凱旋
久しぶりに学生服に袖を通した。鏡に映る制服姿の自分が滑稽だ。こんなにも学生服が似合わない人間だったのか。これじゃコスプレだ。
準備を終えて玄関へ行くと、未だ部屋着の花咲さんが見送りに来た。
「本当に行くの?」
「行かなきゃ駄目なんだよ」
「……行かなくてもいいじゃん」
「花咲さんは俺から出ていくんだろ? なら俺も、花咲さんから出ていかないと」
「呆気ないんだね……」
「これでも悩んだんだ。悩んだ末に出した答えなんだ」
「……いってらっしゃい」
見送りの言葉に、返事を声に出せなかった。
外に出ると、開放感が体を軽くさせた。一歩踏み出せた実感と、途中まで歩んだ道を無くした喪失感。元の日常に戻り始めただけだ。花咲さんと深く関わらないのが普通で、昨日まで傍にいたのが異質だったんだ。
「姉や妹なら良かったのに」
家に残った花咲さんに文句を呟き、通学路を歩いた。
その途中で、リンが待っていた。リンは俺の学生服姿を見ると、心の底からの安心が表情に現れていた。
「先輩……! 戻ってきてくれたんですね……!」
リンは俺の頬に触れると、肩まで撫で下ろしていく。俺を見つめる瞳は涙で揺れ、遂に涙が決壊すると、俺の胸に抱き着いた。大袈裟過ぎると思ったが、それほどまでに心配していたのだろう。リンは俺と違い、些細な変化を逃さない。だから、俺が花咲さんに傾いていた事を見抜いていたのだろう。
きっと賭けたのだ。俺が再び元の日常を歩む事に。俺自身がそれを望む事を。絶対そうなると確信していたわけではなく、もしかしたらと不安を抱えて、俺を信じたんだ。
リンを抱きしめようとした。しかしここで抱きしめると、互いに依存を発症しかねない。それで俺は、せめてリンの頭を撫でた。
リンの髪型は変わっていた。髪が肩までの女子としては短い髪型。最近この髪型になったのか、ずっと前からそうだったのか。いずれにせよ、そこが気になるくらいに、俺はちゃんとリンの事を見てやれずにいたんだ。
そうしてリンと一緒に登校すると、同じく登校してきた他の人達が俺を見て何かを話している。何を話しているのかは分からないが、少なくとも悪意は感じられない。俺を見る男子女子の羨望のような表情から察せられた。
リンと階段で別れ、自分の教室に向かった。教室に入ると、クラスメイト達は一瞬静まり返り、またヒソヒソと俺について話し始めた。やはり悪い噂ではなさそうだが、ヒソヒソと話されては、良い噂も悪い噂も気持ちが悪い。
自分の席につこうとすると、そこには既に男子が座っていた。俺を見て若干興奮状態だったが、挨拶すらしてくれない。
「カナタ!」
後ろからタケシの声がした。振り返った瞬間、駆け寄ってきたタケシに抱きしめられた。
「なんだよ! 来るなら連絡くらい寄こせよな! 朝からビックリしちまっただろうが!」
「タケシ……その―――」
「ん? あぁ、そうか! 席替えあったの分かんねぇよな! お前の席は廊下側。ちなみに俺の前だ!」
「いや、そうじゃなく―――」
「ささ! いつまでも立ったままじゃなく、座って話しようぜ!」
強引だが、他の連中とは違って真正面から来てくれて助かった。神経質気味になってる今の俺にとって、タケシは安心出来る存在だ。
新しい席に座ると、早速タケシが俺の机に腰を下ろした。一瞬モヤッとしたが、こんな事に文句を言っては本当に孤立する。
「タケシ。その……悪かった」
「え? 急にどうした?」
「カフェでお前に酷い当たり方しただろ」
「カフェ……う~ん……悪い、全然分かんない!」
「いや、だからさ、俺はお前に失礼だなんだと言っただろ? せっかく来てくれたのに、気を悪くするような言葉ばかりだった」
「なに言ってんだ。あれは当然の事だ。俺が非常識で、お前が俺を叱った。謝るのは俺の方だ。むしろ、謝るのは別にある気がするんだがな~」
「別?」
「……お前、一人で解決しようとしただろ。俺にはこれ以上何もするなとか言ったくせにさ」
あの事件の事を言ってるのか? 確かに自分で言った癖にと自覚しているが、タケシやリンを巻き込むわけにもいかなかった。
いや、だからなのか。必要ないと仲間外れにされたと思ったのか。逆の立場で考えてみて、すぐに分かった。
「……悪かったよ、一人で解決して。次はお前も巻き込んでやる」
「おう! じゃんじゃん巻き込んでくれ! それによ、あんまり大きい声で言えないんだがな……」
タケシに【耳を貸せ】とジェスチャーされ、耳を傾けた。
「今のお前、英雄扱いされてるんだぜ……!」
信じられなかった。タケシの性格、俺を見る男子女子の羨望の表情からして、嘘ではない事は分かる。それでも尚、信じられない。信じたくなかった。誰がどういう風に広めたかは知らないが、俺がやった事は決して自慢出来る事じゃない。他の解決策を探さず、突発的な暴力で解決。俺に怒鳴るばかりの警察の人達の反応が正しい行動だった。
しかし、冷ややかな眼を向けられるよりはマシかもしれない。ここは否定せず、彼ら彼女らの熱が冷めるのを待とう。




