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再提出

 最悪な気分。嫌いな物で作ったミックスジュースを飲んだ気分だ。なんで俺は花咲さんと風呂に入ってるんだ?


 電車を降りた後から今の間の記憶が思い出せない。記憶はあるが、まるで夢を見ていたかのような感じだ。これを自分の記憶だと信じられない。信じられないものを事実だと思う事は出来ない。


 横目でシャワーを浴びてる花咲さんを見ると、ちょうど体を洗い終わるタイミングだった。女性の裸を見るのは初めてではないが、花咲さんのは少し違う。肉付きが良いというか、発育が良いというか。


「……エッチ」


「なんでさ」


「見るならちゃんと見てよ。そんな風に覗くような見方じゃ恥ずかしい……」


「今解凍中なんだ。指先一つ動かす事さえ出来ないよ」


 花咲さんはタオルで体を隠しながら浴槽に入ってきた。一般的な家庭よりも広い浴槽のおかげで、足は伸ばせないが二人で入っても苦じゃない。


「……カナタ君は、恥ずかしくないの? 裸だよ?」


「目に毒だとは思ってるよ。男の裸が美しいのは彫像だけだよ」


「……カナタ君は、お母さんが欲しいの?」


「あー、もう! ぶり返さないでくれ……」


「やっぱりそうなんだ。ちょっと前から何となく察してた」


「勝手に正解だと思わないでくれ。あれは所謂発作だよ。一人でいると心細くなるのが人間だろ? 良くない事を考えて、思いつめて、自傷やら自殺に発展するアレさ」


「私よりも、カナタ君の方が心配だよ」


「何が? あー、そういう事。大丈夫大丈夫。死にはしないよ。ただ最悪な気分が粘りつくだけだ。時間が経てば元通りさ」


「私がお母さんになってあげる!」


 突拍子もない。母親になるという言葉も、体を突き出してきた事も。少しは考えてから言動にしてくれ。


「私なら、カナタ君を理解してあげられる! もう二度と、カナタ君をあんな風にさせないから!」


「……はぁ。花咲さん、自分が何言ってるか分かってる? 君は健常者の世話係になると言ってるんだよ? 身体的にも精神的にも異常の無い人間をどうやって介護するのさ」


「それは、抱きしめたりとか、お乳を吸わせたりとか、あと―――」


「駄目駄目。性欲が前面に出過ぎてる。それは花咲さんがしたい事じゃん」    


「違う―――とは言えないかも……」


 冷静になったのか、花咲さんは退いていった。


「……母、とまではいかないけど、姉なら良かったと思う事はあったよ」


「じゃあ―――」


「じゃあ、じゃないよ。俺達には血の繋がりが無いでしょ? 血の繋がりだけが家族の証じゃないなんて台詞があるが、やはりチラつくものだよ。家族のように接してくるが、コイツは後から来た他人だ。他人という事は、そういう対象として見ても構わない。マッチ棒だよ。発火して、段々と持ち手に火が近付き、最終的にマッチ棒を手放してしまう」


「……」


「なに?」


「分かってはいるけど、カナタ君って強敵だね。確かに弱みを握ったはずなんだけどなー」


「捻くれ者だからね。俺は」


 先に風呂から上がろうと立ち上がると、ほぼ同時に花咲さんは浴槽に顔を突っ込んだ。妙な行動だと思ったが、自分の下半身を見て納得した。俺は慣れていても、花咲さんは初心なんだ。


 リビングのソファに座っていると、携帯に着信が入った。


 リンからだ。


「……もしもし」


『どうも、先輩。二日振りですね』


 電話越しに聞こえるリンの声色は、どこか怒っているようだった。


「まだ八時だぞ?」


『確かにまだ破局中ですが、電話ぐらい構いませんよね?』


「……怒ってる?」


『怒っていないとでも?』


「そりゃそうだ。この二日間、どうしてた?」


『心配ですか? 他の相手と楽しく過ごしてたかもって』


「そうだな。心配だったし、そうであってほしいとも思ってた」


『……狂ったように絵を描いてました』


「それは……予想出来なかったな……」


 リンの場合、普通の人間が言う「狂ったように絵を描いてた」とは訳が違う。出来栄えを気にせずにただひたすら描いていたに違いない。となれば、今リンの足元には才能の無駄遣いが大量に散らばってるのか。


「まさかと思うが、壁や床にまで描いてないだろうな?」


『……大家さんからは大変好評でした』


「お前、俺よりもよっぽど狂ってるぞ?」


『狂わせた本人が言えますか?』


「……お前は俺なんかと違ってちゃんとした画家だからな。絵に関しては天才児でもあり問題児でもあるのか」 


『……それで、先輩。単刀直入に聞きますが、花咲先輩との関係に答えは出せましたか?』


 頭を掻いた。一応は答えを出せたが、それを言ってしまっていいものかと。あまりにも非人道的過ぎて、再提出を命じられるかもしれない。


 悩みに悩んだ末、取り繕わずに言う事にした。


「……画家と絵画」


『……はい?』


「俺は花咲さんを作品として愛してた……そういう事だ」


『……乙女の初恋を踏みにじる答えですね』


「だよな」


『ちなみに、花咲先輩は何と言ってました? 打ち明けたんですよね?』


「素直に喜べない。真っ当な返事だったよ」


『……先輩。破局継続です』


「本格的にお前にフラれた?」


『生き死に関係なく、人間を作品と評する先輩の評価は歪んでます。その歪みが正されるまで、僕は先輩と破局―――いえ、絶交です』


「また難問を……お前は、それで良いのか?」


『人格の修正は若い今の内にですよ。大人になって、人の生き血で作品を作るようになっては困りますから』


「そこまでサイコパスじゃないよ……分かった。もう少しだけ、時間を掛けてみるよ」


『そうしてください。それじゃあ僕は手頃な作業部屋を探すので、これで失礼します』


 そう言い残して、通話は終わった。リンが本格的に絵描きに狂う前に、俺は俺の歪みを修正しないと。


「……さて、誰に助言を頼もうか」 

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