向き合う
帰宅途中、リンのお世話欲が爆発してしまい、急遽晩ご飯を作ってもらう事になった。
「晩ご飯を作ってあげるのも、先輩の家にお邪魔するのも久しぶりですね! 気合が入るってものです!」
「嬉しいけど……やる気が有り余り過ぎて買い過ぎたんじゃない? 一食分の食材とは到底思えない量だけど」
両手にぶら下げたパンパンの袋には、料理に使う食材しか入ってない。満漢全席でも作る気なのだろうか。
「それに、先輩の家に行きたい理由がもう一つありましたし」
「花咲さん?」
「正解です! カナタ先輩に限って浮気はしないと断言出来ますが、あの人は隙あらばカナタ先輩を誘惑しますからね~」
「誘惑……ん~、あれは誘惑ってよりも、ジャレてる感じかな? よくくっつくし、匂いも嗅がれるしで」
「……俄然確かめたくなりました」
そういえば花咲さんにリンが来る事を連絡してないが、まぁ大丈夫だろう。むしろ、俺以外の誰かと会うべきだ。リンに尻でも叩かれれば学校に行く意欲が湧くかもしれない。
家に着き、リンにポケットから鍵を取ってもらって玄関の扉を開けた。
「ただいま」
そう言ってみたが、返事が無い。リビングを見ても、花咲さんの姿は無かった。
袋を食卓のテーブルに置くと、置き手紙があるのを発見した。
【少し外に出てきます】
そう書かれているだけで、いつ帰ってくるのかは書かれていない。
「花咲さん、どっかに出掛けてるみたい」
「放し飼いですか?」
「ペットじゃあるまいし」
「まぁ、いないならいないで、僕にとっては好都合ですけど」
リンは俺の顎を摘まむと、顔を自分の方へ動かし、少し見つめた後にキスをしてきた。
「……どういうキス?」
「やる気アップです。これから晩ご飯の準備をしなくちゃいけないので」
「それだけなのか?」
「いつ帰ってくるか分からないんですから、今日はそれだけです! 学生カップルらしくって言ったんですから、しばらくエッチはしません」
「俺がするかもしれないよ?」
「その時は逃げます。先輩がどうしてもシたいなら、逃げた僕を捕まえてください」
俺の眉間にデコピンをすると、リンはキッチンへと移動した。正直今すぐシたい所だが、リンにガッツク男だと思われたくないので、グッと堪えた。
それから二時間経ち、時刻は午後六時過ぎ。食卓にはリンが作った晩ご飯が並べられ、後は食べるだけなのだが、花咲さんがまだ帰ってこない。メッセージを送っても返事は無いし、向こうから連絡も来ない。外は暗いし、少し心配になってきた。
「花咲先輩、帰ってきませんね……」
「何処に行ってるんだろう。何の連絡も無いし」
静かなリビングの中で、時計の針の音だけが聞こえる。その針の音が聞こえる度に、俺もリンも、嫌な想像が膨らんでいった。
連絡が無いのではなく、連絡が取れないのではないのか。
帰ってこないのではなく、帰ってこれないのではないのか。
拡大していく胸騒ぎの中、席を立ったのはほぼ同時だった。何も言わずとも、俺もリンも目的は一緒だ。少し早歩きで玄関へと行き、靴を履いてすぐに玄関の扉を開けた。
「うわっ!? ビ、ビックリした……!」
扉を開けた先には、今帰ってきたばかりの花咲さんが立っていた。ビックリした胸を抑えているが、特に乱暴された感じも、慌てて来たような汗も無い。
とりあえず一安心。同じように安心した表情のリンと笑い合った後、心の底から湧き上がった想いを声に叫んだ。
「「心配かけるな!!」」
「え……ご、ごめんなさい……」
その後、リンが花咲さんに何処へ行っていたのか問い詰めると、休日に俺と行く場所を探し回ってたらしい。つまりデートスポットの下見。それを聞いたリンは花咲さんの頬を限界まで引っ張り、強制的にリンの隣の席に座らされた。なんだか懐かしい光景だ。三人で生活してた時、これが日常だった。
晩ご飯を食べ終え、風呂を済ませたリンを家に送りに出た。道中、久しぶりに会った花咲さんに対する愚痴を聞かされたが、出てくる愚痴には花咲さんに対する心配が込められていた。
「それで―――あぁ、もう着いちゃいましたか」
「リンの家と俺の家って意外と近いのか?」
「いいえ。二人で歩きながら話すのが楽しくて、短く感じるんですよ」
「そうか。そうだな」
リンがマンションに入るまで見送るつもりでいると、マンション入り口前でリンが俺に振り返った。
「……先輩」
「ん?」
「あの人……花咲先輩の事、お願いします」
「なんだよそれ。いつから花咲さんの母親になったんだ?」
「だって、心配なんです。僕には先輩がいます。仮に先輩が僕のもとから去っても、親や知り合いがいます。でも、あの人はカナタ先輩だけじゃないですか。だから……花咲先輩をよく見ておいてください」
「……変な話だよ。リンは俺の恋人じゃないか。それなのに、俺に好意がある花咲さんを俺に任せるなんて」
「そこは正妻の余裕というやつです。それに……なんだか、可哀想じゃないですか。居場所も寄る辺も無いのは」
それは憐れみの言葉ではなく、リンの強い母性からくる言葉だった。
それから家に戻ると、花咲さんは玄関で俺を待っていた。
「カナタ君。おかえり」
「……ただいま」
どうしてだろう。リンの言葉の所為か、花咲さんが昔の俺のように見えてしまう。
「どうしたの?」
「……花咲さん」
「なに?」
「今日探し回ったデートスポット。今週の土日にでも行こうか」
「……フフ! うん! 行こう、二人で!」
このまま一緒に住んでも、俺達はハッキリとしないままだ。
俺と花咲さん。二人の関係を明確化させないと。




