線引き
昨日は災難だった。まさか高校生にもなって、家族一緒に風呂に入った挙句、川の字で寝る事になるとは。断ろうにも、二人が泣いて迫ってくるから断り辛いし、断ったら断ったでもっと面倒な事になってたかもしれない。
こういう時は本屋でリフレッシュだ。本屋には様々なジャンルの本が置いてあるから、中身を見ずとも、手に取って表紙やタイトルを見てるだけで楽しい。
特に、風景画集は格別だ。写真集で見る風景とは違って、現実に存在しない風景を描いた画集もある。荒廃化した緑の街や、澄み渡る青空を反射する水の地面。美しさの中に隠された怖さが面白い。懸念点を言うならば、写真集も画集もそれなりの値段がついている事だ。あと重くてデカい。
こういった物も、いずれデジタル化されるのだろうか。別に電子書籍を嫌ってるわけじゃない。ただ、自分の手でページをめくる感覚や、紙で見るこれらの絵には、利便性を度外視させる魅力がある。
「あれ、カナタ君?」
本に向けていた視線を横に向けると、すぐ傍に花咲さんが立っていた。
「花咲さん。おはよう」
「おはよう。その本、買うの?」
「ん~……検討かな?」
「あ、風景画の本か。カナタ君、本当に風景が好きなんだね」
「まぁ……それで、花咲さんは何の本を買いにきたの?」
「私は……暇潰し、かな。本当は、デートだったんだけど……アオの部活があるから中止になっちゃった」
そうか、運動部は休日にも部活があるのか。タケシから一度聞いた事があるが、サッカー部の練習は結構厳しいらしくて、休日もロクに休めないとか。
手に持っていた風景画集を元の場所に戻し、漫画コーナーへ向かった。大量に並べられた漫画本の棚を端から端まで眺め、気になったタイトルの漫画を手に取って表紙を見ていく。
「カナタ君、漫画も読むんですね」
「あんまり読まないけど、気になったやつは読むかな? でも途中で読み飽きるのがほとんどだね」
「そうなんだ……あ! 私が好きな漫画!」
花咲さんが手に取った漫画は、恋愛を主題とした漫画のようだ。俺が一番読む気にならないタイプ。
次は小説のコーナーに来た。どうしてか小説だけは他と違って中身が読めるようになっている。文字が多いから、立ち読みだけでは読み切れないからそのままなのだろうか。
「カナタ君はライトノベルと小説のどちらを読むんですか?」
「小説かな。まぁ文才の無い俺からしたら、どっちも同じような気がするけど」
「私はライトノベルですね。こっちの方が、なんというか、気軽に読めるというか」
「……そうなんだ」
さっきから気になっていたけど、ずっとついてくるな。偶然同じ方向に進んでるようには思えないし。
デートが中止になって寂しいのだろうか。花咲さんなら電話一本で今から遊んでくれる友達の一人や二人はいると思うけど。
「花咲さん」
「ん? どうしました?」
「この近くにあるカフェにでも―――あぁ、いや……なんでもない」
危うくカフェに誘うところだった。花咲さんには恋人がいるんだ。これが同性ならまだしも、異性の俺が気軽に誘っていいものじゃない。今日は日曜だし、学校の誰かとバッタリ会う可能性だってある。それで困るのは花咲さんだ。
結局、何も買わずに本屋を出てしまった。本を買う気分が失せてしまった。
道を歩いていると、ガラス張りの服屋があった。ガラスに映る俺の三歩後ろで、花咲さんがついてきているのが映っていた。
「……何か俺に用事でもあるの?」
後ろに振り返って花咲さんに聞いてみた。
すると、花咲さんはちょっと困った笑みを浮かべて、短い髪を指でイジりながら答えた。
「えっと、さっきカナタ君、私を誘ってくれたんだよね? 近くのカフェに行こうって」
「誘おうとはしたよ。でも、誘えないじゃないか」
「どうして?」
「どうしてって……だって、君には恋人がいるだろ。なら俺が君を誘うのは駄目でしょ」
「駄目じゃないよ。だって私とカナタ君は友達でしょ?」
そう言いながら、花咲さんは微笑んで小首を傾げた。
俺の頭が固いだけなのか、それとも彼女の頭が緩いだけなのか。どっちにしろ、友達であっても恋人がいる人が異性と二人で一緒にいるのは駄目だ。学校で話したりするのとは違うんだよ。
「花咲さん。友達であっても、こういう事は駄目だよ。君が良くても、俺が嫌だ」
「……そっか……そうだよね……」
「君だって嫌だろ。もし君の恋人が自分の知らない内に異性と二人で遊んでいたら」
「……ごめん。ちょっと、調子に乗り過ぎた……そうだもんね。じゃあ、ここでお別れ」
「うん。それじゃあ花咲さん。また学校で」
「……またね、カナタ君」
花咲さんは背を向けて去っていった。去り際に浮かべた微笑み顔は、明らかに無理をしていた。
でも、これが正しい。花咲さんが言ったように、俺と彼女は友達。親しき仲にも礼儀ありという言葉の通り、遠慮を無くしては駄目なんだ。デートが中止になって悲しいかもしれないけど、何も俺だけが花咲さんの悲しさを埋められるわけじゃない。
通行人を通り過ぎていく花咲さんの後ろ姿が見えなくなった後、俺は自分の家に帰った。




