父親
今日の夕食は特別な夕食だ。父さんと母さんがいる。ついでにリンと花咲さんも。そんな特別な夕食に相応しい食べ物がすき焼きだ。グツグツと煮込まれた野菜とキノコは格別で、特にネギが美味い。一回のすき焼きで一年分の野菜を食べられそうだ。
「先輩。お肉食べないんですか?」
「食べない食べない。俺はすき焼きと鍋の時はベジタリアンだから」
「すき焼きはお肉が主役な気がするけど……」
「アッハハハ! カナタは昔からこうなんだ! 多分」
「そうね! よそってあげる時にお肉を入れようものなら、怒られるんでしょうね! 多分」
「……先輩、ちょっといいですか?」
リンは会話を聞かれないように、俺を少し離れた場所に連れていった。
「あの、なんで先輩のご両親、最後に多分ってつけるんですか?」
「だって、あんまり揃って食べた事ないから」
「だとしても言いますか? あと、話し始めた時は凄く明るい表情だったのに、多分って言う時にこの世の終わりくらい暗い表情になるんですけど」
「ああいう人達なの。自分で言って後悔するのが染みついてるんだ」
「なるほど。じゃあ、出来るだけそうならないような話題を出し続けますね」
リンは謎に気合の入った様子で戻っていった。流石はクラスの教祖。場の雰囲気を読み取ってコントロールする能力に長けている。
それと入れ替わりで、今度は花咲さんがやってきた。
「エヘヘ!」
「どうしたの?」
「リンちゃんの真似!」
「要件は?」
「何も無いよ? ただカナタ君の傍にいるだけ!」
「よし。戻れ」
花咲さんを反転させ、席に戻した。
席に戻ると、リンが俺との思い出を語って盛り上がっていた。
「そうなの!?」
「ええ。それはもう、カナタさんは凄く荒っぽくて」
「知らなかった……僕達が知らぬ間に、カナタが不良になってたなんて……!」
「だーれが不良じゃ」
「中学の美術部の話をしてました!」
「あぁ、不良の時か。ここまで盛り上がる話題でもないだろ。なんで負の一面で盛り上がるんだ」
「ねぇ、カナタ。その時のカナタに戻って、ママ達に悪口を言ってちょうだい」
「え、やだ」
「おぉ! 片鱗が見えたぞママ!」
「ええ! あぁ、これからママ達はどんな酷い言葉で殴られるんだろう……!」
ちょうど頃合いの白菜を取ろうとした瞬間、リンに腕を引っ張られて連れてかれた。
「先輩。ご両親と普段どんな接し方してるんですか?」
「普段って程いるわけじゃないからな。こうして三人揃うのは、年四回くらいかな?」
「どうして言ってくれなかったんですか!? 言ってくれれば僕がいつでも先輩のお母さんになったのに!」
「頼むリン。お前だけは常識人でいてくれ。お前も狂ったらいよいよだ」
「……分かりました。この爆発しそうな母性は、今度二人っきりの時に」
「え、何するつもり? ちょっと、何するの!? ねぇ、何で何も言わずに行っちゃうのさ!?」
不穏な言葉を残して、リンは席に戻っていった。
そうしてまた入れ替わりで花咲さんがやってきた。
「エヘヘ!」
「要件は?」
「な―――」
「よし。戻れ」
こんなやり取りが、すき焼きが空になるまで続いた。夕食を口に入れた回数より、廊下に連れてこられて話した回数の方が多かった気がする。
夕食が終わると、母さんと二人は洗い物をして、俺と父さんは飲み物を買いに車で出掛けた。
「久しぶりだったな。こうして三人集まって食事をしたのは。しかも今回はガールフレンドが二人も! いやぁ、我が息子ながら末恐ろしいな!」
「そんな事より、本当に良いの? 花咲さんをこの家に住まわせる事。提案した俺が言うのもなんだけど、親として、思うところあるんじゃい?」
「……あの子は悪くない。悪いのは、親の方だ」
「だからって、二つ返事で了承するとは思わなかったよ」
「パパもママも、お金はあるからね! ハハ……本当に、お金だけは……」
「自分で言った事にダメージ受けないでよ……」
会話を交えながら走り続け、父さんは車を停めた。着いた場所は、ポツンとベンチが一つある見晴台。コンビニに向かっていたはずなのに、どうしてここで停めたのだろう。
車から降りた父さんを追いかけ、見晴台の柵に寄りかかって景色を眺めた。見晴台といっても、全貌を眺められるほど高い場所じゃない。マンションの屋上より少し高いくらいだ。
それでも、夜の景色は素晴らしいものだ。見上げた夜空には月と星の光が。夜空の下には人工的な明かりが灯っている。夜空には美しさがあるのなら、この街には温かさがある。
「綺麗だな」
「うん。夏が過ぎた夜なのに、不思議と温かさを感じる」
「……カナタ。ごめんな」
「謝らないでよ。俺が考えて、行動した結果だ」
「でも、父さん達は親なのに、肝心な時に傍にいてやれなかった……悩んでいる事に、気付けなかった……」
「花咲さんを家に置く事を許してくれただけで十分だよ。感謝してる、本当に」
「……カナタ。僕はカナタに父親らしさをあまり見せた事が無い。だから、今更こんな事をしても説得力が無いのは分かってる。でも、僕はやらなきゃいけない」
寄りかかっていた柵から離れ、父さんの方を向いた。父さんはまだ迷っているようで、自分の右手を見ては、何度も握ったり離したりしている。
やがて決心がつくと、俺の頬を殴った。殴ったといっても、小突く程度の強さ。それでも、今まで体験したどんな痛みよりも、重く、苦しく、優しかった。
それから父さんは俺を抱きしめた。さっき殴った時はあんなに弱かったのに、抱きしめてくれる力は凄く強い。堪え切れず、涙が溢れてきた。
「ごめん……ごめんな……!」
「……俺も、父さんと母さんに迷惑掛けて……ごめん……」
「いいんだよ! 子供は親に迷惑を掛けるもんだ!」
高校生になった俺は、背も、力も、すっかり父さんよりも強くなった。
でも、やっぱり勝てない。理屈じゃ説明出来ない父さんの強さに、俺は弱いままだ。




