子供は背伸びをする
朝から胸糞悪い現場を目撃してしまった。
階段ですれ違った女子グループの嬉々とした言葉で発す言葉が物騒で、彼女達が降りていった階段を上っていった。三階は特におかしな所は無く、四階に上がってすぐの女子トイレからすすり泣く声が聞こえてきた。ここのトイレは男女共に使われておらず、普通なら人がいるはずない。
女子トイレに入ると、濡れたリアナ先輩が床に座り込んでいた。臭いから察するに、ただの水を掛けられたわけじゃなさそうだ。
涙で顔がグチャグチャになったリアナ先輩と目が合った。頬は赤くなっていて、髪も滅茶苦茶だ。
「アンタの所為……アンタの、所為だから……!」
イジメていた自覚があるのなら、こうなる事は予感していたはずだ。それなのに彼女は、ノコノコと学校に来た。馬鹿なのか、あるいは「もしかしたら」と思っていたのだろうか。どちらにせよ、心ある人間に「もしかしたら」など都合の良い事は起きない。嫌な思いをすれば、それと同じかそれ以上の嫌な思いを返すのが普通だ。復讐する相手が孤立しているのなら尚更絶好のチャンスと活気づく。そう考えれば、やはりこの人は馬鹿なのだろう。
しかし困った事に、俺はこの人に対して僅かに可哀想だと思ってしまう。復讐したのはおそらく階段ですれ違った女子達。そう単純な話なら良いが、復讐とは無関係に彼女をイジメたのかもしれない。強い者が弱った今、肉体的にも精神的にも痛めつけて優越感に浸る道具にしたのかもしれない。その可能性を捨て切れずにいると、やはり僅かに可哀想だ。
その後の授業はロクに頭に入らず、リンが作ってくれた弁当の味もハッキリとせず、放課後になって一人教室に残った後も考えてしまう。
当然の報いと思うべきか。
新たなイジメに偽善を働かせるべきか。
教室の窓から夕焼け空を眺めながら考えても、夕陽に彩られた空の寂しい中にある美しさに目を奪われるだけだった。
「先輩」
振り向くと、リンが教室の扉の前に立っていた。リンは俺の何かに察したのか、微笑みを浮かべて俺の隣に来た。
「何かあったんですか?」
「……気にすべきじゃないのは分かってるんだけど。俺にちょっかい掛けてた先輩達がいたじゃん。その首謀者みたいな人がイジメられた姿を見たんだ」
「なるほど。それで僕が作ったお弁当を不味そうに食べてたんですね?」
「損な事したよ……それで、さ。朝からずっと考えてるんだ。イジメをしていた側がイジメられる側に回ったのをどう受け止めるべきかって」
「……やっぱり先輩、深く考え過ぎですよ」
「当然の報いと思えばいいのか。可哀想だと僅かに感じた気持ちをもっと感じるべきか。前者は冷たい人間だと嫌になるし、後者はあの人にイジメられてた人達が可哀想だと思ってしまう」
「答えが出てるんじゃありませんか? イジメてた側がイジメられる側になって可哀想。でもイジメをしていたのならイジメられてた人がいるわけで、やっていた事が自分に回ってきただけ。当然の報い。自業自得。そう順番づければ、少しは気が楽になりませんか?」
「……リンの言った通り、俺は深く考え過ぎだ」
「相手の気持ちに寄り添える、と解釈すれば良い所になり得ますよ」
「……俺もリンみたく、すぐに整理をつけれるようになりたいよ」
「簡単ですよ」
手を握ってきた。それ以上何かをする事はなく、ただ手を握って夕焼け空を眺めている。
「こうして教室に二人だけで夕焼け空を眺めるのって、学生カップルらしいですね」
そう言ったリンは夕焼け空に目を輝かせていた。
つまり、身の丈に合った自分でいろ、というわけなのか? 別に俺は同年代よりも上の立場で考えてもいなければ、下の立場でもない。ただ色々と考え過ぎてるだけだ。
いや、単に捻くれてるだけか。俺がどれだけ高尚な考えを持ったって、俺はただの十代の少年だ。捻くれた考え方で大人ぶってるだけ。分かっていた事だが、改めて自覚すると、頭も心も軽くなった気がした。
「……学生カップルって、他にどんな事をするもんなんだ?」
「別に具体的にするものでもありませんよ」
「でも―――」
「見かけたら駆け寄って、ただ傍にいる。物や行為で引き寄せずとも、初心な恋が自然と二人をくっつかせるんです」
「フフ。ロマンチストだな」
「でも、学生カップルというものは少し背伸びをするものでもあります。例えば―――」
不意打ちのように、リンは背伸びをして俺にキスをした。短いキスなのか、長いキスなのか。とにかくリンと一秒でも長くキスをしたかったから、リンの腰に手を回して、リンの口に舌を入れた。舌でリンの舌を撫でると、リンも舌で撫で返してきて、互いに舌を絡み合わせた。
唇が離れると、お互い息を荒くさせていた。そうまで必死になっていた自分達がおかしくて、笑ってしまった。
笑って。
笑って。
落ち着いた後、目と目を合わせて、またキスをした。
学生カップルにしては、俺達は少し背伸びをし過ぎだな。




