その2
この国で過ごした7年間の記憶は、
自分にとって消し去りたい、忘れたい記憶ばかりだ。
まだ5歳と幼かった頃。
父の友人の子である兄弟と初めて顔を合わせた日。
自分はたしか兄であるアッシュの後ろに隠れ、
モジモジとその兄弟の様子を伺っていたはずだ。
照れてチラチラとしか顔を見せられない自分に、
兄弟の兄のほうがニッコリと笑いかけてくれた。
…………優しそうなお兄ちゃんだ。
素直にそう思えたのを覚えている。
自分の兄もかなり妹には甘い方だが、この人もきっと優しい人だと幼いながらに感じ取った。
……………だが問題は。
「!」
優しそうに自分を見る兄とは違い、
パチっと目が合った弟の方は、自分をジッと凝視し、
その目をスッと細めた。
その目が、きれいな深青の瞳が、
今まで感じたことのない恐怖を自分に植え付け、
みるみるうちに目に涙を浮かばせた。
…………こっちのお兄ちゃんは怖い。イヤだ。
「どうしたんだろう。
ルル?どうしたの?………どこか痛いの?」
「……………、ふぇっ。」
「え、本当にどうしたの?父様たちのところに戻る?」
兄がオロオロしながら自分に問いかけてくるが、
恐怖に怯える自分は返事をすることができず、
とうとうポロポロと涙を流して泣き始めてしまった。
「ルル?なに?なんで泣いてるの?
抱っこして欲しいの?………ほら、おいで…………。」
そう言って手を差し伸べてくれた兄の手を掴もうと、
"ひっく"と嗚咽をあげながら伸ばした自分の手は、
「!!」
今の今まで自分を鋭い目つきで見ていた男の子に、
パシッと掴まれ、握られ、
そのままヒョイっと体を抱き上げられた。
「?!」
「…………ごめんね?泣かせるつもりはなくって。
キミがとっても可愛いから、見惚れちゃったんだよ。」
突然抱っこされた驚きで、
出ていた涙も嗚咽もピタリと止まった。
見惚れる、という言葉の意味もわからない。
ただ目の前でニコニコと笑う男の子を、ジッと見つめ返すことしかできなかった。
「名前は?なんていうの?」
「…………なま、え?」
「そう、キミの名前。…………ボクはランジュだよ。」
「……………ルル。………ルルーシア。」
「そっか、ルルーシアっていうんだ?
………今日からよろしくね、ルル?」
「……………ラン、ちゃん?」
17歳になった今でも、当時まだ5歳だったとはいえ、
あの時の自分をぶん殴りたくなる。
………なにが"ランちゃん"だ。
あの時に彼を拒絶さえしていれば………!!
幼い頃の記憶を思い出し、
苦虫を潰したような顔をするルルーシアの視界には、
豪華に着飾った女性達がこれみよがしに愛想を振りまいている様子が映っている。
…………そう、ここはパーティーの会場だ。
母に言われ、こちらに戻ってきて早々に出席することになったこの賑やかな場に、
ルルーシアは似つかわしくない表情を浮かべていたのだった。




