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近くて遠い

 今日も今日とてミステリードラマ鑑賞。やりたい事もやる事も無い時は、とりあえずテレビを点けるのが人間だ。その中でミステリー作品は暇潰しにもってこい。明らかに金の掛かった作品より、お馴染みの人が主演のミステリードラマは良い意味でも悪い意味でも安定している。


「あ。またサスペンスドラマ観てる」


 ソファに胡坐で座って鑑賞していると、花咲さんが後ろから抱き着いてきた。頭頂部に花咲さんの顎が刺さるように置かれていて気になるが、頬をくっつけられるよりはマシか。


「カナタ君って意外とオヤジだね。サスペンスばっかり観る十代なんて今も昔もいないよ?」


「サスペンスじゃなくてミステリーね」


「えぇ? サスペンスじゃない? ミステリーは犯人を捜し出す作品で、サスペンスは犯人の経緯と結末が明らかになっていく物でしょ」


「へぇ。花咲さんって意外とそういうの知ってるんだ。映画とかよく観てたの?」   


「変なのしか観ないけどね」


 ドラマはいつも通りの展開で進んでいき、いつも通りの終わり方で終わった。安定した面白さと言うべきか、これしか出来ないと言うべきか。


 次に観る作品を選ぼうとした時、花咲さんにリモコンを奪われてしまった。


「次は私が選ぶ」


「……恋愛以外でね」


「どうして?」


「感情移入が出来ないから。ある程度感情移入出来ないと、途中で飽きちゃうでしょ」


「今のカナタ君なら、大丈夫なんじゃない?」


 そう言って選ばれたのは【水無娘】という映画。俺が産まれる前の映画のようだ。


 都会での暮らしに疲れた夫婦が田舎に引っ越してきた。村の人達は優しい人達ばかりだったが、色々と不便になってしまった生活に男の妻の不満が募り、反対に男は穏やかで何も無い村の虜になっていく。

 ある日、男が村を歩いていると、密集している家から外れた場所に一軒の家があるのを見つけた。そこは誰も住んでいないような雰囲気で、庭の雑草は伸び、年季を感じさせる木造の家のあちこちは酷く劣化していた。

 そこで、男は妖艶な女と出会う。家の古さとは反対に、女は穢れを知らず、男を惑わす色香を漂わせていた。その女は村人達から水無娘と呼ばれている。水無とはかつて村に咲いていた花の名前であり、水が無くとも美しく咲き続けている事から名付けられた。その花のように、水無娘は存命している九十七歳の村人が少年だった時から容姿が変わらないという。

 男と水無娘は徐々に意気投合していき、そんな二人の仲を男の妻は良しとしなかった。寝静まった丑三つ時、男の妻は水無娘を殺した。

 しかし翌朝。水無娘は何事も無く男と会っていた。その異様さに男の妻は男に警告し、村人達も男に警告する。

 だが、男には最早声は届かない。身も心も、水無娘に陶酔してしまっている。

 映画の最後。その村はダムの建設によって退去を余儀なくされた。男は最後の最後まで抵抗するが、結局村は水に沈む。水に沈んだ村に男は膝から崩れ落ちる。

 そんな男のもとへ、水無の花が流れ着くのだった。


 良い映画だった。最後までホラーなのかミステリーなのか、はたまた恋愛映画だったのかは分からない。ただ、観終わった後に胸にポッカリと穴が空いた。その感覚が何故か心地いい。良い物を見れた実感というところか。


「どうだった?」


「良かったよ。昔の映画とかって、妙に不穏な終わらせ方をするよね」


「カナタ君がこの映画の主人公だったら、どうする?」


「まず写真を撮りまくる」


「私だったら心中しちゃうな」


「あの水無娘と?」


「うん。ああいう他人の事なんか気にせずに愛せる相手が欲しいとずっと思ってた。そして、今、その相手はここにいる」


 花咲さんの両手が俺の胴体を弄る。映画の途中、主人公の男と水無娘が絡み合うシーンが出てから、花咲さんの手の動きがいやらしかった。吐息も聞こえてきて、頭頂部の臭いを嗅がれてた気がする。


「カナタ君……私には水無娘のような色香が無いの? その気にさせる事は、出来ないの?」


「出来ない。俺は浮気な男じゃないからな」


「じゃあ、どうして嫌がらないの? ずっと触られて、臭いを嗅がれて。普通だったら嫌がるよ」


「……拒絶出来ないんだ。駄目な事だと分かっていても、俺は花咲さんを拒めない」


「……喜んで、いいのかな?」


「どうだろうね」


 俺は花咲さんの事が好きだ。


 でも、その好きはリンに覚える好きとは違う。リンから向けられる好きにはそれ以上で返したい。花咲さんに向けらる好きは受け止めるが、返す事は無い。とても残酷な人間だ。


 ソファを回って花咲さんが俺の膝の上に跨った。互いに相手の肩を掴む。


 花咲さんは近付く為。


 俺は遠ざける為。


「……フフ。現実はやっぱり映画のようにはいかないね」


「そうだね」


「でも、だからといって諦められない。幸い主導権はこっちにあるからね」


 そう言って、花咲さんは左手に持つリモコンを俺に見せびらかした。体の向きを反転して、俺を椅子のようにして遠慮なく座った。


「さて。次はどんな不倫映画を観ようかな~」


「どんな映画だよ。あれ観ようよ。自然界のドキュメンタリー」


「じゃあ自然界の不倫ドキュメンタリーを観よっか」


「どんな自然界だよ……」


 淡々と流れていく自然界の日常。ゆったりと落ち着いたナレーションの声。


 観始めてから十分もしない内に、俺も花咲さんも寝落ちした。    

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