亀裂
花咲さんは最後まで嫌そうな顔をしてアオの見舞いに出掛けた。本当に行くかどうかは分からないが、一応アオには連絡を入れておいた。検温の時間を報せる女性の声からして、やはりまだ入院していやがる。あの時の看護師と同じ女性だろうか? アオなら二人目、三人目を口説き落としてたっておかしくない。
今日は花咲さんが一日外出するから暇が出来る。その暇を使って、リンとタケシと会う。リンとは昨日会ったばかりだが、タケシは久しぶりだ。
待ち合わせ三十分前。指定したカフェに着くと、既にリンが待っていた。
「リン……」
「先輩……」
以前までなら同時に駆け寄って腕を組んだが、今は出来るだけ暗い表情を見せないよう努力するので手一杯だ。それはリンも同じだろう。
「……タケシ先輩は少々遅刻するので、中で待ちましょうか」
「そうなのか?」
「え? だって、タケシ先輩ですよ……?」
「そうか。そんな奴だったか」
「……入りましょうか」
一人カフェに入っていったリンの後ろ姿を眺めた後、俺もカフェに入った。
注文したアイスコーヒーは氷がキューブ型の物だった。長持ちするかもしれんが、嫌いだな。窮屈に見えてイライラする。
「―――!!」
「―――!!」
「―――!!」
窓際の席に座る三人組、何を話してるんだろう? 三人とも女性でいいんだよな? どうして同じ髪型をしてるんだろう。仲良しの証とでもいうのなら、服装も合わせるべきだ。視界に入れると気分が悪くなる。それになんであんなに声を大きくしているんだ。ここにいる全員が友人じゃないんだから、弁えるべきだろ。
落ち着いて話す為にカフェを選んだが、失敗だな。事前に来て客層を知っておくべきだった。
「……先輩」
「なにさ?」
「……クッキー。花咲先輩に渡してくれましたか?」
「クッキー? ……あぁ、あれか。冷蔵庫に冷やしておいてるよ」
「渡してないんですか……?」
「ごめん。夜に渡すよ。今度は忘れない」
そうか。あのクッキーは花咲さん用だったのか。俺に肩入れし過ぎと言っていたが、リンも同じじゃないか。ちょっと安心した。
ストローを咥えようとした矢先、出入り口が開いた音がした。タケシだ。タケシから視線を時計に移すと、待ち合わせ時間から四分過ぎていた。その程度なら誤差―――
「お! そこにいやがったな! 今回は遅れずに来れたぜ!」
「四分過ぎてますよ」
「四分くらい許容範囲だろ! 今までと比べたらさ!」
「まぁ、そうですけど」
「だろ? そんじゃ、行くとするか! 何処に行く? 久しぶりにボウリングでも―――」
「失礼じゃないか。あまりにも」
「―――え?」
「俺もリンも、まだ飲み物が残ってる。それに店に入ったなら、なんでもいいから頼むのが最低限のマナーだろ」
「あ……ああ……えっと、じゃあ何か頼んでくるわ……」
タケシは注文の列に並びにいった。時折俺の方を横目で見てくるのはなんだろう。
「先輩。今の言い方は駄目ですよ」
「そうだったか?」
「そうですよ。タケシ先輩にとっては、ただでさえ縁の遠い場所なんですから」
「まるで母親だな」
「……先輩は今日、何をする為に僕達を誘ったんですか?」
「久しぶりに三人集まったんだ。だから暇を使って空白を埋めようとしてるんだ」
「暇じゃなきゃ、花咲先輩を優先するんですか?」
「どうして花咲さんが出るんだ。今日は夜までいないよ。今頃アオの見舞いに行ってるか、別の場所に行ってるだろう。それにね、暇だから友人と交流するもんだろ」
「……ちょっと、席を外します」
そう言うと、リンは席を離れた。トイレに向かうものだと思っていたが、その足はタケシのもとへと行き、何やら二人で話し始めた。十七秒の短い会話が終わると、タケシは買った飲み物を直で一気に飲み干し、戻し口に空のコップを置いて店から出ていった。
リンは出入り口の前で立ち止まると、俺の方へ戻ってきた。
「タケシ先輩は帰しました」
「帰した?」
「ええ。あの人の為でもありますから」
「そうか。じゃあタケシとは日を改めてまた会おう。リンはどうする?」
「……花咲先輩は、夜まで帰ってこないんですよね?」
「ああ」
「なら、先輩の家に行きます」
リンは自分の席に座ると、右手でコップを持って、左手でストローを摘まみ、飲み物を飲む前にストローを噛んだ。
花咲さんから見た俺も、こんな感じに分かり易いのだろうか。リンは怒っているんだ。だから咥えるだけのつもりが歯を立ててしまう。
それにしても、結局リンと二人か。まぁ、こうして顔を合わせられたんだし十分か。




