いつも心に彼女がいる
放課後、リンを迎えに行くと、俺を待っていたのか廊下に出ていた。
「あ、先輩。迎えに来てくれたんですよね?」
「うん、そうだけど……もしかして、今日は無理か?」
「はい。居残りでやっておかないといけない事があって。実は来月の文化祭の出し物がまだ決められていないんです。そろそろ決めておかないと、色々と申請に間に合わないので」
「そうか。じゃあ―――」
その時、教室にいたリンのクラスメイトが一斉に顔を出してきた。
「リンちゃん! アナタは彼氏さんの傍にいなきゃ!」
「そうだよ! あの女狐に彼氏さん誑かされちゃう!」
「男の俺が言うとだな! 男はエッチな誘いを断れないんだよ!」
「なんなら彼氏先輩もご一緒しますか!? リンさんがデレデ―――安心しますし!」
「リン先! リン先! リン先!」
相変わらず過激派なクラスメイトだ。俺がリン一筋であり続ける事をまるで信じちゃいない。この団結力を持ちながら、今日まで出し物を決めれずにいたのが不思議だ。
今日は一人で下校かと思いながら、靴を履き替えて校舎から出ると、花咲さんが待ち伏せていた。
「あれ? リンちゃんは?」
「文化祭の出し物について話し合いがあるんだって」
「へぇ……じゃあ、今日は二人っきり、だね?」
「……俺、寄るとこあるから」
「じゃあ、私も一緒に行く」
「花咲さんにはハッキリ言った方がいいか。あのさ、花咲さんとは二人っきりで帰りたくない」
「どうして?」
「誤解されるから」
「誤解って?」
花咲さんは中途半端に手を握ってきた。このワザとらしいイジらしさを出せるのは、花咲さんの強みだろう。俺がリンの事をまだ男子だと勘違いしたままだったら、簡単にその気にさせられた。
しかし、花咲さんには悪いが俺の気持ちは変わらない。手を繋ぐ相手も、キスをする相手も、体を重ねる相手もリン以外ありえない。花咲さんが付け入る隙など存在しない。
「花咲さん。手、離した方が身の為だよ?」
「ッ!? ひ、酷い事、されちゃうの……?」
「そうなんじゃないかな?」
「そ、そっか……! でも、カナタ君になら―――」
「いや、俺じゃなくて。あっちあっち」
一年の教室の窓へ指さした。窓には因習村の住民のような異質さを漂わせたリンのクラスメイトが。ジッと俺達を睨んでいた。
「ちょっと前に観た海外の映画を思い出すよ。カップルを仲違いさせるように仕組んで、傷心に付け込んで村の人間が仕込むんだ。用無しになった男は惨たらしく殺され、女はそのまま村の人間に。二度と観たくない映画の一つだよ」
「……ちょっと、距離空けて歩くね」
「お互いの為にね」
そうして俺達は一人分の隙間を空けて歩いていった。
しかし学校から遠ざかると、花咲さんはさっきの光景を忘れたか、肩をくっつけてきた。
「……ついてきてるかもよ?」
「たまに後ろ見てたけど、誰もいなかったよ?」
「だからって、くっついていい理由にはならないでしょ」
「リンちゃんばっかりに構って不公平だよ。たまには私にも構って」
「もう十分構ってると思うけど?」
「好きな人と二人っきり。やりたい事、されたい事。溢れてきちゃうよ」
妙に艶めかしい言い方で、花咲さんは自分の腕を俺の腕に絡めてきた。肘が胸に当たっている。手が太ももに触れている。花咲さんはこんなにも卑しい人だっただろうか。
「私の帰りが遅い時、リンちゃんとシてるでしょ?」
「……そりゃあ、恋人だからな」
「どんな風にシてるの? 教えてよ」
「知りたいの?」
「こんなに近くにいるんだもの。思い出す時に、私の匂いと感触で上書き出来るじゃない。その記憶を再現する為に、家に帰った途端にカナタ君が私を求めてくれるかもしれないし」
「怖いよ、そのやり方……」
「油断大敵だよ? カナタ君」
冗談なのか本気なのか。企んでた事を口に出してくれたところから察するに、冗談と本気の中間だろう。次に隙があったら容赦なくやるぞと予告してる。映画の予告はワクワクするのに、花咲さんからの予告はヒヤヒヤする。
「……本当はね、キッパリ諦めるべきだって分かってるんだ。だってリンちゃんて、凄く良い子じゃない。それに、カナタ君を信じてる。カナタ君はどんな誘惑を受けても浮気しないって」
「そうだな。ほんと、俺にはもったいない彼女だよ」
「そんな事言っちゃ駄目だよ? リンちゃんはカナタ君だから恋人になったんだから。もったいないなんて拒絶するような言葉、言わないであげて」
「……ごめん。あと、ありがとう」
俺がそう言うと、花咲さんは悲しそうに笑った。堪え切れなかったのか、絡めていた腕を離し、俺と距離を空けて顔を背けた。
掛ける言葉が見つからない。言葉を掛ける意味なんて無いし、言う必要が無いのも分かってる。
それでも、花咲さんを励ましたいと思ってしまう。俺が悲しませてるというのに、励ましたいなんて矛盾している。どうして俺は花咲さんに対して、こんな気持ちになってしまうんだろう。
思えば、俺は春頃から花咲さんを気にかけていた。アオという恋人がいると分かっていながら、リンと恋人になっても、俺の心から花咲さんがいなくなった時は一度も無い。
そうか。やっと分かった。俺が花咲さんを見捨てられない理由が。
「……好き、なんだ」
「え……?」
「俺は―――」
鈍くなった。
五感が。
体が。
花咲さんが泣いてる。
あれ、花咲さんの父親?
頭、痛―――




