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心が離れてしまわないように

 今日の風呂は沁みた。リンに爪や歯で傷をつけられた所為だ。新鮮味があって良かったが、あれを毎回だと身が持たない。


「お風呂に入ってた時、随分と苦しそうにしてましたね」 


 そう言いながら、リンはアイスコーヒーが入ったコップを俺に渡した。隣の席に座ったリンは、思い出しながらクスクスと笑った。少しムッとしたが、俺はベッドで乱れるリンの姿を知っているから、おあいこだな。


「そういえば先輩。さっき冷蔵庫の中身を見たんですけど」


「あったでしょ? クッキー」


「そうではなく、冷凍食品やインスタントしかありませんでしたよ? ちゃんとしたご飯を食べれてないんですね」


「花咲さんが自堕落でね。それで俺が飯当番になってるんだが、手軽さに甘えてしまってさ」


「僕は家事全般得意ですよ?」


「それじゃ家政婦になるだろ。前に一週間住んでみて分かったんだ。恋人とは同居するよりも、別々に暮らして会えない時間を作った方が良いって事に」


「花咲先輩と二人っきりでいたい言い訳ですか?」


「二週間くらいか。それまで何も無かったんだ。リンが心配する必要はないよ」


「僕が心配してるのは心の方ですよ。人って簡単に影響されちゃうんです。例え先輩が花咲先輩を抱かなかったとしても、その心は花咲先輩に染められてしまう。そう考えると、長く二人きりにさせるのが怖いんです」


 それで肩入れし過ぎと言ったのか。盲点だった。てっきり体の関係に発展するのを恐れての言葉だと思っていたが、そうか心か。


 しかし、やはり心配する必要は無いと思う。俺はリンが好きだ。そこは変わらず、むしろ増してると言ってもいい。花咲さんを気に掛けるのは、ただ心配なだけ。彼女は一人で、頼る先が俺しかいない。だから俺以外に頼る先を見つけるまでは、見捨てように見捨てられない。


 アイスコーヒーを飲み干すと、すぐにリンが空のコップを手に取り、自分のコップも持ってキッチンへと向かった。


「先輩。先輩は、ずっと僕を好きでいてくれますよね?」


 おかわりのアイスコーヒーをコップに注ぎながら、リンは俺に訊ねてきた。


「当然だろ」


「……僕、先輩が花咲先輩とセックスしても、許しちゃう気がするんです。怒りはしますけど、先輩の好きな人が僕のままなら、許します」


「俺は……どうなんだろう。リンみたいに心が広いわけじゃないからな」


 リンはアイスコーヒーを俺の前に置くと、横から顔を出して、俺にキスをした。唇と唇が触れるキスじゃなく、一方的に押し付けられるキス。さっきまでもそうだったが、今日のリンは攻め気だ。


 長いキスが終わると、今度は右耳に軽くキスをした後に囁いてきた。


「ちゃんと戻ってきてくださいね……」


 そう言い残すと、リンはリビングから出ていった。


 アイスコーヒーを飲みながら戻ってくるのを待っていたが、リンは中々戻ってこない。リビングから出て捜してみたが、何処にもリンの姿が無い。


 玄関の靴を見ると、リンが履いていた靴が無くなっていた。


「帰ったのか?」


 リビングに戻り、時間を掛けてアイスコーヒーを飲んでいると、玄関の扉が開いた音がした。玄関に向かうと、そこにいたのは花咲さんだった。


「なんだ。花咲さんか」


「酷い言い方。もしかして、リンちゃん来てたの?」


「そうだけど」


「はぁ……ズルいな~、リンちゃん。一度でもいいから、私もカナタ君に抱かれたいよ」


「俺のベッドで勝手にシてた人の言葉かね。それよりも、アオの様子はどうだった?」


「……カナタ君はもうご飯食べた? 食べてないなら、一緒に食べましょうよ」


 花咲さんは家に上がると、自分の部屋に向かっていった。あれは見舞いに行ってないな。


 その後、ご飯を食べる花咲さんを眺めながら、俺はアイスコーヒーを飲み続けた。時計の針が午後八時を指す頃、諦めてインスタント食品を食べた。

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