その7
時折聞こえるカチャカチャと食器を動かす音と、
ヒソヒソと小声で会話をする人々の声。
賑やかで優雅な時間が流れるはずのパーティーの会場は、
いまや一人の男性の婚約者騒動で静かに盛り上がっている。
「わ、わたしはこの方とはなんの関係もありませんし、
ですからあなたが婚約者で間違いありません!」
「はぁっ?」
「公子もお戯れが過ぎますよ?
わたしのような小娘を使ってこのような場で
婚約者を不安にさせるなんて…………。」
ペラペラと早口で捲し立てながら、
ルルーシアは助けてくれと懇願の目でジュリアを見つめる。
自分は何も知らない、この人とは何の関係もない。
お願いだからこの状況をひっくり返してくれ、と。
「あ、あなた突然なにを…………。」
「え、えっと、ジュリア様でしたよね?
わたしはベルロット公子の婚約者でも、
あ、愛する女性でもないのです。
きっと公子はあなたの愛が本物か確かめる為に、
このように皆さんがいる場で試しているんです。」
「…………………………。」
「ですからどうぞ安心なさってください。
わたしはたまたまフラッとこのパーティーに出席した
なんの関係もないただのっ…………ぎゃっ?!」
畳み掛けるように言葉を発していたルルーシアの脇腹に、
ギリッと痛みが走る。
その事に驚いて思わず隣のランジュを見上げれば、
彼は不愉快そうに眉間に皺を寄せ自分を睨んでいる。
「…………忘れちゃったの?
あんなに体に仕込んでおいたはずなのに。」
ルルーシアにだけ聞こえるような小さな声で、
ランジュがささやく。
そのあいだも彼は力を弱めることはなく、
さらに力を込めルルーシアの脇腹に指を食い込ませる。
「いっ…………?!」
「すみません。
どうやら突然のことで彼女も困惑しているみたいで。
…………ジュリア様。
さっきも言ったとおり、あなたは僕の婚約者ではないよ?
ご自分のお父上にも確認してみるといい。
婚約の申し入れは、正式にベルロット側がお断りしたと、
真実を教えてくれるはずですから。」
「…………っ、み、認めませんわ!!
そんなどこの誰かもわからないご令嬢が、
あなたの婚約者だなんて誰が信じるのです?!
それに、彼女は否定しているじゃありませんか!
自分はランジュ様の婚約者ではないとっ。」
脇腹に与えられる痛みに耐えながら、
ルルーシアはジュリアを称賛のまなざしで見つめる。
そう、その調子で!
あなただって簡単に引き下がるわけにはいかないよね?
この悪魔の婚約者になりたいんだよね?
心配しなくてもわたしは"かませ役"で大丈夫だから、
この人をわたしのそばから離してもらえます?!
ルルーシアは心の中で叫びつつ、
なんとかランジュの腕から逃れようと身を捩る。
「…………おとなしくしてて、ルルーシア。
あとでちゃんと遊んであげるから。」
「ひぃっ…………?!」
自分の拘束から逃げ出そうと抵抗を始めたルルーシアに、
ランジュは穏やかな、それでいて抵抗を許さない冷たい声で
彼女に"動くな"と命令する。
幼い頃に植え付けられた服従心は今も健在だったらしく、
ルルーシアはピタリと抵抗するのをやめた。
「それと、
この子はれっきとした公爵家の令嬢ですよ?
あなたが言われるような、
どこの誰かもわからないような子ではなく。」
「………それでしたら、
お名前を教えていただいてもよろしくって?
今後もお会いすることになるでしょうから。」
憎悪、羞恥。それとも嫉妬か。
自分を睨みつけるジュリアの瞳には、
メラメラと燃え上がる感情が宿っている。
その視線からスーッと逃れるように、
ルルーシアは彼女から視線をそらし、静かに答える。
「な、名乗るような者ではございませんので。
それに二度とお会いすることはないかと…………
あなたのような高貴な爵位のご令嬢と、
お会いできるほどの家門ではありませ…………。」
「先ほどランジュ様がおっしゃったじゃありませんか。
あなたも公爵家の娘なんでしょう?
我が家と同じ爵位のご令嬢ならば、
この先も顔を合わせる機会はあるはずだわ。」
「………………………………。」
「それに、
そちらにいらっしゃるのはエマ様じゃなくって?」
「!」
自分たちの方へと近づいてくるジュリアが、
ルルーシアのそばにいたエマに視線を向ける。
突然自分の名前を呼ばれたエマは、
一瞬ピクリと眉をひそめたが、すぐに笑顔を浮かべ、
ジュリアに向かって挨拶をする。
「お久しぶりですね、ジュリア様。
あいかわらずのその高慢な態度を拝見できて、
お元気そうだと安心いたしました。」
「………エ、エマ………?」
自分の左側に立つエマが、
ジュリアに向かって嫌味を混ぜた挨拶をするのを
ルルーシアはあっけに取られた顔で見つめる。
どうやらエマはジュリア擁護派ではないらしく、
むしろ嫌っているのだとこの挨拶でハッキリとわかった。
…………もうメチャクチャだよ。なんなの?この状況。
ルルーシアは諦めたように脱力し、
ガックリと頭を下げたのだった。




