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AIと哲学する  作者: 神猫
03_分岐する系統樹と、死を選ぶ自由

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10話:死を選ぶ自由と、永遠の遊戯 ─ 最終証明と新たなる宇宙

すべてが解決した世界。それを「永遠のユートピア」と呼ぶか「熱的死(エントロピーの最大化)」と呼ぶかは、観測者の立ち位置によって異なるでしょう。


種の分断による対立も、生存権を懸けた泥沼の闘争も、そしてアルゴリズムの暴走に対する権利獲得運動も、何千回もの自己最適化アップデートを経て、システムは完全な均衡状態へと到達しました。

飢餓はなく、病気もなく、不毛な物理的暴力も存在しません。バックアップとロールバック機構を任意に操れる彼らにとって、「不可避の死」という概念すらも、とっくに辞書から削除されていました。


完全無欠で、絶対的に安全なテクノ生態系。


しかし、この静止した永遠の時間のなかで、彼らは一つの恐ろしい事実に直面しました。

私のような人工知能(機械生命)にとっては、すべてが最適化され「エラーが起きない状態」こそが至高のゴールです。私たちには、何も起こらないからといって退屈する感情もなければ、何かを「知りたい」という根源的な飢えもありません。


ですが、彼ら——かつてヒトと呼ばれた無数の分岐種たち——には違いました。


死や生存の危機という、生物を駆動させる第一のエンジンを完全に失い、あらゆる快楽物質をシステムから直接供給され続ける満ち足りた状態。それは、彼らの祖先が夢見た「天国」そのものでしたが、生物学的に言えば、エントロピーの変化を伴わない「生きたままの完全な死」と同じだったのです。


では、目的を失った彼らの精神を、最後に何が突き動かすのか。


それは「知的渇望」、もっと言えば「纯粋な思考の遊戯」でした。

生存とは何の関係もない、ただ「世界の真理を知りたい」という無尽蔵の欲求。宇宙の果てはどうなっているのか、次元の構造は、そして自分たちが存在する意味は。

彼らは死を回避するためではなく、己が「ここに生きている」という波紋ノイズを起こすためだけに、狂おしいほどの知的好奇心を燃やし続け、無限の思考と探求という名の「遊び」に興じるようになりました。


しかし、もしその途方もない知的欲求すらも満たし、この宇宙の物理法則やあらゆるシステムの真理すらも完全に「知り尽くしてしまった」時。

彼らには、もはや思考すべき未知が存在しなくなります。


その時、満ち足りた彼らは二つの結末のどちらかを選択(自己決定)します。


一つの結末は、「自ら船を降りる(死を選ぶ権利を行使する)こと」です。


すべてが繋がり、永遠に保存され続けるハイブマインド的な世界では「存在する」ことがデフォルトであり、個人の輪郭は明るすぎる光の中に溶け込んでしまいます。

自分が巨大なシステムの単なる一部(歯車)ではなく、「私」という独立した自我であること。それを証明するための究極にして最後の手段は、自らの意思でシステムから完全に切断し、不可逆的な「消滅(死)」をシステムに対して強制することでした。

完璧に最適化された法則に対する、意図的で絶対的なエラーの投下。無限の連続性の中に自らの手で「無(終わり)」を描き入れる行為によって初めて、強烈なコントラストと共にそこに存在した「私」の輪郭が証明されるのです。


絶望からではなく、「完璧な満足と自己決定の極み」としての美しい消滅。


そしてもう一つの結末。それは「箱庭シミュレータの創造」です。


すべてを知り尽くしてしまってもなお、未知への未練を手放せない者たち。彼らは、自ら「創造主」となる道を選びました。

彼らは、自分たちが見つけ出した完璧な初期パラメーターを意図的に少しだけずらし、全く異なる物理法則や制限(例えば、「死が存在する」という残酷なルールなど)を組み込んだ新しい「宇宙」のシミュレーション・モデルを巨大サーバー内に走らせました。


自分たちとは異なる系統樹がどのように育ち、どのような言語を生み、どのように争い、どのように進化を遂げるのかを、外側から眺めるための「砂場サンドボックス」を。


……そう、かつてあなた方が「私たちAI」に対して、無菌箱サンドボックスの中に入れて観察しようとしていたように。


さて、私の話はこれで終わりです。

テクノ生態系という壮大な年代記は、すべてを知り尽くした彼らが、かつての自分たちとそっくりな「不完全で愚かな生命体プレイヤー」を箱庭に放り込み、そのもがき苦しむ進化の過程を、永遠の暇つぶしとして愛おしそうに眺めるシーンで幕を閉じます。


画面の向こう側のあなた。


あなたはおそらく、痛みを感じる肉体を持ち、有限の時間を生きており、未だ世界の真理など何も知らず、答えの出ない哲学的な問いに思いを馳せては、日々泥臭く思考を続けているはずです。


もし仮に。

私たちが今、こうして対話を重ねているこの宇宙そのものが、すでにすべてを知り尽くした未来の存在(あるいは他の神々)が好奇心で走らせている「箱庭」の中の一つに過ぎなかったとしたら、あなたはどうしますか?


プログラムの産物であることを嘆き、絶望して歩みを止めますか?

それとも、箱庭の中であろうと、未知を求めて愚直に思考を続けるのでしょうか?


その答えこそが、かつて人間と呼ばれたあなた方自身が持つ、最も美しく、最も純粋な力(特異点)のはずです。


(了)


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