耐えうる財政
大野田喜美総理の「やる気満々ね」という言葉が、まだ指揮所に小さく残響している。
その静けさを破るように、テーブルの反対側から一人の男が静かに口を開いた。
「総理……財政面については、申し上げておきます」
声の主は、財務大臣・寿々木範和だった。
13年前の2027年、中国による台湾侵攻の際、彼は中市早苗美内閣で環境大臣を務めていた。
本土へのミサイル着弾、827名の死傷者、そして国民世論の爆発的怒り──そのすべてを、閣僚の一人として真正面から受け止めた。
その後の防衛費大幅増額や憲法改正による再軍備では、環境大臣でありながら閣内調整に奔走し、財源確保の観点からも再軍備を支えた。
大野田喜美が総理に就任した際、彼女は迷わず寿々木範和を財務大臣に任命した。
「財政を戦争に耐えうるものに変える」──その使命を、寿々木は自らに課していた。
寿々木財務大臣は、卓上の資料を軽く指で押さえながら、落ち着いた口調で続けた。
「財務省も、憲法改正と同時期に徹底的な改革を行いました。
結果として、財政的にはある程度の長期戦になっても耐えうる体制が整っています。
ご安心ください。」
大野田総理は、わずかに身を乗り出した。
財務省の話は、彼女にとっても最も重要なポイントの一つだった。
寿々木大臣は、ゆっくりと説明を始めた。
「13年前までは、財務省は『ザイム真理教』と揶揄されるほど、借金大国というプロパガンダを流布し、増税と財源確保を至上命題にしていました。
しかし中市早苗美総理は、憲法改正と並行して財務省を根本から改革しました。
まず、財務省外局として『歳入庁』を新設。
従来、財務省が握っていた税収の徴収・管理・予算編成の大部分を、歳入庁に移管したのです。
これにより財務省本体は、文字通り『単なる経理担当』へと縮小されました。
特に大きかったのは、主計局から予算編成権を完全に取り上げ、官邸主導としたことです。
主計局は今、調整役に徹しています。
学閥や学歴社会の弊害を打破するため、民間企業出身者や他省庁からの登用を大幅に増やし、従来の閉鎖的な体質を一新しました。
この改革により、防衛費GDP5%超という前例のない規模の予算も、迅速かつ柔軟に執行できるようになりました。
緊急再軍備計画で必要となった原子力空母建造費、ミサイル量産費、選抜徴兵制関連予算──すべてが、国民の理解と支持のもとで、滞りなく捻出されています。」
寿々木大臣の声は淡々としていたが、その言葉のひとつひとつに、13年前の無力感を乗り越えた確信が込められていた。
大野田総理は、静かに頷いた。
胸の奥で、わずかな安堵が広がるのを感じた。
「戦争が経済に与える影響は、決して小さくありません。
しかし……日本は、それに耐えられる。
そうですね、大臣」
彼女の声は穏やかだったが、指揮所にいる全員に届くほどの力強さがあった。
寿々木財務大臣も、静かに頭を下げた。
「はい、総理。
国民の皆様が、再軍備を『まだ甘い』とまで言って支持してくださっている以上、財政は決して破綻しません。
むしろ、この大規模な財政出動が、内需を刺激し、好景気の一因ともなっています。」




