試合観戦
タケシから練習試合の観戦に誘われた。場所は相手校のグラウンドで行われる。そこまで遠い場所じゃないし、観に行く事にした。
実際来てみると、自分が通っている高校と結構違っていた。校門を通るとすぐ校舎があり、裏手にグラウンドが三ヵ所にある。置いてある物や構造からして、それぞれ野球、陸上、サッカーに使われているのだろう。俺の所も広いには広いけど、ここまで明確に分かれていない。
三つの内、一番活気のあるグラウンドへ向かうと、既に試合は始まろうとしていた。観戦している親御さんの列に混じろうと思ったが、どっちがどっちの高校を応援しているのか分からない。タケシの両親がいればそっちへ行けたのだが、生憎今日はいないようだ。
「カナタ君?」
後ろへ振り向くと、花咲さんがいた。ちゃんと応援する為なのか、私服ではなく、学校のジャージを着ている。
「花咲さん。悪いんだけど、どっちが俺達の学校を応援してる列かな?」
「右側の方だよ。そっか。タケシ君がいるもんね」
「そう。たまには応援しに来いって言われてさ」
「そうなんだ。良い友達だね」
「まぁ、たまに気持ち悪い言動をする男だけどね」
「違うよ。カナタ君に言ったの」
「俺? なんで―――」
その時、試合開始のホイッスルが鳴った。
「あ、始まっちゃった! カナタ君!」
花咲さんは俺の手を引き、応援する列の端に連れていった。タケシの姿を捜すと、一番前の真ん中に立っていた。
「サッカーは遊び感覚でならやった事あるけど、ちゃんとしたルールとか全然知らないんだよね」
「私も。ゴールしたら得点が入るくらいしか知らない」
「とりあえず、相手のゴールまでボールが運ばれたら声を出そうか」
「うん。アオ、試合に出るかな……」
あの場にいないという事は、ベンチなのだろう。試合に出てる人はほとんど三年生ばかりで、タケシだけが例外だ。それでも全く浮いた存在にならず、むしろあの中で一番存在感を放ってる。アイツってやっぱり凄い奴なんだな。
試合が始まって五分もしない内に、タケシ達のチームが相手ゴール付近までボールを運んでいた。声を出して応援しようとするも、その間に複数人のパスを通じて、最後はタケシがゴールを決めていた。ほんの数秒の出来事だ。
「凄い! タケシ君って凄いね!」
「ああ。大したもんだ」
ゴールを決めたタケシが三年生達に喜ばれながら最初の位置へ戻ってくる最中、俺が応援しに来ているのを見つけると、笑みを浮かべて人差し指を立てた。まずは一点、と言いたいのか。
その後もタケシは追加で二点を取り、三点のリードを維持して前半が終了した。
「タケシ君、本当に凄いね。一人で三点も取っちゃうなんて」
「アイツの凄い所は周りがよく見えてる所だよ。周りの選手がどう動いて、何処に自分がいれば最高の形になるかを常に考えてる。それで作ったチャンスを決めきる力。同じ男として、カッコいい奴だよ」
「……タケシ君がいれば、どんな相手でも勝てそうだね」
その言葉とは裏腹に、花咲さんは少し落ち込んでいた。おそらく、タケシがいるせいで、花咲さんの恋人が試合に出る可能性が低い事を悟ったのだろう。
「それは分からないんじゃないか?」
「え?」
「試合といっても、今回は練習試合。タケシが言ってたよ。もしかしたら出してみるかもしれないって。花咲さんの恋人を」
実際、俺の言った通りになった。後半が始まると、三年の一人と花咲さんの恋人が入れ替わっていた。
「アオだ! 本当にカナタ君の言う通りになった!」
「……そうだね」
遠目から見ても、緊張している後ろ姿だ。まだ入部して一ヵ月で、初めての試合。周りはタケシ以外三年の先輩。上手くいけばいいけど。
ボールの奪い合いの中、タケシが取ったボールがアオにパスされた。アオの前には一人と、更に後ろに一人。一人で抜けてゴールを決めにいくか、フリーになってる選手にパスを出すか。
アオが取った選択は、前者の突破だった。タケシから聞いていた通り、かなり動きが良い。一人抜かし、その後ろにいた一人も抜かし、あとはゴールを決めるだけ。
しかし、アオが放ったシュートはゴールの遥か上を通り過ぎていった。
「あぁ、惜しい!」
そう叫んだ花咲さんのように、他の親御さん達も同様の言葉を叫んだ。
はたして惜しかっただろうか。確かに二人突破してシュートを放ってみせたのは見事だった。
だけど、彼だけでなく、もっと広い視野で見ると色んな可能性があった。最初にフリーになってる選手にパスを出していたら、もしかしたら違ったかもしれない。シュートを放つ時、かなり無理な体勢だった事から、思い切り蹴るのではなく、転がすくらいで良かったかもしれない。それかシュートを放つタイミングでパスを出せば、他の選手が決めていたかもしれない。
これら全ては結果論だ。それに部活に入って一ヵ月目は関係なく、かなり良いプレーだった。一つ確かな事は、緊張していた事だ。緊張というのは馬鹿に出来ない。どんな才能の持ち主といえど、緊張していれば本来の実力を発揮出来ない。
俺と同じ考えをしているのか、タケシは素早くアオに寄り添い、笑顔で励ましていた。それ以外の選手は、あまり良い顔でアオを見ていない。
それから試合が終了するまで、どちらも得点が入らず、結果はタケシ達の勝利で幕を下ろした。
「アオ……」
「シュートは入らなかったけど、初めてにしては凄い活躍だったよ。次はシュートを決めるよ」
「そうだね。じゃあ、言ってくるよ! 今日は本当に頑張ったねって! 今日は一緒に応援してくれて、ありがとう! またね、カナタ君!」
そう言って、花咲さんはアオの所へ駆け寄っていった。
「カナタ!!!」
花咲さんと入れ違いにタケシが俺の所へ来ると、タケシは俺に抱き着いて揺さぶってきた。
「なんで俺がゴール決めても澄ました顔してたんだよ! 喜べよ! 狂ったように!」
「喜んでたよ、心の中で」
「声に出せ!!!」
「帰宅部に無茶言うなって」
「ハハハ! でも、マジでお前が来てくれるとは思ってなかったからさ! 滅茶苦茶気合入ったよ! ありがとな!」
「おう。じゃあ、祝勝会に飯行くか。俺が奢ってやるよ」
「じゃあラーメン食いに行こうぜ! 餃子つけていいよな?」
「餃子だろうがチャーハンだろうが、好きにしろよ」
学校から出ると、花咲さんとアオが並んで歩いていた。手は繋いでいないが、会話が無いようには見えない。この前花咲さんから悩みを聞かされた手前、二人には良い感じになってほしい。




