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混沌

 アオと花咲さんが服を着ている間に、部屋に置いてあった縄で三人を縛った。縄以外にも道具が用意されていて、おそらく最悪の場合を想定して用意した物だろう。結局は自分達の理想を子供に押し付けてただけだ。


「カナタ君……」


「着替えたか。ひとまず、俺の家に行こう。後の事は、ゆっくり考えよう」


「後の事って?」


「理由あっての暴力だが、暴力は暴力。俺は罰せられるだろう。その前に、どうにかしてお前らをこのおかしな約束事から解き放つ。どうにかしてな」


「……なんでそこまで」


「危機に駆け付けるは友の定め。面倒ごとだからと二の足踏むほど、俺は友人を軽く見ちゃいない」


「私の為に」

「僕の為か」      

「「え?」」

「いや、カナタ君は私の為に来てくれたんだよ?」

「ここでいう友は僕だろう。お前じゃない」

「私の方がアオよりもカナタ君との付き合いが長いんだから!」

「たかだか五ヶ月程度で勝ち誇るなよ。カナタに助けを求めたのは僕なんだよ! 僕が!」

「じゃあアオの所為でカナタ君が困ってるじゃない!!」  

「元はと言えば、お前が暴走した所為だろ!!」

「アオの所為!!!」

「お前の所為だ!!!」


「どっちもどっちだから」


 助け出せたかと思えば、すぐにこれだ。二人の両親が約束を果たせると思い込んでいたのも、子供をちゃんと見ていなかった証拠だな。例えこの姿を表に出さずとも、親ってのは子供の本心を見抜けるものだろ。 

 

 二人より先に一階に下りた時、床に血の跡があるのを目にした。垂れて落ちた血の跡はリビングへと続いている。


 そういえば、花咲さんの父親の姿が無い。階段から落とした時、落ちた先で倒れていたはず。ちょうど、俺が今立っている場所で。


 血の跡を目で辿っていくと、足に行き着いた。視線を上げていくと、やがて花咲さんの父親と目が合った。俺が殴った所為で鼻は曲がり、唇から前歯が突出している。


 そして手には、未だカッターが固く握りしめられていた。


「お前。お前。お前。お前ー!!!」


 カッターを両手で構えて突っ込んできた。


 返り討ちにしてやろうとしたが、死角から誰かに押されてしまった。


 結果的に避ける事は出来たが、花咲さんの父親の矛先は別に向けられ、アオに突き刺さった。


「―――あ」


「この……クソジジイが……!」


 アオが殴って吹っ飛ばしたのか、自分から離れたのか。いずれにせよ、アオの腹部に刺さっていたカッターが抜かれた。


 アオは立ち上がり続けようとするも、刺された感触が色濃く、やがて俺の方へ崩れてきた。


「カナタ……刺されちゃった……」


 傷は浅いように見えるが、血が流れていく。傷口を手で抑え、血が流れにくくする為にアオを横にさせた。


「アオ! アオ! どうしようカナタ君! アオが死んじゃう!」


「カッターで死ぬもんか! それより早く救急車呼べ!」


「僕の最期って……カッター、でなの……?」 


「お前が死にたくないと思えば死なないさ! 紙で指切ったとでも思い込んどけ!」


「いや!! やめて!!」


「次から次へと……!」


 アオの両手を腹の傷に抑えさせ、花咲さんのもとへ駆けつけた。


 花咲さんの左腕には切られた傷が出来ており、花咲さんの父親が電話の前に立ち塞がっていた。


「お前! お前の所為だ! お前の所為でこうなった!!」


「アオを刺して自分の娘にまで傷を作ったお前の言う言葉か!!!」


「黙れ!!! 我々はずっと友人だった。家族同然だった! その関係を続けていこうと二人を結婚させようとしただけなんだ!! なのに、無関係のお前が邪魔をする!!」


 花咲さんの父親は電話を投げ捨て、狂ったように電話を何度も踏んだ。素足でやった為、電話を壊すどころか、逆に自分の足が壊れていく。僅かに砕けた電話の破片が足裏に刺さって血だらけになっても、踏むのを止めなかった。


 子供は物に当たる。行き場の無い怒りを物にぶつけて発散する。簡単な発散方法だが、それが常習化すれば、倫理観の無い人間へと育つ。だから大人は叱る。


 この人は、叱られなかったんだろう。花咲さんの父親だけじゃない。上の階にいる三人も、歪んでいる。親になる資格の無い大人。体だけ大人になってしまった子供だ。


「アウッ! うぅ……う、うぅ……うわぁぁぁぁ!! ひっ、えっ、えぁぁぁぁ!!」


 とうとう、花咲さんの父親は壊れてしまった。何故泣いているのか見当がつかない。血だらけの足の痛みを気にする素振りも、長年の約束が無駄になった喪失を叫ぶでもない。


 ただただ、泣き喚いている。


 すると、俺が侵入してきた窓から警察の制服を着た男が入ってきていた。この状況を見て唖然とし、何をすべきか分からなくなっている。


「……あの、どういう状況でしょうか?」


 警察官が必死に考え出た言葉がそれだった。


 説明しようとしたが、ここで起きた事やこれまでの経緯が一気に思い出され、言語化出来ずにいた。


「……事件が起きてました」


 結局俺が口に出した説明は、誰が見ても分かるような事だった。

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