手放さないで
「先輩」
目を覚ますと、隣で寝ていたリンが先に起きていた。
「頭の具合はどうですか?」
「……その言い方、なんか馬鹿にされてる風に聞こえる」
「フフ。さぁ、起きて。朝食にしましょう」
リンに手を引かれて階段を下り、キッチンに並んだ。俺は食パンを二枚トースターにセットして、リンは目玉焼きを作ろうと冷蔵庫から卵を二つ取り出した。
「片手割りって出来る?」
「もちろんです」
「じゃあ両片手割りでやってよ」
「なんでハードル上げるんですか。先輩こそ、片手で卵割れるんですか?」
「出来るに決まってるだろ」
「そうですか。じゃあ、お一つどうぞ。ちゃんと両手でやってくださいね?」
「なんでハードル下げるのさ」
卵を一つ受け取り、フライパンの熱を確かめた後、片手で卵を割った。見事片手割りを成功してリンに自慢するはずだったが、俺の指が刺さった部分から流れ出る卵白がジュージューと良い音を鳴らすばかり。殻を二つに割ろうと力を入れたが、殻ごと中身の黄身を潰してしまい、フライパンの上に大失敗を広げてしまった。
目玉焼きの音がしていながら、肝心の目玉焼きは無残な姿。リンに目を向けると、呆れた表情で眉を掻いていた。
殻の破片を取ろうにも卵は既に固まっており、ヘラを使って取ろうにも形が崩れてゆくばかり。再びリンに目を向けると、俺の目玉焼きに関心を失って、別のフライパンで目だ焼きを作ろうとしていた。今から卵を割るといった場面で、リンは俺の方に目を向け、手元を見ずに両片手割りで左右二つの卵を完璧に割ってみせた。
「先輩。焦げてますよ」
「……この固い物体は何だ?」
「目玉焼きです。自分で作った物なんですから、責任を持ってちゃんと食べてくださいね」
「……調味料で誤魔化して食うよ」
食卓のテーブルに並んだのは、あらかじめバターを塗ったトーストの上に目玉焼きを乗せた物と、もはや調味料が本体の目玉焼き擬き。美味い物から食べると後が怖いので、先に俺が作った目玉焼きを食べた。ゴチャゴチャした調味料の味と、ジャリジャリとした食感。目覚めに効く目玉焼きだ。
「男の子とはいえ、目玉焼きも作れなくてどうするんですか?」
「その為にインスタント食品があるんだろ」
「先輩って僕がいなかったら早死にしそうですね」
「じゃあ俺の前からいなくなるなよ?」
「僕はいなくなりませんよ。心配なのは先輩の方です」
「俺が?」
「……夢を見たんです。怖い夢でした」
夢の内容を聞かずとも、どんな夢だったかは想像がつく。
自分の皿を両手に持ち、リンの隣の席に移動した。リンはトーストを一口齧ると、俺の肩にソッと頭を乗せてきた。
「……これ美味いけど、バターが強い気がする」
「案外、何も塗らない方が良かったかもしれませんね」
「というか、別々に食べた方が良いかもね。くっついてるならいいけど、少し傾けただけで滑り落ちそうでさ」
「憧れと現実は違いますね」
「だな。俺が作った目玉焼き食う?」
「……先輩。こんなの食べてたら本当に早死にしますよ?」
「俺もそう思う」
朝食を終えた俺達は、リビングのソファに座った。今日は土曜で、外の天気も良かったが、出掛ける気にはならなかった。テレビを点けて映画を観る気も起きなかった。ただ手を繋いでジッと座るばかり。
時計の針の音だけが聞こえる中、おもむろにリンが俺の膝に跨ってきた。リンは俺の肩を掴みながら、何も言わずに見つめるばかり。リンの脇腹を掴むと、リンは一瞬体を跳ねらせ、俺の肩を掴んでいた手を徐々にうなじに滑らせていった。
リンに引き寄せられてか、あるいは自分からか。俺はリンの胸に顔を埋めていた。小さくとも確かな柔らかさがあるリンの胸は心地良く、俺のうなじを軽く揉むリンの手が気持ちいい。
「先輩……僕の前から、いなくならないで……」
「……いなくならないよ」
「先輩がいなくなったら、こうして抱きしめてあげられないんですから……」
その時、テーブルに置いていた携帯からメッセージの着信音が鳴った。
メッセージを確かめようとした瞬間、胸騒ぎがした。それがリンに伝わったのか、リンは体を押し付けて、自身の体とソファの背もたれで俺を挟んだ。おかげで、俺は届いたメッセージを見る気が失せた。




