明るくなったような気がした。『きっと目が慣れたんだろ』
そう思って冷たい木の床に目を落としていたから、その声にすぐに気付くことができなかった。
「…すめ、おい娘、お前耳が聞こえぬのか?」
「あ、ああうわあはい?!」
「我が問うておる。」
「す、すみませんです!」
ふわりかき上げられた前髪からうんと近い顔が眉根を寄せている。やってしまった。
「堪忍してください!堪忍してください!ま、まさかどちら様かおいでるとは夢にも思うておらんでして、ほうけておりました。どうぞお許しください!」
「小娘、何用にて此処におる。おんし人間であろう?」
「わ、わたくしめは、イケニエですから、この身を山ツ神さまに捧げるためにおります。」「ふむ…?飢饉か?」
「い、いえ、い、異形の生き物が田畑を荒らすのでございます。、敵わぬほど硬く賢く、不作に耐えた芽吹きも、おかされました。もう、山ツ神さまに御加護に、おすがりするほかないのです。」
問われたら答えよと大人たちに繰り返し覚えさせられた言葉を違えぬように唱える。
怒られる、怖い、怖い…!
「ふん…」
平伏して痛みに備えていた顎を持ち上げられ、恐る恐る顔をあげた先にあったのは空池の瞳。優しい光をおびたそのヒトは、着いてくるよう促してすたすたと上へと向かった。
つい数刻前は何もなかった場所をホタルの道しるべで進むヒトの後、広いきや狭い道のりを必死で追いかけた。
ふと、空池の瞳のヒトが呟いた。
「小娘、よき縁を手繰り寄せたな。」
「は、はい……?」
「我は季が巡るうちの定めた一度しか訪れぬ故。」
「、"季"…?」
「そうな、お主の村の長老は何歳まで生きる?」
「ち、長老様は、とおの夜を越える運命をいただいて、ます。」
「ふむ、我らの"季"はお主らの長老が百度代わるほどになるであろう。」
「ひゃ、ひゃく…」
ぽかんとしているとくつくつと低い笑い声。狭いきや広いこのまま空間には良く響いた。
「あ、あああああの」「くくっ、は、いや、すまない。あまりにも…素直な反応でつい。そうだな、そなたらであれば幾度も輪をくぐれるのだものな。」
幼子を見る母のような優しい視線をこちらに向けるその人はそれはそれは綺麗で、私はどうしようもなく恥ずかしくてそのお顔を見れなくなった。
ソマの実みたいに赤くなっただろう顔を俯けて、それでも追い縋る私の手と、空池のヒトの大きくて優しい手が繋がれ、相変わらず不思議な空間を降りつ登りながら歩いていった。
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空池のヒトに連れられてこの優しい空間に来たのは数刻前。すれ違うヒトみな太陽の髪と月の瞳を持ち、美しく輝いていた。
曰く、ここは神の国であり、山ツ神様は普段ここにおわして眷属(聖獣と呼ばれる私たちで言うところのヌシのことらしい)の報告を聞かれるとのこと。
ここには私たちが崇め敬いすがるもろもろの神がおわす、と。
「な、ぜ、私をお連れに…?」
「イケニエなのだろう?我は常はここにおる。我のモノを手元において何が悪い。」
「い、いいいえ、意見するつもりはなくえ、あ、あの、も、申し訳ありません!!」
「くくっ、取って食ろうたりはせぬ。もうちぃと力を抜け。」
「は、はい…」
深い緑の衣をまとった広い肩を震わせながら、空池のヒトは綺麗に束ねられた私の頭を乱暴な手つきでかき混ぜた。
大人たちがとかしつけた髪がぐしゃぐしゃになったみたいだけど、そんなことは気にならない。
だって、初めて頭を撫でてもらったんだ。
乱暴だったけど優しくて暖かくて、それがとてもくすぐったくて、もう何もいらないと思ったんだ。
そうして空池のヒトは、くしゃくしゃな髪の私になにがしたい、と問うた。
それでオシマイ。
そしてハジマリ。