駆け出していけ
包帯を解き、手鏡で頭の傷の具合を確かめた。見えづらいが、塞がっているように見える。昔から傷の治りが早い方だったが、二日で完治目前とは我ながら恐ろしい治癒力だ。
リビングに戻ると、テーブルに【買い物に行ってきます】と書かれた置き手紙が残されていた。
ソファに座り、今後の事を考えた。花咲家の問題が無くなった今、花咲さんを家に置いておくのも、リンが住む理由も無くなった。そろそろ両親も帰ってくる頃だし、リンには自分の家に戻ってもらおう。あの家はリンの両親が娘の為に用意した一室。それを宝の持ち腐れにするのは、リンの両親に悪い。
花咲さんとアオ。あの二人はどうしてるだろうか。他人との交流を今まで以上に縛られるかもしれない。もしかしたら、両家共々思い切って引っ越すかもしれない。俺に制裁を加えたは良いものの、花咲さんの想いが変わらなければ元も子もない。ならばいっそ、遠い地に引っ越して会わなくすればいいと考えるはず。両家の約束にこだわり、実際俺に危害を加えてきたんだ。良くも悪くも、思い切りの良さがある。
そういえば、携帯にメッセージが届いていたな。今は午後四時。今朝方届いたのを今返信するのは変か。まぁ、確認するだけしてもいいだろう。
携帯の画面を見ると、未読メッセージが五件と不在着信一件が表示された。どれもアオからだ。
また胸騒ぎが起きた。最後に連絡があったのが、今から三十分前の不在着信。それまでメッセージだったのがいきなり通話で終わっている。
アオからのメッセージと留守電を確認しようとしたが、中々指が動かない。これ以上、あの両家と関わる必要は無い。次は本当に死ぬかもしれない。そう思ってしまって、確認出来ずにいた。
おかしな話だ。見て聞いたところで、俺が首を突っ込むとは限らない。見て見ぬフリも、聞き流す可能性だってある。
だから、平常心だ。何を見ても、何を聞いても、平常心で無視をする。
【お前は何もするなと言ったが、させてもらう】
【今から僕とハルの家族会議が始まる。その場で僕が言ってやる】
【今トイレで連絡をしてる。家族会議の件だが、話が飛躍してマズい状況だ】
【昼食の間に抜け出してきた。今、両家で引っ越しの話がほぼ決定してる。どっちの親も僕達の話になんて聞く耳を持たない。昼の後もまだ話が続くらしい】
【既成事実を作れと言われた】
『……カナタ……助けて……!』
駆け出した。目指す先はもちろん花咲家。全力で走って向かえば、十分で着く。アオのメッセージを見て、涙声で助けを乞うアオの声を聞いて、平常心でいられるはずもない。
障害を避けて平坦な道を行く賢い生き方は出来ない。
障害を乗り越えて、その先も続く過酷な道を走り抜く馬鹿な生き方しか出来ない。
友人に助けを求められて動かない自分にはなりたくない!
「先輩?」
道中、買い物帰りのリンと鉢合わせた。俺はリンに事情を話そうと一度足を止めた。しかし、どう話して納得させるべきか。
「……先輩。携帯、持ってますか?」
「携帯? あ、ああ」
「……分かりました」
そう言うと、リンは道を譲るようにして横に移動した。
「……ごめん」
去り際、リンに謝罪を告げて再び駆け出した。俺が何処へ向かい、何をするのか察したのだろう。それでも行かせたのは、俺がリンの前からいなくならない事を信じているから。俺もそのつもりだ。
花咲家に着くと、家の窓という窓のカーテンが閉じられていた。
インターフォンを鳴らそうとした瞬間、家の中から声が聞こえてきた。男か、女。あるいはその両方。
しばらくの間、常識を忘れる事にした。
「反抗期の子供の怖さを思い知らせてやるよ!」
庭に通じるリビングの窓の前へ行き、置かれていた物干し竿で窓を割った。割れた部分に手を入れ、鍵を開けて窓を開いて侵入した。
すると、また声が聞こえた。嫌がる男と女の声。
階段を駆け上がり、声がする部屋へ押し入った。
「……は?」
そこには、服を脱がされたアオと花咲さんがいた。二人の両親は敷かれた布団に二人を無理矢理寝かせ、性行為を強要しようとしていた。四人の大人が、二人の子供を人形のように弄んでいた。
「……何やってんだよ」
「今はこの子達の婚前儀式の最中なの。アナタが割って入っていいものではないのよ?」
「花咲さん。この子は?」
「ああ、いえ。私達の大切な子供を奪おうとした男でしてね。少し前に、鉄パイプで頭をカチ割ってやったんですけど、どうやら生きていたようですね」
「この子、何処から入ってきたんでしょう? もしかして、泥棒? でしたら、警察に連絡しないと!」
「ご心配には及びません。私が責任を持って処理します。母さん、カッター」
「こんなので殺せますか?」
「力を入れて何度も刺せば死ぬよ」
「事後処理はお任せください。アオとハルちゃん。二人が結婚するのです。これからも両家で、手と手を取り合って、助け合っていきましょう」
「ありがとうございます! そんなわけだから、君。死んでもらうよ」
花咲さんの父親は俺にカッターを向けて突進してきた。廊下に出て間一髪避けると、壁に激突した父親はまたも俺に突進してきた。刺さる直前で手首を掴み、顔面に一発頭突きを叩きこんだ。間髪入れずに三発殴り、オマケで股間を蹴っ飛ばし、トドメに階段から投げ落とした。
部屋に戻ると、残る三人は何事も無かったかのようにしていた。母親二人の顔を蹴っ飛ばし、アオを抑えつけていたアオの父親の意識が無くなるまで殴り続けた。
そうして全てが終わった。血で染まった右手をシャツで拭いながら、改めて自分がした事を振り返った。
「……あ~、やり過ぎた~」
大きく吐いたため息は、過剰な暴力の罪悪感か、二人が無事で安堵したものか。
いずれにせよ、俺の人生お先真っ暗。




