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肉体と心

 夕暮れ。周りを囲む紅葉は昼の鮮やかさから一転して、不気味に蠢く。これから夜になれば、暗闇の中で紅葉の色が目立つ。それは意志を持ったかのように、俺達に恐怖心を与えてくる。そういうのから色んな化け物の逸話が作られるのだろう。


「紅葉に囲まれながらキャンプするのも良いね~!」


「そうですかね。あぁ、晩ご飯ありがとうございます。いつの間にこんなの作ってたんですね?」


「作ったのはアタシじゃないよ」


「じゃあ誰が……」


 トウカさんは缶ビールを傾けながら、何処かへ手を振った。目で追っていくと、少し離れたテントで二人の女性が手を振り返していた。ここなら絡みに来ないと言っておきながら、自分は他に絡みに行くのか。


「さて。子供はテントに籠ってなさい。外に出ててもいいけど、単独行動は控えてね」


「え? 帰るじゃないんですか?」


「まさか! 何の為にテント設営したと思ってるの?」


 トウカさんは飲んでいるビールを飲み干すと、傍に置いていた袋を手に椅子から離れた。


「じゃあ、アタシはお礼してくるから」


 そう言って、トウカさんは先ほど手を振っていた女性のテントに足を進めた。


「カナタ君。トウカは何をしに行ったと思う?」


 トウカさんの背を眺めていると、花咲さんは椅子を持って俺の隣に来ていた。


「何をって、お礼でしょ。多分、袋の中身はお酒じゃないかな」


「それで?」


「それでって……まぁ、一緒に飲んで話すとか?」


「それだけで終わるはずないでしょ」


「じゃあ……え? い、いや! 女性相手だよ!?」


「同性同士なんて、今時珍しくないでしょ。トウカみたいにどっちもは珍しいかもだけど」


 そういう人もいるのか。性別を理由に拒絶しないのは素晴らしいが、だからといって軽過ぎじゃないか。あれが大人の性事情ってやつか。


「トウカさんって、恋人はいるの?」


「いないんじゃないかな? やめた方が良いよ、あの人は」


「そんなんじゃないよ。ただ、過激化したスキンシップに誠実さを忘れてるんじゃないかって」


「つまり誰かれセックスするようなトウカは嫌いだって意味ね」


「快楽とは危険なものだね」


「カナタ君が言うかな? リンちゃんと会う度にシてるくせにさ」


「恋人同士だと、そうなるのさ」


「でも、さっき私とキスしてくれたよね?」


「あれは―――」


 反論しようと花咲さんの方へ振り向いた瞬間、花咲さんにキスされてしまった。俺がムキになるのを見越してたのだろう。


 唇が離れた後、花咲さんと見つめ合ったまま止まった。もう一度しようと思えば出来るが、花咲さんは俺を見つめるばかり。俺からキスするのを待っているのだろう。


 焚き火に顔を背けた。口惜しさがある。花咲さんに策略があると思わなければ、俺は自分から花咲さんにキスをしていた。今まで同じ状況であってもスルー出来たのに、どうして今日は出来ないんだ?


「分かんなくなっちゃってるでしょ。リンちゃんの事が好きなのに、どうしてこんな女に現を抜かすのか」   


「こんな女なんて―――ッ!?」


 またムキになって花咲さんの方を向くところだった。こうも俺は操られやすいか。


「心って、どこか浮ついてるものよ。人間の体は脳によって動いてる。意識・無意識関係なく、体のありとあらゆる場所は脳によって支配されてる。でも、心は違う。心だけは、脳の支配から免れてる」


「同じだからでしょ。脳も。心も」


「諸説はあるみたい。同一視する人もいれば、心は肉体と繋がった霊体とか」


「急にオカルトの話をしてどうしたの」


「つまりカナタ君の心は私に傾きつつあるって事」


「まさか」


「リンちゃんと体を重ね過ぎた弊害ね。私の方が、リンちゃんよりもカナタ君と会話してる。心と心を通わせてるのよ」


 誰の所為で。そう言いたかったが、花咲さんの言葉にも一理ある。


 夏休みにリンと二人で行った水族館。楽しめたかはともかく、あれ以来デートらしいデートをしていない。二人っきりで会えば、すぐにセックスしてしまう。若者らしいと言えばそうかもしれないが、まだ付き合って半年も経ってない俺達がセックスばかりでは、それは依存症だ。


 いや、本当にそうなのかもしれない。だから俺は花咲さんに恋心めいた熱を覚えたのか。


「……今度、リンと遊びに行くよ。遊園地とか」


「私も行っていい?」


「これはデートなんだ。恋人じゃない花咲さんは連れていけないね」


「残念。でも、今は独り占め出来るもんね!」


 花咲さんは俺の腕に抱き着くと、肩に頭を乗せてきた。フワリと香る花咲さんの髪の匂いや体温の温かさに安心してしまう。腕から感じる胸の感触には何の魅力も感じない。本当に心だけが花咲さんに傾いているようだ。


 そうして俺達は夕焼け空が夜空になるまで、焚き火を眺め続けた。

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