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深夜のお茶会

 今日は眠れなかった。正確に言えば、目を瞑っても数分後には起きてしまう。眠気はすっかり無いが、数分程度しか眠れていない事実に寝た気がしない。何事も時間よりも効果が大事だが、睡眠に関しては時間も大事なんだな。


 時刻は深夜一時。真っ暗なリビングのテーブルで一人、停電時に使うランタン型ライトの灯りを眺めながらコーヒーを飲む。何かを見ながら酒を飲むのが大人の嗜みだと聞いた事があるが、コーヒーでは真似出来ないようだ。変に落ち着くから、考えなくてもいい事を考えてしまって精神が病みそう。


「……何やってるの?」


 薄暗い廊下から、花咲さんがこっちを見ていた。薄っすらと見える所為で、この人が本物の花咲さんなのか偽物なのか疑ってしまう。仮に偽物だった場合、どんな呪いを掛けられるのか。


 体から骨が無くなる。

 穴という穴から髪の毛が生えて溺死。

 一日毎に体の一部分が石化。

 触れる生命を枯らす。

 

 考えれば考える程、俺ってホラー映画の才能が無いな。


「フフ。カナタ君も眠れないんだ」


「……え、何が? ごめん、花咲さんの事考えてて話聞いてなかった」


「ッ!? そ、そっか! 私の事、考えててくれたんだ……エヘヘ! ちなみに、どんな事考えてたの?」


 そんな事を言いながら、花咲さんは向かいの席に座った。ランタンの灯りに照らされた花咲さんは嬉しそうにしていた。表情だけでなく、机の上に出した両手で指遊びをしたり、若干体を左右に揺らしたりとご機嫌だ。


「花咲さんはどんな呪いを掛けるのか」


 俺がそう言うと、ご機嫌だった花咲さんはピタリと固まり、ゆっくりと困惑していく。


「の、呪い? えっと……私以外見る事も考える事も出来なくなる、とか?」


「普通に困る呪いだね」


「困ってるのはこっちだよ」


 二杯目のコーヒーを淹れるついでに、花咲さん用に紅茶を淹れた。


 偶然とはいえ、花咲さんが来てくれて良かった。あれ以上一人でいると、本当に精神を病むところだった。午後のお茶会ならぬ深夜のお茶会だ。


「コーヒーなんか飲んで大丈夫? 今日と明日は私とのデートなんだけど」


「飲み慣れない人にとってのコーヒーと、飲み慣れた人にとってのコーヒーの効果は全く違う。飲まないと眠くならないんだ」


「それって中毒症状とかじゃない?」


「そうなのかも。一日に飲む量が二杯三杯じゃ済まないし。俺にとっての三大栄養素にカフェインが仲間入りしてるのかも」


「カナタ君を解剖したら、中の臓器がコーヒーで染まってるかもね」


「怖い事言うね。まぁ、ピンクよりはマシかな」


「服の色の好みじゃないんだからさ……」


 今更だが、花咲さんってどんな話でも乗ってくれるな。俺が話したのはどれも返答に困るものばかりなのに、良い感じに返してくれる。このコミュニティ能力があれば、学校に行ってもすぐに人を囲めるだろう。花咲家で起きた事件も、みんな既に忘れつつあるし。そこさえ上手く躱せれば、普通に学校生活を送れる。


「花咲さん。学校に行かないの?」


「脈絡なく話を変えるね。むしろ、そっちが本題だったり?」


「ううん。今聞きたくなった」


「どうだか……今は、行きたくない」


「どうして?」


「……学校に行ったら、リンちゃんと楽しそうにしてるカナタ君を見ちゃうから」


「もう別れたよ」


「……私、推理してあげよっか? カナタ君は私の為に、リンちゃんと一時的に別れたんじゃない?」


 思わず眉が上がった。推理と言うから長々と話すものだと思ったけど、まさか結論だけを言うとは。そしてご名答だ。お見事過ぎて金一封でも送りたいくらい。


「どうしてそう推理したの?」


「カナタ君が家に帰ってきた時、私に言った「余計な事が頭をよぎらないようにする為」って言葉。最後の「為」ってのが引っ掛かってたんだ。別れた理由にそんなの使う時は、よっぽど破滅主義じゃなければ何かの意図がある。そしてカナタ君とリンちゃんの関係も理由にある。カナタ君はリンちゃんベタ惚れだし、リンちゃんはカナタ君の為なら何でも許容する。それを踏まえて先に話した「余計な事が頭をよぎらないようにする為」って言葉を考えると【一時的な恋人関係を解消】と推理したの」


「分かんないよ。単にリンよりも花咲さんの方が好きになったからかもしれない」


「それならそのまま別れた理由にするよ。要は私との関係に決着をつける為なんだよね? そして月曜日になれば、またカナタ君とリンちゃんは恋人に……」


「……どうかな?」


「え?」


「今日と明日。二日あるんだ。俺の意図を理解して一時的に別れたとしても、その二日の内に俺に愛想が尽くかもしれない。いや、むしろその方がリンの為になる。恋人であるにも関わらず、リンと花咲さんを天秤に掛けるような男に恋人の資格は無い。甘えてるんだよ、俺は。リンの母性に」  


 こんな事になるのなら、中学の時にリンが女子だと気付いてれば良かった。


 いや、同性だと勘違いしていたからこそ、ここまで仲良くなれた。


 真に反省すべきは、高校一年の春に、桜の木の下に立つ花咲さんを見つけなければ良かったんだ。


「……どうして、そこまで私の事を?」


「それを知る為の二日間だ。どんな結果であれ、この二日間で決着をつける。そうじゃなきゃ、リンにも、花咲さんにも悪い。手元に何も残らなかったとしても受け入れるさ」


「……少なくとも、私はカナタ君の傍に居るよ。カナタ君がどんな結論を出しても、私はカナタ君の傍に居る」


 花咲さんはカップの持ち手を摘まむ俺の右手に触れた。夜が少し肌寒くなった所為か、花咲さんの手は少しだけ冷たい。


 それでも、体温とは別の花咲さんの温もりが、俺の右手を通じて心に宿って熱となった。


 そうして気付く。心の奥底に、妙な嫌悪感がある事を。

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