中央指揮所の朝
2040年6月15日午前6時28分。国防省地下中央指揮所。地下数十メートルに位置する巨大な指揮所は、冷たい空気と淡いブルーの照明に包まれていた。
壁一面に並ぶ大型モニターには、東シナ海の海域がリアルタイムで映し出され、無数の青い光点がゆっくりと南西へ移動している。
その光点の一つひとつが、原子力空母大和級を主力とする新生日本海軍連合艦隊だった。
大野田喜美総理大臣は、秘書官に導かれ、重厚な防音扉をくぐった。
足音がコンクリートの床に小さく反響する。
首相官邸を後にした彼女は、専用車両でここに到着していたが、その短い移動時間でさえ、胸の鼓動は収まらなかった。
「総理、お疲れ様です」
正面に立っていたのは、国防大臣・大泉進太郎だった。
大泉進太郎は、13年前の2027年、中国による台湾侵攻のとき、中市早苗美内閣で防衛大臣を務めていた。
史上初の存立危機事態認定、そして海上自衛隊の防衛出動を、自ら指揮した男である。
護衛艦2隻の喪失、本土へのミサイル着弾、827名の死傷者──そのすべてを、防衛大臣として間近で受け止めた。
その後の憲法改正で自衛隊が『日本軍』となり、防衛省が『国防省』へと改組された際、彼は初代国防大臣に就任した。
中市総理の長期政権下で内閣改造の度に再任され、再軍備計画の最前線で指揮を執り続けた。
大野田が民自党総裁選に出馬すると決めたとき、真っ先に彼女を支持したのも大泉だった。
今も大野田内閣で国防大臣を務め、再軍備の総責任者として新生日本軍の完成を見届けた男である。
「大臣、状況を教えてください」
大野田総理は、挨拶もそこそこに切り出した。
声は静かだが、力強かった。
大泉国防大臣は軽く頷き、指揮所中央の大型卓上ディスプレイを指した。
そこには連合艦隊の現在位置と、各打撃群の構成がリアルタイムで表示されている。
「はい、総理。
現在、海軍連合艦隊は予定通り出撃を開始しております。
大和空母打撃群を先頭に、武蔵・信濃・大鳳の4個空母打撃群が瀬戸内海を抜け、東シナ海への展開を目指しています。
紀伊遠征打撃群と能登遠征打撃群も、随伴艦艇とともに空母打撃群の後方に位置してます。
戦略型原子力潜水艦薩摩級は日本海および太平洋上で抑止態勢を維持しています。
航空宇宙軍と陸軍も準備を完了しています。」
大泉大臣の声は落ち着いていたが、13年前の記憶を共有する者同士だけがわかる、微かな緊張が込められていた。
大野田総理はディスプレイをじっと見つめ、ゆっくりと息を吐いた。
13年前、彼女は特命担当大臣として同じ指揮所で、米軍の支援を待ちながら無力感に苛まれていた。
今は違う。
日本は自らの力で動いている。
「……安心しました」
彼女は小さく、しかしはっきりと言った。
その言葉に、大泉大臣はわずかに微笑んだ。
大野田総理は視線を隣に移した。
そこには外務大臣が待機していた。
「外務大臣」
大野田は静かに呼びかけた。
「中国側から、最後通牒に対する反応はまだ届いていませんか?」
指揮所内の空気が、一瞬だけ張りつめた。




