企み
インターフォンの音が鳴り、リンは火照った顔を手で仰ぎながらキッチンへと移動した。
玄関の扉を開けると、やけに大きいカバンを持って花咲さんが帰ってきた。
「おかえり。そのカバンは?」
「制服とか、必要になる物が入ってるの」
「家に帰ったの?」
「ううん。アオがね、私達の為に用意してくれたの。これでリンちゃんから借りなくて済むよ」
やけにご機嫌だ。華奢なリンが着るサイズでは、やはり息苦しいものだったか。
それにしても、アオが用意したと言ったんだよな。つまり、彼は花咲さんが俺の家に居候している事を知っているかはともかく、花咲さんが家出をしている事を知っている。そして必要な物をカバンに詰めて渡した。かなり協力的に捉えられる。
俺はアオという男をよく知らない。複数の女子と遊んでいる場面を見た時は浮気な奴だと思ったが、もしかしたら花咲さん同様、両家の約束をよく思っていないのだろうか。押し付けられた将来に反発して、女遊びに興じている、とか?
そもそも、どうして二人の両親は結婚する約束を結んでいるのだろう。家でしか判断出来ないが、特別裕福な訳でもなさそうだった。花咲さんの両親も、少し異常なだけの普通の人。アオの両親の方に利点があるのだろうか。
「カナタ君」
ソファに座って考えていると、花咲さんの声で俺の名前が呟かれた。見上げると、ソファの後ろに立っている花咲さんが俺を見下ろしていた。
「ご飯、出来たよ」
それだけ言うと、食卓のテーブルに戻っていった。妙な違和感を覚えたが、それが何なのかは分からず、俺も食卓のテーブルに向かった。
晩ご飯を食べ終え、二人の入浴が済むのを待つ間、テレビで暇を潰した。特別面白い番組も無ければ、録画していた映画を観る気も起きない。ただテレビを点けて眺めているだけ。究極な時間の無駄だろう。
すると、携帯から通話の着信音が鳴った。画面を見ると、登録していない相手からだ。番号からして、セールスの類ではなく、個人からの電話。
「……もしもし」
『おぉ、出てくれた。初めまして、ではないか。君とは前に一度会ってるし』
知らぬ男の声だ。声を聞いた第一印象としては、自分本位な人物。名前も名乗らず、俺が風野カナタ本人かも確認しない。俺が風野カナタと決めつけ、思った事をそのまま口に出す。
「誰だよ、アンタ」
『君が面倒見てる花咲ハルの幼馴染、と言えば分かるよね?』
「アオ……?」
どうして彼が俺に連絡を? そもそも、俺の番号を彼に教えていない。考えられるのは、花咲さんが教えたか。
『それで? あの女と同居してみた感想は?』
「あの女って……仮にも幼馴染だろ」
『好きでもない物を押し付けられたんだ。邪険にもなるだろ。体つきは良いが、肝心な面白さが無い。僕は一緒にいて楽しい女の方が好きなんだ』
「……お前の好きなタイプなんか興味無いよ」
『そう? じゃあ本題をパパッと言おうか。明日の放課後、少し僕に付き合ってくれ』
「なんで―――」
『じゃあそういう事だから。明日の放課後ね』
言うだけ言って切りやがった。あまり好きじゃないな、こういう押し付け方。
しかし、良い機会だ。彼と会って、今後の事を話し合ってみよう。俺の話を聞くかどうかは怪しいが、俺に用があるという事は、間違いなく彼と花咲さんについて。
「先輩。次、いいですよ」
「ん? ああ、分かった」
膝に置いていた着替えとタオルを抱え、風呂場に向かった。二人と入れ替わりでリビングから出る際、リンと花咲さんは楽しそうに話していた。俺が関わらなければ、あんな風に仲良くなれる二人なんだな。
浴槽の湯に浸かりながらボーッとしていると、ガラス戸に人影が映っていた。
「カナタ君。アオから、連絡来た?」
花咲さんだ。やはり俺の番号をアオに教えたのは花咲さんだったか。
「勝手に俺の番号を教えないでくれ。登録していない番号からの電話は、出ない可能性が高いんだ」
「ごめんね。それで、何て言ってた?」
「明日の放課後。少し付き合えだってさ。それ以外は特に何も」
「そっか……分かった。もう戻るね」
やけにあっさりと花咲さんは去っていった。
また妙な違和感を覚えた。
機嫌の良さ。
アオからの連絡。
連絡が来たかの確認。
妙な違和感。
二人が何かを企んでるのは間違いない。大方、俺を利用して親に決められた将来を解消する為だろう。無視を決め込みたいところだが、花咲さんを匿ってる以上、今更無視出来ない状況だ。
「……来年は絶対初詣で賽銭入れに行こ」
本当に今年は厄年だ。




