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ピーナツバターのサンドイッチ

 三人で昼ご飯を食べるという事もあり、俺と花咲さんの机をくっつけて一つのテーブルにした。机に置かれた二人の弁当は、サンドイッチ二つだけの俺とは違い、弁当らしい弁当だった。


「先輩、またサンドイッチだけっすか?」


「パンを重ねてるから食いごたえがある。中に挟んでるピーナツバターは腹にたまる」


「いや、実質八枚切りの食パン二つ分じゃないっすか。あと、ピーナツバターのみは流石に手抜きすぎますよ」 


「アハハ……あの、カナタ君。よかったら、私のお弁当のオカズ、いくつか貰う?」


 そう言ってくれたものの、花咲さんの弁当は男の俺からしたら小学生サイズで、気軽に貰っていい量ではない。端っこに添えてあるレタス二枚くらいなら罪悪感は湧かないか。


「先輩! 僕からも取っていいですよ! 唐揚げでも卵焼きでも、好きなのどうぞ!」


 一方で、リンの弁当はオカズの種類こそ少ないが、四角形の箱を最大限活用された量だ。弁当屋で売られてたら第一候補として選ばれるだろう。


「リンちゃん、だっけ? 凄く食べるんだね。私だったらそんな量、食べきれないよ」


「花咲先輩は少なすぎますよ! 他人に分けてあげる分も無いじゃないっすか!」


「そ、そうかな? 普通だと思うんだけど……」


「女子といえど、沢山食べなきゃブッ倒れます! 肉団子をあと三つは増やしていいと思いますよ!」


「でも、これの中身にウズラの卵が入ってるから、意外とお腹にたまるんだよね」


「……先輩方。ただ腹にためれるんだったら何でもいいと思ってませんか? 食事は補給! 噛む事による満腹感ではなく、実際に腹を満たさなきゃ駄目っすよ!」


「確かにそうかも。現にリンちゃんは元気一杯だしね! 部活はやっぱり運動部に入るの?」


「いや、美術部を予定してます」


「え……」


 早速意気投合してるな。リンの奴、中学の頃から男女に人気で、よく侍らせてたもんな。外見が全てだとは限らないが、外見で得をする奴がいるのも事実だ。


 それにしても、口の中がパサパサとピーナツバターのくどさで一杯だ。食後に飲もうとしていたコーヒーがあるが、今飲もうかな。


 カバンから取り出した缶コーヒーを開けると、二人が睨みつけるかのように俺を見ていた。


「なに?」


「先輩……流石に学生でそれはないっすよ……」


「ピーナツバターだけのサンドイッチと、缶コーヒーだけは、ちょっと……」


「仕方ないだろ。俺、料理出来ないし」


「そっか……えっと、それじゃあ―――」


「も~う、仕方ないですね~! そんな先輩の為に、また僕がお弁当作ってきてあげますよ!」


「―――また?」


「はい! 僕、中学の時は毎日先輩にお弁当作って渡してたんです! 先輩が中学卒業した後も作ってあげようとしてたんですけど、断られちゃってたんですよ!」


「だってお前の家、俺の家から近いってわけじゃないし。色々と面倒だろ?」


「でも、今は同じ高校! 学校で受け渡し出来ます! だから、また僕が先輩の為に愛妻弁当を作ってあげますよ!」


 俺の男友達は気味悪い発言をする奴しかいないのか。リンは俺に笑顔を向ける前に、今の花咲さんの表情を見てほしい。男が男に愛妻弁当を作るって聞いて俯いているよ。

 

 まぁ、でも実際リンが弁当を作ってきてくれるのは助かる。コイツが弁当を作ってきてくれたおかげで、昼休みの弁当が楽しみになれたし。不味かった事が一度も無かったんだよな。


「嬉しいけど、面倒じゃないか?」


「全然! むしろ、また先輩の為にお弁当を作れるなら嬉しいくらいです!」


「そっか。じゃあお言葉に甘えて頼もうかな。早速明日から」


「やった!! そうと決まれば、こうしちゃいられない! 今から先輩のお弁当を考えなきゃ!」


 リンは漫画やアニメのキャラクターのような早食いで弁当を完食すると、包んだ袋を片手に教室を飛び出した。


「明日、楽しみにしててくださいね! 先輩!」 


 去り際に扉からヒョコリと顔を出したリンが俺に笑うと、そそくさと自分の教室に帰っていった。


 騒がしい奴がいなくなったせいか、教室が静かに感じる。人はいるにはいるが、皆コソコソと何かを話している。おそらく、リンの可愛らしさについてだろう。性別関係なく、リンは理想の後輩タイプだしな。


 すると、俯いていたままだった花咲さんが、急に弁当を食べ始めた。しかし急いで食べたせいで、喉が詰まってしまったようだ。食い合わせの都合上、コーヒーを渡そうか考えている間に、花咲さんは持ってきていたお茶を飲んで難を逃れていた。


「プハッ! はぁ、はぁ……」


「大丈夫?」


「だ、大丈夫、です……あの、カナタ君。肉団子一つ、食べてくれませんか?」


「いいの?」


「はい。急いで食べたせいか、お腹一杯になっちゃって」


「そっか。じゃあ、ありがたく!」 


 花咲さんの弁当に残った色付き楊枝が刺さった肉団子を食べた。


 その瞬間、パサパサとノッペリで充満してた口の中に、肉と卵の味が広がった。きっとこれ以上に美味しい物はあるだろうが、今だけはこの肉団子が世界で一番美味しいと思えた。


「うん。美味い!」


「そ、そっか! エヘヘ!」


 花咲さんのおかげで、食の楽しみが一切無い俺の昼ご飯が、ちょっとだけ楽しくなれた。


 そうして、新たな問題が生まれる。肉と卵の味で和らいだとはいえ、未だピーナツバターが後を引いている。そこに苦味たっぷりのコーヒーを混ぜ込むのは、いかがなものだろう。


 恐る恐る残ったコーヒーを飲み干すと、口の中が混沌になる予想とは違い、全てが消え去って無になった。


 これはこれで、寂しい。

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