これまでも これからも
今日から文化祭が始まる。
どこも気合が入っていて、中でもリンのクラスは演劇をするようで、熱意ある宣伝のおかげで期待されてるらしい。
文化祭の最後は生徒達の出し物を燃やし、その炎を囲って踊るらしい。お焚き上げみたいだ。
「カ、カナタ君……! そろそろ、休憩、しない……!?」
息も絶え絶えに汗を流した花咲さんが呟いた。柔らかな頬は秋の紅葉のように紅潮している。
「もうバテたの? まだ始めたばかりじゃないか」
「も、もう無理……! 私……アァァァッ!!」
花咲さんの声が山に響いた。反響する花咲さんの声は、聞く人によってはあらぬ誤解をしてしまう声だ。
俺と花咲さんはしばらく学校に行けなくなった。肉体的にも精神的にも疲弊した俺達を気遣って、学校側から休みを押し付けられた。学校に登校するのは、十分に休んでからでいいらしい。停学扱いなのか聞いてみたが、休んでる間も出席扱いにしてくれるとの事。せっかくここまで気を遣ってくれたのだから、向こうから登校して来いと言われるまで休んでやろう。
そんなわけで休みを貰った俺と花咲さんは、暇潰しに山登りに来ている。本当は俺一人で行くつもりだったが、花咲さんが一緒に行きたいと懇願してきて、仕方なく連れてきた。
その結果がこれだ。登り始めて二十分程度で音を上げた。荒れた道でもなければ、急斜面というわけでもない。むしろこの山は初心者コースみたいなものだ。
「だから言ったじゃん。花咲さんは家で待ってろって」
「だって、一人だと寂しいんだもん……」
「父さんも母さんもまた出張に行ったからね。今度は冬に帰ってくるらしい」
「季節ごとのイベントか何かなの?」
「それにしても困った。まさか花咲さんの体力がここまで低いとは思いもしなかったよ」
「だって山だよ? 逆にカナタ君はどうして平然としていられるの?」
「ここ普通に登れる場所だからね。三十分もあれば往復できる低い山。山ってよりは丘だよ」
実際、見上げれば登り坂が見えなくなっている。もう山頂だ。
このまま花咲さんを置いていくわけにもいかず、花咲さんをおぶって登り切った。
平日だからか、山頂には誰もいなかった。適当なベンチに花咲さんを下ろし、その隣に俺も座った。
「ふぅ……なんとか登り切ったね!」
「その台詞は最後まで登り切った人が言える台詞だよ」
「私はここにいるよ?」
「俺がおぶったおかげでね」
「ありがとね~!」
「どういたしまして」
登る前に買っておいた飲み物を袋から取り出し、紅茶を花咲さんに渡した。花咲さんはおよそ紅茶の飲み方ではない豪快な飲みっぷりで飲み干すと、首に巻いているタオルで顔を拭った。見ていて羨ましさを覚える程に山を登った人みたいだ。
「……良い天気だね」
「そうだね。今頃、学校じゃ文化祭の真っ最中か」
「確か、リンちゃんのクラスは演劇だよね? しかもリンちゃんが主役! あーあ、見たかったな~」
「録画したのを持って明日来るらしいよ。ついでにご飯も作ってもらおうかな? 久しぶりに食事らしい食事をしたいし」
「……その言い方、私が作った料理に不満があるように聞こえるけど?」
「味は良いけど、リンと比べてバリュエーションが少なくてね」
「レシピ本でも買おうかな?」
「レシピ本といえば、ネットで面白いのがあったな。映画とかで出てくる料理の作り方が載ってる本でさ、結構ページ数も多いんだ」
「へぇ。じゃあそれ買おうかな」
「でも、ほとんど味が想像つく物しか載ってないらしいけどね。それでいて普通のレシピ本の何倍も値段がする」
「お金の無駄?」
「そうとも言える」
袋からおにぎりを二つ取り出し、片方を花咲さんに渡した。買った時も開けた時も商品名を見ていなかった為、中身が何なのかは謎だ。
「中身は何だった?」
「……酸っぱい」
「梅か。じゃあ俺のは……酸っぱ」
「梅だね」
「同じ列から取ったからそりゃそうか」
「でも、汗をかいた後だし、気持ちが良い場所で食べたからか、今まで食べた梅のおにぎりより美味しく感じるよ」
「……そうかもな」
晴れた空を眺めていると、花咲さんが俺に身を寄せてきた。花咲さんは俺を横目で見ると、幸せそうに微笑んだ。
「カナタ君。やっぱり私、カナタ君の事が好き。ずっとこうして、カナタ君の隣にいたい」
「……これ食べ終えたら、すぐに下山するよ」
「えー!? もうちょっと休んでからにしようよ~!」
「しょうがないだろ。帰りの電車一本しかないんだぞ?」
「うぅ……帰りもおぶっていって」
「駄目。下りる時くらい、自分の足で下りろ」
一気に放り込んだおにぎりをコーヒーで流し込み、早速下山した。後ろから「待ってよ!」と花咲さんの声が聞こえると、少し間を置いて、花咲さんが俺の背中に飛び込んできた。
結局、俺は花咲さんをおぶって下山した。
帰りの電車の中で、花咲さんは俺に寄りかかって眠った。俺に寄りかかって寝息を立てる花咲さんに可愛らしさを覚えた後、流れていく景色を車窓から眺めていた。




