二人暮らし
朝。水を浴びて眠気を吹き飛ばし、リビングへと移動した。
「おはようございます。先輩」
「おはよう、リン」
テーブルに用意されているコーヒーを一口飲み、僅かに残っている気怠さを苦味で掻き消す。二口目を飲む頃にはテーブルに朝食が並べられた。そうして席につき、リンと一緒に朝食を食べる。
朝食を終え、身支度を済ませ、玄関へと行く。
「いってらっしゃい、先輩」
見送りに来たリンが目を閉じた。見上げた顔の唇は僅かに突き出ている。
「いってくるよ、リン」
俺はリンにキスをした。
その時、違和感を覚えた。唇と唇が触れているのに、感触が無い。キスをしているはずなのに、実感が湧かない。
そもそも、俺は何処へ行こうとしているんだ? ここは何処だ?
そうして顔を離すと、花咲さんがリンと入れ替わっていた。
「カナタ君―――」
突然、暗闇に包まれた。
再び視界が晴れると、そこに自分の部屋の天井があった。
「夢か……ん?」
体を起こした時、右腕に引っ張られる感覚があった。見ると、花咲さんが俺の隣で眠っていた。
「いつの間に……」
念の為、自分の頬を叩いてみた。これは現実のようだ。
花咲さんを起こさないように掴まれた右腕を解き、自分の部屋から出た。リビングに行く途中で洗面台に寄り、顔を洗って歯を磨いてからリビングに向かった。当たり前だが、リビングにもキッチンにもリンの姿は無い。
冷蔵庫からリンが作った昨晩の残り物を取り出し、レンジで温めた。今からご飯を炊く気にもならず、トースターに食パンを二枚セットした。先に温め終わったオカズをテーブルに並べていき、トーストに塗るマーガリンとジャムを用意しておいた。
そうして朝食の準備を終え、あとは食べるだけなのだが、一向に花咲さんが下りてこない。このまま花咲さんを待ち続けては冷めてしまう。しょうがなく、起こしに行く事にした。
再び自分の部屋へ行くと、花咲さんは俺のベッドで布団を被っていた。
「起きてるじゃん。花咲さん、朝ご飯の準備出来たから」
「う、うん! 分かった!」
そう言ったにも関わらず、花咲さんは顔を出してこない。布団の中で妙にモゾモゾと動いている。
「……花咲さん」
「す、すぐ行くから! ちょっと待ってて!」
「……布団剥いでいい?」
「だ、駄目!! 今は駄目!!」
「なんで?」
「その……」
近くに寄って触れてみると、布団の中の花咲さんが跳ねた。跳ねる瞬間、妙に艶のある声を漏らしていた。
「……退去ポイント加点しとくね」
「待ってよ!! 私何もしてないよ!?」
「じゃあ布団から出てみてよ。今すぐ」
「今すぐは無理! 十秒待って!」
「分かった。じゃあ数えるから。一―――十」
無理矢理布団を剥がすと、そこには半端に服を脱いでいる花咲さんがいた。左手は胸に。右手は股に。十中八九、アレをシてたんだろう。
責める気持ちを一旦抑え、花咲さんがどんな言葉で誤魔化すかを待っていると、花咲さんはぎこちない動きで再び布団を被った。
「……はぁ。この家に居候を初めて一週間。俺を誘惑したり、俺に何かしたら加点されていく退去ポイントが残す所あと三ポイント」
「え、もうそんなに溜まってたの?」
「そうだよ。多く見積もって五十ポイント制にしたのに、一週間で四十七ポイントってどういう事なの? 出ていきたいの?」
「そんな事ない! カナタ君は善意から私を家に置いてくれて、その恩に報いる為に色々としてあげたいんだよ!」
「恩を仇にしちゃってんだよ」
「だって一週間だよ!? 一週間好きな人と同じ屋根の下にいるんだよ!? 好きが抑えられないって!!」
「開き直った……知り合い始めた頃の花咲さんが懐かしいよ。ミステリアスで絵になる人でさ。それが今じゃ性欲の塊だ」
「……今の私は、嫌い?」
被っていた布団からヒョコリと顔を覗かせてきた。その不安げな表情に、これ以上何も言えなくなった。俺が流されやすくなければ、こんな風に妙な関係で引きずる事も無かっただろう。
いや、そんなんじゃない。ただ単に、俺は花咲さんを嫌いになれないだけだ。流されやすいんじゃなく、選んで捨てられないだけ。リンという恋人がいるのに、我ながら酷い男だ。
「とりあえず、布団から出てきてね。説教はもうしないから。朝ご飯食べよ」
「うん……エヘヘ」
「なんで笑うの?」
「なんだかんだ言って、カナタ君って私に甘いよね?」
「自覚があるなら反省しなさい。またリンにお仕置きさせるよ?」
「はい、起きます。起きるので、リンちゃんには言わないでください」
花咲さんは被っていた布団から出てきた。部屋から出る前に、花咲さんの服を着直してあげて、一階のリビングへと連れて行った。
「それじゃあ」
「「いただきます」」
今日も花咲さんとの一日が始まる。




