恋の終わり
ガタンゴトンと音が鳴ってる。ユラユラと床が上下に動いている。毒に侵されたように胸が苦しい。
後ろの席に座る花咲さんは、今どんな表情をしているのだろう。どんな気持ちなんだろう。背中合わせで座っているみたいだけど、背もたれの隔たりとは別の壁が今の俺達にある。
分かってる。あんな言葉を好きな人から言われたら、誰だって良い気持ちはしない。悲しむ権利は花咲さんにだけあって、俺が悲しむのは違う。
俺は何に悲しんでいるのだろう。
花咲さんとの関係に確かなヒビが入った事実に?
もっと別な言い方があっただろうという反省?
自分を好きになってくれた人を突き放してしまった後悔?
分かっている。花咲さんが今どんな表情を浮かべているのか眺められない事だ。今更常識的な事で感情が揺れ動く程、花咲さんに対する想いが明確化されてないわけじゃない。
「……カナタ君」
すぐ後ろから、か細い声が聞こえた。次に来る言葉は罵倒か、あるいは良心を傷付けるような言葉だろうか。
「カナタ君は、どんな私を見ていたいの……?」
花咲さんが呟いた言葉は、予想だにしていなかった言葉だった。
「……私、出来るだけカナタ君の理想で居続ける。だから……無かった事にしないで……」
「無かった事にしないでって?」
「カナタ君の心に私が居た事……」
「……分かった」
「分かってないよ……! 全然分かってない……!!」
俺が後ろの席に移動すれば、花咲さんの俺と恋仲になる目標が、惹かれ合うだけの点と点で終わってしまう。俺の恋は歪だが、花咲さんの恋は純粋だ。彼女の純粋な恋を歪めてしまえば、俺は自分を許せなくなってしまう。
景色が流れていく車窓を眺めた。さっきまで晴れていた外は雨が降っていて、まだ昼なのに夜のようだった。それはそれで良い景色を眺められるのだが、今はただ(雨が降っている)としか思えなかった。
去年の春から続く俺と花咲さんの妙な因果は、失恋で終わる。真っ当な失恋で終わるべきなんだ。
「私、カナタ君の恋人になれなくていいんだよ……?」
「そうか。それなら、綺麗に終われる」
「終わり? 何言ってるの? 今まで散々私の心を射止めておいて。カナタ君は私を助けてくれた。私に恋を教えてくれた。嫉妬も失恋も経験させてくれた。何も無かった私をカナタ君が一杯にしてくれたんだよ?」
「花咲さん。もうキッパリ諦めてくれ」
「あら? 今度は直接的だね。自分だけ戻る場所があるくせに」
「分からんさ。戻れる保証の無い愚行だったんだ。一人になったって、その結果を受け止めるだけだ」
「私、友達も家族もいない。家だって、今は置いてもらってるけど、このままだと出ていかないといけない。行く当ても寄る辺も無いんだよ、私」
「トウカさんがいるだろ。あの人なら、一緒に住む事くらい了承するよ」
「カナタ君が私を拒絶するのなら、私、死んじゃうかもよ?」
「……軽はずみに死ぬなんて言うな。生きてれば、良い事もある。それこそ、俺なんかよりも良い人と巡り逢えるさ。狩人じゃなくて素敵な王子様とさ」
車窓から見える景色に緑よりも人工物が多くなってきた。もうすぐ降りる駅だ。
「……カナタ君」
「今度は何さ」
「どうすれば考えを改めてくれる……? どんな言葉で、何をすれば、カナタ君は私から離れていかない……?」
「……もう、遅いよ」
そこから先、花咲さんが何か言ってくる事は無かった。降りる駅に着くと、花咲さんは先に席を立ち、乗り込んできた人達を掻い潜って降りていった。
電車から降りると、ホームには花咲さんの姿は無かった。駅の構内にまで来たが、依然として花咲さんの姿は見当たらなかった。
外は大雨だ。時折雷も鳴っている。通り過ぎていく外から来た人達が、電車の遅延を心配する声を漏らしている。
一瞬だけ音が消えた。自分の心臓の鼓動だけが鮮明に、慌ただしく聞こえる。
外に出た。
走った。
何処へ向かっているのかは自分でも分からない。ただただ、花咲さんへと駆けた。居場所など知る由も無いのに。




