美術展
日曜の朝だ。一睡も出来ずに迎えた日曜の朝は、異様な清々しさがある。
カーテンを開けた瞬間に浴びた朝陽の眩さに目は反応を示さなかったが、陽の温かさに心の清々しさが共感している。今日という日をずっと待ち望んでいたらしい。
一階に下りて、まだ眠っているはずの花咲さんの部屋に忍び込んだ。花咲さんはベッドで横を向いて眠っていて、その長い髪が孔雀の羽のように広がっている。良い夢を見ているのか、あるいは平凡な生活を送っているのか、表情は穏やかで隠し事が無い。布団からハミ出た右手は力無く開いて、たまに人差し指の指先が僅かに動いている。
角度を変えて眺めてみた。花咲さんと目線を合わせるようにしゃがむと、見下ろした時には感じられなかったあどけなさを感じた。どんな人間であれ、眠っている時は等しく同じなのだ。
次に後ろに回り込んでみた。ベッドが壁とくっついて設置されている為、僅かなスペースに入り込んで横になった。本当はもう少し距離を置いて眺めたかったが、勝手にやっている事だから贅沢は言えない。そうして見えたのは、花咲さんの後頭部と、髪に遮られたうなじ。顔が見えないと花咲さんかどうか判断出来ないが、それが逆に好印象なようだ。
しばらく眺めていると、花咲さんが寝がえりをうった。顔がこっちに向けられると、抱いていた高揚感やら何やらが一気に消えてしまった。我ながら、酷い男だ。
ゆっくりと瞼が開くと、花咲さん瞳が俺を視認した。それでも意識がまだハッキリとしていない所為か、特別何か反応を見せる事は無かった。
「……ん……んん? んん!? えっ!?」
完全に目が覚めた花咲さんは、俺が目の前にいる事に驚いた。反射的に後ろに後退ろうと体が動いたのだろうが、その所為でベッドから転げ落ちた。
花咲さんはベッドの下から顔を覗かせると、俺がいる事に驚き半分嬉しさ半分の眉の動きと目を動かした。
「ど、どうしてカナタ君が……!?」
「見たかったから。花咲さんの睡眠を」
「も、もう! 朝から驚かせないでよ~……!」
そう言いつつも、花咲さんの右手は俺の左手に触れていた。意識的なのか無意識なのか。そんな事はどうでもいいと、俺の心は無関心だ。
「ねぇ、花咲さん。今日は俺が決めていい? 何処へ行くかを」
「いいけど……何処に行くの?」
「さぁ? 何処だろうね」
朝ご飯を食べて、歯磨きをして顔を洗い、外用の服に着替えて家を出た。
外は雨の予感を感じさせない晴れ模様だが、予報によれば午後に降るらしい。
電車に乗り、花咲さんが座った席の隣の席に座った。花咲さんは自分の隣でも向かいにも座らない俺におかしな目を向けていたが、やがて車窓に顔を向けて景色を眺めていた。
そんな花咲さんを俺は眺めていた。窓に反射する花咲さんの表情は穏やかで、景色を楽しんでる様子。着ている服は先日と似たような感じだが、より秋らしい色合い。流れていく外の景色とは裏腹に、花咲さんの姿はブレる事なくそのままだ。惜しむらくは、呼吸時に若干動く胸。生物である以上、そこは妥協しなければいけない。
「ねぇ、カナタ君」
花咲さんが俺に振り返った瞬間、若干だが眉が強張った。こんな分かり易い反応をしておいて、俺は今まで気付けずにいたんだな。
「どうしたの?」
「何処で降りるの?」
「さぁ」
「さぁ、って……」
「とりあえず行ける所まで。一度でいいから、終点まで乗ってみたかったんだよね」
「この電車だと、終点は何も無い田舎の駅だと思うよ」
「今、どのくらいかな?」
「三駅過ぎたよ。もう乗ってる人、私達以外いないよ。ここから先の駅から乗る人も降りる人も滅多にいないから」
「そうなんだ。もしかして、過去に終点まで乗ってた?」
「時間潰しをする為にね。以前までは、アオと仲良くしてる風にしてなきゃいけなかったから。親にデートだって嘘ついて、こうして電車に乗って時間を無駄遣いしてたの。つまらなかったけど、一人でいる所を誰かに見つかる事は無いじゃない」
すると、花咲さんは席を立って俺の向かい側に移った。向かい合って、花咲さんの外見の良さを改めて実感した。アイドルを望まれるような顔の良さと、男子学生が劣情を抱く対象の体。実年齢より十歳ほど大人びた声色も良い。
ただ、そういう外見が良い人間は探せば何処にでもいる。男も女も、外見の良さをもてはやされるのは、狭い世界に限っての事。広く見れば、外見の良い人間は星の数ほどいて、更にそこに個人の好みやら何やらを付け加えると、外見なんてものは重要じゃない事に気付く。
本当に気付くべきは、その人の雰囲気。その人独自の個性。見た目が同じ双子であっても、必ず違いがある。その唯一性こそ、その人が持つ魅力であり、価値なのだと思ってる。
「……フフ」
「どうして笑うのさ」
「だって、今日は随分と私に見惚れてるから。本格的に惚れちゃった?」
「……後で、打ち明けるよ」
「え? あぁ……そ、そっか」
そこから花咲さんは一言も発しなくなった。俺と目を合わせる事も無くなり、俯いて指遊びを眺めた後、車窓へ顔を向けた。
「窓、開けるね」
車窓を少し開くと、舞い込んだ風が花咲さんの髪をなびかせた。
それを見た俺は一時的に動かなくなり、やがてゆっくりと席に腰を下ろすと、流麗な彼女に見惚れていた。
驚くほどにリアルな髪の一本一本。
非の付け所が無い完璧な横顔。
暖色でありながら秘める寒色。
おかしな所が無い姿勢。
俺は背もたれに身を預けて、それを眺めた。




