行き先は何処へ
今日はトウカさんと会う日だ。事件があったのを最近になって知ったようで、昨日の夜に花咲さんに連絡が来たらしい。てっきり花咲さんだけが会いに行くと思っていたが、トウカさんは俺も呼んでるらしい。
待ち合わせに指定されたのは、花咲さんの家。事件後に初めて見る花咲さんの家は、不気味な程に静まり返っている。今は誰も住んでいないのだから、静かなのは当たり前だが、そういう生活音だけじゃない。まるで悪夢の中に出てくるような雰囲気を帯びている。
「待ち合わせ場所。他の所の方が良かったんじゃない?」
「トウカはこの街に住んでないから、ここ以外だと道が分からないの。まさかまたここに来る事になるなんて」
「この家、どうなるんだろう?」
「住んでる人がいないんだもの。空き家として売られるんじゃない?」
「他人事のように言うね。元住居者とは思えない」
「まぁ、良い思い出なんて一つも無かったから」
すると、車のエンジン音が聞こえてきた。道の先の曲がり角から見覚えのある車が曲がってくると、俺達の前で停車した。
「ハル!!」
トウカさんは慌てた様子で車から降りてくると、駆け寄る勢いを落とさずに花咲さんに抱き着いた。咄嗟に花咲さんの背を支えなければ、押し倒されていただろう。
「どうしてすぐに連絡くれなかったの!? いや、それ以前に、どうして何も相談してくれなかったの!?」
「トウカに心配かけたくなかったの。言えば無理矢理でも私を連れていくでしょ?」
「当然! でも、無事で良かった……!」
トウカさんは花咲さんの頬を触りながら、安心した笑顔を浮かべた。感動的場面だが、やはり俺が場違いだ。呼ばれた理由が分からない。
すると、トウカさんは俺に視線を向けた。
「聞いたよ。君が助けてくれたんだってね」
「え? 誰から?」
「この子だよ。ハルから。君にも、感謝しなくちゃね」
そう言うと、トウカさんは俺の後頭部に手を回すと、そのまま胸に俺を抱き寄せた。
「ちょ、ちょっとトウカ! 何やってんの!?」
「なにって、お礼だよ。男の子はおっぱい好きだからね」
だからといって自分の胸を押し付けるのはどうかと思う。そりゃあトウカさんの胸は大きいが、有無を言わせずやるのは押し売りだ。よほど自分に自信があるのだろう。
解放された後、息を止めていたのもあって空気が美味しく感じた。潔癖症なのだろうか。トウカさんの胸で呼吸をしたくなかった。
「さて! 今日は二人共時間があるんだよね? お姉さんとドライブしましょ! ささ、乗った乗った!」
「いや、俺―――わっ!?」
断ろうとした矢先、トウカさんに腕を引っ張られ、そのまま助手席に座らされた。後から花咲さんも後部座席に座ると、車は発進してしまった。
「君、カナタ君で合ってるよね? ハルを救う為に単身家に乗り込むなんて肝が座ってるわね! やっぱりアタシの彼氏にならない?」
「またそんな事言って……カナタ君、気にしなくていいよ」
「でも良いじゃない! カナタ君はハルの為に体張ったんだよ? 他人の為にそこまで出来る人って、世界中捜してもそんなにいないよ。それにカナタ君って、結構良い体してそうだし。さっき触れた腕なんか、凄く男の子だったよ」
赤信号で車が停まると、トウカさんが体を傾け、俺の首筋に鼻を近付けてきた。
「それに良い臭いがする……」
「……それで何人の男を喰ってきたのか分かりませんが、俺には逆効果だと教えておきます」
「あら? 前会った時よりも女慣れしてるね? あぁ……そっかそっか。もう貰われちゃってるのか」
「青ですよ、信号」
後ろに車がいなかったのもあり、トウカさんは特に慌てた様子も無く、車を走らせた。バックミラーで花咲さんの様子をうかがうと、眉間にシワを寄せて運転席を睨んでいた。友人が目の前で異性を口説いてる姿は見たくないものだ。その相手が自分も狙ってる人物なら尚更。
しばらくして、車内が無音な事に気付いた。会話はあるが、ラジオや音楽の音が全く無い。父さんでさえラジオを流してるのに。
「トウカさん。ラジオとかって聞かないんですか?」
「あら? お気に入りの局があったりする?」
「いえ、そうじゃなく。ただ何も流さないのが不思議に思って」
「変な所に疑問を持つね。まぁ、別に理由は無いよ。強いて言うなら、安全の為?」
「ラジオを点けないのが?」
「好きな音楽を聴きながら走ると気分が良くなるかもしれないけど、それだと運転が二の次になりそうじゃない。気にする程の事じゃないかもしれないけど、アタシは気になるの。自分が何をしているのかを第一に考えてないと、フラッと飛んじゃいそうで」
「そうですか。なら今は尚更聴けませんね」
「そうそう! いつもより運転に気を遣ってんのよ!」
意外と慎重派なのか。いや、車の運転に限った話なのかもしれない。本当に慎重な人間なら、俺に大胆なアピールしないもんな。
それにしても、トウカさんは俺達を何処へ連れていく気なのだろう。乗ってから三十分は超えてるけど、目的地と思わしき場所は通り過ぎ、今は何も無い道を走ってる。窓から見える景色も、建物よりも緑が多くなっている。




