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分かってしまった

 家に帰った俺達は、すぐに風呂の準備をした。風呂が沸くまでの間、買った物を整理したり、今日のデートについての不満と改善点を聞かされた……気がする。


 正直、俺は上の空だ。あの時に見た花咲さんの表情がずっと思い出される。目の前に本人がいるというのに、まるで別人のように感じた。


「じゃあ、先にお風呂行くね」


「ゆっくりでいいよ。疲れてるでしょ」


「そうする。一時間経っても出てこなかったら様子を見に来てね」


「のぼせる前提?」


「アハハ! それじゃあ、お先行ってきまーす。のぼせない程度に!」


 そう言って、花咲さんは風呂に向かった。


 リビングで一人になり、抱いている疑心に思考を巡らせた。どうして思い出される花咲さんと今の花咲さんを同一視出来ないのか。


 同じ物であっても、出来栄えによって別の物のように見える。盆栽なんかそうだ。素人とプロでは、雲泥の差が生まれる。


 でも、それとは違う。思い出される花咲さんと今の花咲さんに、大きな違いは無いはず。違うとすれば表情だが、それだけで別人だと思わないはず。変顔しても、その人がその人である事に変わりない。


 月を見た後だったからか? 美しいものを見た残影というか、月の美しさが尾を引いていたのか。


 いや、だとしたら月が霞んで見えたのに説明がつかない。月の影響で花咲さんが魅力的になったのなら、その元凶である月を見たら霞むどころかより一層美しく見えたはず。


 単純に、俺が花咲さんを本格的に好きになっただけ? だから月が霞んで見えたのか?


 でもそうなると、どうして俺は今の花咲さんと別人として扱ってるんだ? 大きな違いは無いはずなのに。


 駄目だ。考えれば考える程、難しくなっていく。どうして俺はいつも身の丈に合わない難題ばかりを抱えてしまうんだ。


「お風呂上がったよ~」


「……え? もう?」


「もう、って……結構長湯しちゃった気がするんだけど」


「……はぁ。良い暇潰しだよ、ホント」


「どうしたの?」


「なんでもない。じゃあ風呂行ってくるよ」


 風呂場に入るなり、シャワーを浴びた。シャワーの音が不要な雑念を流していく中、俺の頭を最も悩ませている花咲さんの事だけが流れていかない。


 むしろ悪化した。瞼を開いていても、閉じていても、鏡を見ても、あの花咲さんの表情が映る。雑念が消えた所為だ。


「ハッキリさせるどころか、悪化してるだけじゃないか……!」 


 二日もあれば、俺が花咲さんをどう想っているのかが分かると思った。それで関係を定めて、また日常を送れると思った。


 楽観だった。二日も、じゃなく、二日しかない。今まで考えてもハッキリとさせられなかった男が、たった二日で明らかに出来るわけがない。別人のように生まれ変わったわけでもあるまいし。俺はつくづく―――


「―――別人のように、生まれ変わった……?」


 鏡を見た。何かに気付いた表情を浮かべている俺が映っている。


 もしかしたら、そうなのか? 


 そうだったのか?


 だとしたら、俺は人の尊厳を無視した最低な男だ。自己完結で納めておくべきものに心惹かれ、花咲さんに求めていたのか。


 この答えは花咲さんに、他の誰かに打ち明けられる想いじゃない。


「俺は……頭がおかしいんじゃないか……?」


 足の力が抜けた。後ろに倒れて後頭部を床にぶつけた衝撃が、感覚を鈍くさせた。シャワーの音はよく聞こえず、視力が急激に落ち、体に力が入らない。


『いっそこのまま死ね』  


 俺の心がそう囁いた。


 残念な事に俺は死ねず、鈍くなった感覚が戻ってきた。


「……明日、確かめよう」


 確かめるまでもなく、既に答えは出ている。その答えが正解だと確信もある。


 それでも確かめなければいけない。そうして打ち明けなければいけない。


 俺にとって花咲さんは―――

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