庇護欲
アオにすっかり懐かれてしまった俺は、自然な流れで晩ご飯を共にする事になった。帰ってリンのご飯を食べたかったが、せっかく懐かれてしまったんだ。もう少し話を聞いてあげよう。
メニュー表から食べる物を選んでいると、向かいの席に座ったアオがタブレットを操作していた。
「まだ俺選んでるんだけど」
「自分で注文すればいいだろ」
「普通はいっぺんに注文するだろ」
「なんでさ」
「料理が届く時間に差が出来るからだ」
「結局頼んだ物が届くんだ。その程度で文句を言うなよ」
注文を終えたのか、アオはタブレットを滑らせて俺に渡してきた。
「見なよ。あれ」
アオはここから少し離れた席に座る家族を顎で指した。両親と一人の子供。子供の隣には母親が座っている。話題にするような所が無い普通の家族だ。
「昔から思うんだ。どうして母親が隣に座るのかって」
「端的に言えば、子供の世話をしやすくする為だろ。食事のマナーやアクシデントの対処。小さい子供なら尚更だ」
「つまりは出来の悪い子供だと思ってるわけだ」
「どうしてそうネガティブに……」
「自分の事は自分で何とかする。歳を重ねればその量は増すばかり。だから自分で考え、実践してみるんだ。何が駄目で、何が正解かを。そうして自己が完成されていく。ところが、その完成を阻む存在が身近に存在する。親だよ。アイツらは現実的な観点ではなく、理想的観点から指摘する」
【もっと良い子になりなさい】
【もっと頭が良くなりなさい】
【もっと強くなりなさい】
「結果ばかりを押し付けてくるが、その過程は何一つとして教えてはくれない。それもそうだ。だってアイツらが出来なかった事だからな。出来ない事を説明するのは不可能だ。それだから子供は無知蒙昧になる。教えられる事の全てに意味や意義が無いのだから」
「経験から学んだ真理だな。本でも書きなよ」
「売れるわけないだろ。本に限らず、売れる物には詐欺が必要だ。不快な真実より、嘘の希望を見せなければいけない」
そこそこ主観的ではあるものの、現実的なところもあるのが指摘しづらい。抜け目ないと言うべきか、面倒だと言うべきか。
一つ言えるとすれば、リンやタケシ、そして花咲さんとも違うタイプの人間だという事。その時々に感情を覚えるのではなく、予め決められているかのよう。謂わば彼は創作世界の住人。決められた言動を決められたタイミングで行う。外面は自由奔放そうに見えるが、内面はマニュアルで管理されている。
言動で自由を謳おうが、支配からは抜け出せていない。
「お前はどういう育てられ方をしたんだ?」
思い切って聞いてみる事にした。話してくれれば理解が深まるし、話してくれなくても少し怒らせる程度。俺にとって損な事は無い。
アオはしばらく話したがらなそうにしていたが、やがてため息を吐き、メニュー表に載ってあるお子様ランチを指さした。
「……今も強要されてる」
「親にとっては、何歳になっても子供は子供だろう」
「僕達はもう高校二年。十七歳だ。十七歳なんだぞ? 感性や性欲だってある! なのに、いつまで経っても僕を純真無垢だと信じ込んでるんだ!」
「反抗は?」
「したさ! してるさ! そうすればアイツらはこう答える「誰か悪い人がいたのね?」ってさ!」
「それに対して反論したか?」
俺がそう言うと、アオは固まり、やがて困惑の表情を浮かべた。
「間違いを指摘すれば、当然反論してくる。それをどう説き伏せるか。お前はそれが出来ていない。解決はしていないが、家を出る選択を実行した花咲さんの方がお前より一歩進んでるよ」
「……僕がアイツより劣ってると?」
「大分ね。お前は主張するのが得意なだけ。庇護欲ってやつだったか? そういうのを掻き立たせる天才なんだよ」
「僕は弱者なんかじゃない……!」
「そんな事言ってないぞ。ただそう捉えたのはお前自身だ。となれば、それがお前の本質だ」
言い終えた頃、店員が頼んだ料理を運んできた。店員が去ると、テーブルにはアオが頼んだ物だけがある。
立派な旗が立てられたお子様ランチ。アオはナイフもフォークも持たず、ただジッとテーブルの下に引っ込めたままの両手を涙目で睨み続けていた。




