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 五月に入った今日。クラスの席替えが行われた。背が低い人や視力が低い人が最初に席を決め、後の人はクジ引きで席が決まる。窓側の席が気に入ってるから、次も窓側だったらいいな。


「俺の番か。じゃあな、カナタ。叶う事なら、来世もお前の傍にいたいよ」


 気持ちの悪い遺言を残して、タケシがクジを引きにいった。席替えといわず、アイツを隣のクラスの適当な人と入れ替えてほしいものだ。


 全員がクジを引き終わり、黒板に書かれた席の番号とクジの番号を照らし合わせながら移動が始まった。俺は運良く今の席を引いた為、楽なものだ。目当ての人と近くになれて喜ぶ人や、離れた事に落ち込んでいる人。学校生活において、席替えは立派な一大イベントだ。


 廊下側の一番前の席を見ると、タケシが俺にハンカチを振っていた。マジでアイツとの今後の付き合いを考えるべきかもしれない。

 

「……カナタ君」


「花咲さん。そうか、俺の隣は花咲さんか」


「うん……よろしくね」


 少し元気がない、というよりも、気まずいのか。


 あの日曜日での一件以来、花咲さんは俺を避けるようになった。一応挨拶はしてくれるけど、会話をする事は無い。多分、隣の席になっても変わらない。


 それから俺達は何一つ会話する事なく、放課後になった。みんなが教室から出ていく中、俺はいつものようにイヤホンから音楽を聴いて夕焼け空を眺めていた。もう少し日が経てば、夕焼け空になるのが遅くなる。そうなれば、こうして教室に残らず、真っ直ぐ家に帰ろう。


 少しずつ夕焼け空に焦げていく空の様子を眺めていると、右手に何かがぶつかった。見ると、それは袋に包まれたチョコレートだった。


 天井から落ちてきたのかと思ったが、違った。


 隣を見ると、同じチョコレートを指でイジる花咲さんがいた。まだ教室に残っていたのか。恋人の部活が終わるまで待ってるのかな。


「これ、貰っていいの?」


 イヤホンを外し、投げ渡されたチョコを花咲さんに見せながら訊ねた。花咲さんは尚も指でイジッてる自分のチョコに視線を向けながら頷いた。


 貰ったチョコレートを口に放り込むと、チョコの甘みとイチゴの甘みが口の中に充満した。甘いのは嫌いじゃないけど、これはちょっと甘過ぎる。


「……フフ……フフフ!」


 再び花咲さんに視線を向けると、彼女は僕を横目で見ながら笑っていた。


「カナタ君、無理しなくていいんだよ?」


「え?」


「だって、チョコを食べた瞬間のカナタ君―――フフッ! 凄く嫌そうな顔してたから!」


「そんなに顔に出てた?」


「うん! すっっっごく、分かりやすかった!」


 久しぶりに花咲さんの笑顔を見れて、どうしてか俺は嬉しくなった。平気でいても、やはり一度親しくなった人と疎遠になるのが、心の奥では寂しかったのかもしれない。


「これ、ちょっと甘過ぎないかな? イチゴの甘さが余計だと思う」


「それが美味しいんだよ!」


「そうかな?」


「そうだよ!」


 口の中にはもう苺の甘さしかない。これならいっそ、チョコの中にイチゴを入れるんじゃなく、中のイチゴだけでよかったんじゃないか。


「花咲さんは、今日も待ってるの? 部活が終わるのを」


「……うん」


「今まで何処で待ってたの?」


「教室にいたよ。カナタ君、私が残ってる事に気付かずに外ばかり見てたじゃない」


「そうなんだ。えっと……気付けなくて、ごめん?」


「謝る事ないよ! でも、せっかくカナタ君が謝ってくれたし、許してあげようかな!」


 他に誰もいない教室で、花咲さんの声と、俺のイヤホンから漏れる小さな音楽だけが聞こえる。窓側の空席を照らす陽の光が、朝よりも眩しく見えた。


「……ねぇ、カナタ君」


「なに?」


「……恋人って、何なんだろうね」


「……ごめん。俺は何も答えられないよ」


「カナタ君は今まで誰とも付き合った事がないの?」


「ない。中学の時に何回か告白されたけど、どれも断ってた」


「どうして断ったの?」


「どうしても何も。告白してきた女子は俺の事を知ってるつもりでいるかもしれないけど、俺はその子の事を何も知らない。それに、酷い話だけどさ。どの子も一緒に見えたんだ。心を動かされた子なんていなかった」


「じゃあ、もし私が告白したら?」


 その言葉に、俺は思わず花咲さんの顔を見てしまった。花咲さんは腕を枕にして机に突っ伏しながら、俺をジッと見ていた。 


「……どうなんだろう。俺は今の花咲さんも知ってしまってるから、分からないな」


「それって、どういう意味?」


「気にしなくていい事だよ。俺も踏ん切りつけたし。それより、花咲さんこそどういう意味なの? 恋人って何なんだろうって言い出して」


 俺がそう言うと、花咲さんは自分の腕に顔を埋めた。


「……私、アオと一緒に帰っていても楽しくないの。帰り道で何を話しても、適当な返事ばかりだし。めんどくさがってるのかな……」


「部活で疲れてるだけだよ」


「……アオ、昔から女の子に凄くモテるの。付き合いが一番長いのは私だけど、私よりも仲が良い人は沢山いた。それで、私、なんだか焦っちゃって……アオに告白したんだ」


「それで付き合えたんだろ。なら―――」


「でも、付き合ってから一度も恋人らしい事が出来てない……」


 言葉が喉に詰まった。今の花咲さんに「なら良かったじゃないか」とは言えない。


「短い髪が好きだって聞いて、髪を切ってみたけど……たった一言で済まされちゃった……」


「は?」


 思わずキレてしまった。あれだけ俺が恋焦がれた髪を奪っておいて、たった一言で済まされた事実に腸が煮えくり返る。


 落ち着け。今は花咲さんの機嫌を直す事だけを考えろ。過去の未練など捨て置け。


「……花咲さん。これは俺の勝手な推察だけど。多分、君の恋人は、君に良い所を見せたいんじゃないかな? 部活に入ったのも、彼氏として誇らしいカッコいい姿を見せたいからじゃないかな?」


「……」


「もうちょっと待ってみてよ。君の幼馴染が本当に君の事が好きなら、きっと君をまた惚れさせるから」


「……分かった。カナタ君を信じてみる」


 その言葉の後、花咲さんは机に突っ伏した状態から起き上がった。


 窓から差し込む夕陽のせいか、俺に微笑む彼女の頬は赤く、瞳は宝石のように輝いていた。

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