愚行
「リン。土日の間だけ、俺とリンが恋人だという事を忘れてもいいか?」
帰宅途中、俺はリンに提案した。突拍子も無く言ったものだから、リンは困惑を隠し切れずにいた。やがて真剣な表情になると、腕を組んで俺が話すのを待った。
「土日、花咲さんと出掛ける。そこでハッキリしておきたいんだ。俺と花咲さんの関係。今後の付き合い方。その為に、一度リンとの関係を無かった事にしたい」
「……僕と恋人関係のままだと、答えは出せないんですか?」
「むしろその所為で分からずにいる。正直言って、リンも花咲さんも大事なんだ。でもリンと違って、花咲さんを何故大事な存在だと思ってるのか分からずにいる。片想いをしていた恋の残り香だと思ってたけど、そうじゃない気がした」
「だからフリーに戻って、花咲先輩の事を真剣に考えると?」
「本当はキッパリ答えを出せたら良いと思ってる。でも、俺はどうやら、花咲さんに親近感を覚えてるようだ。だから捨てきれずにいる。頭も心もリンで埋め尽くしたいのに、必ず花咲さんもいる。花咲ハルという女性に悩み過ぎてる所為なんだ。だから―――」
頬に鋭くも鈍い痛みが走った。リンは無言のまま、俺を置いて一人帰っていった。俺の馬鹿げた提案を許してくれたようだ。だからビンタなんてして、俺との関係を断ち切った。これは俺のプラス思考の思い込みではなく、リンに対する信頼と根の母性を知ってるからこそ。
だとしても。一時的だとしても、リンとの関係が無くなってしまった喪失感は凄まじいものだ。同時にリンに対する罪悪感も同じかそれ以上。仮に元の関係に戻れなくなっても、俺の提案は当然の愚行だ。
「……一人か」
頬に感じるヒリヒリとした痛みがリンとの最後にならない事を願い、自分の家へと足を進めた。
家に帰ると、明らかに機嫌が良い花咲さんが出迎えてくれた。
「おかえり! ねぇカナタ君、明日なんだけど―――って、どうしたの? その頬」
「……花咲さん。俺、リンと別れた」
「……え?」
「明日と明後日。俺は花咲さんと真剣に向き合う。それで俺と花咲さんの関係を明確化させる」
「ちょ、ちょっと待って! 待ってよ!! え……えぇ……? 別れたって、どうしてそうなっちゃったの?」
「言い方を考えなければ、余計な事が頭をよぎらないようにする為」
自分でも酷く冷たい言い方だと思った。それを聞いた花咲さんはもっと冷たい言い方だと思っただろう。
花咲さんは俺の胸倉を掴んだ。表情に滲み出ている困惑と怒りが、俺に「何故」と訴えてくる。
しかし、最終的に花咲さんは俺の胸に顔を埋めた。表情は見えないが、俺の背中に回した花咲さんの手には、強い束縛を感じた。
「……私も、言い方を考えずに言うよ……凄く、嬉しい……! カナタ君が私の為にリンちゃんを捨ててくれて、私……自分でも嫌になるくらい喜んでる……!!」
聞こえる涙声は、歓喜と悲しみのどちらともとれた。多分、どっちもなんだろう。花咲さんにとってリンは、厄介なライバルであると同時に、母親のようでもあったはず。
俺はもう既に、自分の選択に後悔し始めていた。
本当にこんな愚行を決行して良かったのか、と。
そんな後悔に反論出来る言葉は見つからなかったが、始めてしまった以上、もうやるしかない。俺と花咲さんの関係は、明日からの二日間で決まる。決めなければいけない。




