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恋が俺を蝕む

 雨が降り始め、俺達はテントの中に避難した。テントの中はギリギリ二人横になれる広さで、予め寝袋が置かれていた。寝袋に足を入れ、雨が止むのを待っているが、止む気配が無い。花咲さんは既に寝袋に包まり、寝る準備を整えている。


「雨はいつまで続くんだろう?」


「このくらいなら朝まで降り続けてもいいな。小雨の音は耳に優しくて落ち着く」     


「季節が季節だから寒くなる一方だけどね」


「なら、風邪をひかないようにくっつかないと。ほら、来て」


 花咲さんは内側のチャックを開け、俺の腕を掴んだ。


「一人用なんだから、二人は無理だよ」


「分かってないな~。抱きしめてって言ってるの」


「心だけじゃなく、体まで支配しようとしてるのか? 花咲さんは俺の味方をしたいんじゃないの?」


「だってカナタ君、子供みたいに初心なんだもん。助言の一つや二つ、したくもなるよ。例えチャンスを潰す事になったって」


「そうなんだ……俺はまだ、何も分かっちゃいないのか」


 そんなんだから、俺は迷ってしまうのか。分かった気になって、空回ってる。


「……ねぇ、カナタ君」


「なに?」


「……私さ、出ていくよ」


「出ていくって、何処から?」


「……カナタ君から、かな?」


「どういう意味さ」


「折り合いっていうのかな。このまま時間を掛けても、カナタ君は私を選んでくれない。選んだとしても、リンちゃんを捨ててはくれない。私はカナタ君以外何もいらない。でも、カナタ君はそうじゃない。カナタ君は私以外も欲してる」

  

「浮気性な男だと?」


「そうじゃないよ。友人・恋人・家族。人の関係って、そういうジャンルに分けてる。でもカナタ君は、中でも家族を重視してる。だから捨てれないんだよ」


「また難しく言って……そもそも、せっかく築いた人間関係を捨てる必要あるかな?」


「未来永劫続く関係なんて無いよ。昨日まで凄く仲良かった人が、ちょっとしたキッカケで明日から他人同然なんて事もある。カナタ君が思ってる程、人の繋がりなんて簡単に解けてしまうものだよ」


 それは悲観し過ぎな主張とも、現実的な常識とも感じた。だから人は、コミュニケーションやプレゼントをするのか。関係を続かせる為、というより、繋がりが途絶えないように。


 横になってテントの天井を見た。降る雨がテントを小突き、傾斜に流れていく。邪魔な物が地面に無いおかげか、横になっても嫌な気持ちにならない。家の床で寝っ転がってる気分だ。


 やがて思い出す。すぐ隣に、花咲さんがいる事を。雨の音で吐息は掻き消され、寝袋が邪魔をして花咲さんを感じられない。花咲さんが隣にいる事なんて、意識しなければ忘れてしまう。これじゃまるで花咲さんが空気のような存在だ。そんな軽い存在じゃないはずなのに。


 こういう事なのか。どれだけ大切な人でも、一時の興味や関心に惹かれ過ぎると、呆気なく忘れ去ってしまう。思い出せるかもしれないが、一時でも忘れてしまう。それで大切な人と呼べるのだろうか。


 いや、そういうものなんだろう。言葉や想いで大切だと主張しても、一瞬目移りした隙に時間は流れ、空白が生まれてしまう。その空白が人と人の繋がりを引き裂く。だとしたら……俺はタケシに酷い事をしたな。あんなに大切な友人に対して、無関係な人みたいな言い方で批判して。


「……花咲さん」


「ん?」


「この世界で誰か一人を想い続けるのは、難し過ぎるね」 


「……それは、広く見過ぎてる所為だよ。もっと視野を狭めれば、大切な人が離れたりしないよ」


「それはきっと、死人にしか出来ないよ」


「辛いね。生きてる間は想い合えないなんて」


 雨がテントの傾斜に沿って流れていく。忘れられない体験をしたって、時が経てば忘れてしまうのだろうか。憶えていたとしても、おぼろげになってしまうのか。


 どうしてタケシと友人になったんだろう。


 どうしてリンと友人になったんだろう。


 どうして、花咲さんに恋をした瞬間は鮮明に憶えているのだろう。


 春に花咲さんと知り合ってから、俺の人生が狂っていく。家族同然だと思ってたリンとタケシが、ただの恋人と友人になってしまう。花咲さんがいるだけで、全部が色褪せていく。


 これでは癌じゃないか。


「カナタ君……私、いなくなっちゃうよ?」


 その言葉に無意識に反応してしまった。  


 そうなる事を見越して、花咲さんは待ち構えていた。

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