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同じ穴の狢

 家に帰ると、玄関で花咲さんが座って待っていた。


「おかえりなさい。カナタ君」


 いつからそこにいたのだろう。十分、一時間? まさか、俺が家を出てからずっとじゃないだろうな。


 部屋着に着替えてリビングへ行こうと部屋の扉を開けると、部屋の前に立っていた花咲さんが飛び込んできた。少し後退りしてしまったが、なんとか受け止めれた。


「カナタ君……学校、楽しくなかったでしょ……?」


「え?」


「私と一緒に居た時の方が、ずっと楽しかったでしょ……?」


「……花咲さんは、俺から出ていくんじゃないの?」


「そんな事言ってない……」


「言ったよ。この前のキャンプで―――」


「言ってない。言うはずないよ。だって、私にはカナタ君しかいないから」


 言った言ってないどころの話ではない。おそらく一人で家にいた寂しさで、過去の言動が記憶から消去されたのだろう。それほどまでに、花咲さんにとって俺は重要な存在になっているのか。


 まるで昔の俺だ。口では両親に「大丈夫」と言っても、この家で一人になると【大丈夫】とはかけ離れた精神状態になる。それでもリンとタケシがいたから、俺は寂しさを埋める事が出来ていた。


 この場合、俺が傍にいるのは花咲さんにとって幸か不幸か。寂しさの原因であり、寂しさを埋める唯一の存在。その両方が俺では、依存するのではないだろうか。助けてやりたいが、俺は花咲さんを心から追い出さなければいけない。だから、俺にとってのリンとタケシのように、寂しさを埋める人物を新たに見つけてもらうしかない。


 そういえば、トウカさんが花咲さんの事を良く想ってる男がいると言っていたな。どんな男なのかは知らないが、その人が花咲さんの寂しさを埋めてくれるのなら……。


「ねぇ、花咲さん。トウカさんから、何か聞いてない?」


「トウカ? どうしてトウカの名前が? なんでトウカの名前を言ったの? 今カナタ君の傍にいるのは私なのに」


「コミュニケーションが下手になったの? 人の話を最初から途切るんじゃない。それで、何か聞かされてない?」


「何も聞いてないから不思議に思ってるんだよ? ねぇ、どうしてトウカの話をするの?」


 聞いてない? まだ話していないのか。それともトウカさんの嘘だったのか。どちらにせよ、言ってしまおう。例えトウカさんの嘘だったとしても、俺から突き放すべきなんだ。 


「聞いてないんだ。キャンプの帰り、トウカさんから花咲さんに良い人を紹介するって聞いたけどな」


「もちろん、断ったよね?」


「それは花咲さんがする事でしょ。俺が断るのは変というものだ」


「どうして!?」


「俺は花咲さんの恋人ではない。ただの……ただの……」


 頭に浮かんでこない。俺にとって花咲さんは、一体なんだろう。


「カナタ君。私、寒いの。私を温めてよ」


 俺が迷ってる隙に、花咲さんは俺にキスをしてきた。突き放せばいいものを後退りしてしまった所為で、体勢を崩して押し倒されてしまった。


 俺に馬乗りになって尚、花咲さんは俺にキスし続けている。花咲さんの肩を掴んだものの、脳が花咲さんを離すのを拒む。力が入らない俺は、花咲さんにされるがままだ。


 長いキスが終わると、花咲さんは荒い息遣いで再び唇を近付けてきた。


 唇と唇が触れる瞬間、金縛りのようになった体を無理矢理動かして頬に逸らした。


「……どうして避けるの?」


「……出ていってくれ」


「なんで、私を拒絶するの……? カナタ君から私に近付いてきたじゃない……それなのに、恋人がいるから私を突き放すの……? たったそれだけの理由で……あんまりだよ……!」


 花咲さんの涙が頬に落ちてくる。涙が頬に落ちる度に、胸が、心が痛い。


「……ごめん、花咲さん」


 ようやく自由に動かせるようになった手は、花咲さんの頬へ動いた。両手の親指で花咲さんの涙を拭い、真っ直ぐ花咲さんの瞳を見つめた。


 やがて落ち着いた花咲さんは目を閉じ、貝殻に耳を澄ませるように、頬に触れている俺の手に手を重ねて微笑んだ。


「温かい……」


 そう呟いた花咲さんの言葉に、俺はホッとした。罪悪感が無いわけじゃない。


 ただ、花咲さんの寂しさを埋められた事が嬉しかった。


 だって、寂しさを埋めてもらっていた俺が、今度は誰かの寂しさを埋める事が出来たのが、嬉しかったんだ。

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