安心させて
朝・昼・晩の三つを兼ねたご飯を食べ終えた俺達は、服や雑貨を扱う店の商業集合施設へやって来た。たまに来る場所とは違い、ここには飲食を扱う店や本屋が無い。
「まぁよくもこう服や雑貨で埋め尽くしたもんだ。これだけ集まってたら、置いてある商品の趣旨が被ってる店もあるだろ」
店の数もそうだが、それ以上に人が多い。土曜日だからって理由で済まされる人混みじゃない。
見ればみんな服装に大分気合を入れている。当人の気持ちは分からないが、見てるこっちからすれば、周囲を煽るか威嚇しているようにしか見えない。それが正しければ、ここにいる全員にとって俺は格好の的だろう。アクセサリーの類はおろか、腕時計も着けていない。服はおろか、髪型も自然体だ。映画に出てくるような陽気な人間が、今か今かと俺をイジろうと狙ってる気がする。
ふと、花咲さんに視線を移した。花咲さんの服装もシャレてるが、他の人と比べてシンプルでモダンな感じだ。それでも見劣りしないどころか印象的に見えるのは、花咲さんの外見と雰囲気、あるいは俺の主観的な贔屓なのだろうか。
「……今更見惚れてるの?」
花咲さんはコートのポケットに両手を入れると、俺が色んな角度から見れるように左右に腰を捻った。
「それじゃあもう一度聞くね。今日の私、どうかな?」
「家を出る時に言ったじゃん。似合ってるって」
「それから?」
「悪いけど、花咲さんが期待してる言葉を送れないよ。俺に服は分からないからね」
「……ふん! 行くよ!」
また拗ねた。他人を具体的に褒めた事があんまり無いから、こういうクイズは不得意だな。そう思いながら、人混みで完全に花咲さんの姿が見えなくなる前に後を追った。
エスカレーター付近で花咲さんの手を掴まえると、俺の手だと気付けなかったのか、振り返った花咲さんは嫌悪感一杯の表情を浮かべていた。それで俺だと気付くと、まるで仮面を取るかのように表情を笑顔に変えた。
花咲さんの一段後ろからエスカレーターに乗り、さっきまで俺達がいた一階の様子を見下ろした。上から見下ろすと、着ている服がよく見えず、頭のてっぺんだけが見える。こう見れば、どんなに着飾ったって、皆同じ人間だ。
「さっきの花咲さんの表情。あれが本当の花咲さんなの?」
「ち、違うよ! あれは知らない人に手を掴まれたと思ったから! 気弱だとつけあがるでしょ?」
「こんな人混みでナンパはしないでしょ」
「ピュアだね、カナタ君は。女の子が怖いのはナンパだけじゃないんだよ? 体を触られたり、人気の無い場所へ連れ込まれたり。男の子よりもか弱い女の子には、色々と危険があるの」
「でも、さっきの表情が出来れば大丈夫だよ。大抵はビビって逃げるさ」
「絶対じゃない限り、安心出来ないよ。現に、カナタ君は全然気にもしてなかったじゃない」
「まぁ、もっと怖い顔をホラー映画で見てるし」
「とにかく! カナタ君に手を掴まれた所為で今の私はちょっと弱気です! カナタ君は責任を持って、私を安心させてください!」
そう言って、花咲さんは前を向いてしまった。安心させろって、どうやって。
すると、花咲さんが後ろ手に組んだ手が俺を手招いている事に気付いた。隣、いや前に移動すればいいのか?
もしかして、手を握ればいいのか?
俺はゆっくりと左手を伸ばし、手招きする花咲さんの右手に触れた。手の内側を指でなぞっていき、手の甲へ滑らせて握り、親指で手の平を撫でた。周囲の声や音で聞こえにくかったが、花咲さんは小さく笑い声を漏らしていた気がする。
二階に到着して、握っていた手を離した。だがすぐに花咲さんが俺の左手を掴み、やや強引に手を繋ぐ事になった。
「それで? 今度は花咲さんの期待に応えられた?」
「う~ん……内緒!」
「なんだそれ」
「正解か不正解か、思い悩む事ね!」
「……ちなみに、なんで手を繋いでるの?」
「理由なんかいらないでしょ。好きな人が近くにいるんだから」
それを聞いて振り解く気が起きなくなった。それにこんな人混みの中を歩くのだから、はぐれないように手を繋ぐのは合理的だ……なんて、カッコ悪い逃げ方だな、俺。
「あ、カナタ君! あのお店に入ってみようよ! お揃いの服買お!」
「いや、俺は別に着たくな―――」




