悪女
最後の授業が体育の日は最高だ。やっぱり頭を働かせるより体動かす方が性に合う。
「あらヤダ! またカナタとゴッツンコしちゃった!」
「気味悪い事言うなよ」
「ヘヘ! にしても体育にゲートボールってどうなんだ? いや楽しいから良いけどさ。今の時代、じいちゃんばあちゃんだってやってねぇぞ。先生もルール説明の時あやふやな感じだったし。これってボールをぶつけるのが正解なのか? それともそのゲートを潜らせるのが正解なのか?」
「そりゃ潜らせる方だろ。イメージとしてはビリヤードみたいなもんで、相手を邪魔しながら先にゲートを潜らせた方が勝ち」
「なるほどな。じゃあ今、俺とお前の戦績どうなってんだ?」
「11-0」
「俺が?」
「お前は後者だ」
それにしても、ゲートボールのクラブってゴルフクラブよりも鈍器だな。ゾンビ映画にも出れる素質がある。だがゴルフクラブは見た事あっても、こっちは全く見ないのは認知の差か。
「なぁ、カナタ。お前って花咲さんと仲良いよな」
「え? 仲良いかって聞かれたら、う~ん……まぁ、程々か」
「昼一緒に飯食って程々かよ。まぁお前が程々だと思ってても、他の連中は違うみたいだぜ? 実は二人は付き合ってるなんて噂もあるくらいだし」
「見て聞いた一部から考えを膨らませて楽しむ奴なんか大勢いる。そのほとんどは事実無根の妄想パレードだがな」
「だけどよ、俺だって疑ってんだぜ。お前と花咲さんの関係」
「珍しいな。お前が噂に同調してるなんて。ズバリ言わせてもらうが、俺と花咲さんは断じて恋人なんて関係じゃない。花咲さんの恋人はアオって奴だろ」
「そこだよ。言っちゃなんだが、アオよりもお前の方が花咲さんの彼氏っぽいぞ? アオが花咲さんと話す所なんてほとんど見ないし、一緒にいる時はどっちも楽しそうじゃないしさ。それに比べ、お前といる花咲さんは魅力的だ。よく笑うし、よく喋る。これ逆じゃねって思ってさ。つまり、アオが友人で、お前が恋人」
珍しくタケシが冴えてるのか、傍から見たらあからさまなのか。確かに去年と比べて、俺と花咲さんは話す機会が増えた。なんなら今は家に居候させてる。
そうした距離感の変化に、周囲も気付きつつある。そこで懸念されるのは、何処まで知ってるのかよりも、さっき話した疑惑を持たれてる事だ。これがどちらもフリーなら可愛げのある噂で済むが、恋人持ちとなれば話は変わる。面倒な事に発展しなければいいが。
「まぁ、なんだ。これは俺の妄想だし、お前が違うって言うなら違うんだろ。それにさ、俺は知ってるからよ」
「何を?」
クラブを構えてボールを打つ力加減を調整していると、後ろからタケシに抱き着かれた。
「お前は俺とリンが大好きだもんな!」
「……それは否定出来ないな」
「ウッフフ! 可愛いわねカナタちゃ~ん!」
タケシは俺の背中にナメクジみたいに纏わりつく。そこまでならギリギリ我慢出来たが、頬にキスをされたのをキッカケに俺は意識を失い、再び意識を取り戻した頃、タケシは地面に倒れていた。クラブの先端を確認したが、土汚れがついてるだけ。撲殺したわけじゃなくてホッとした。
タケシが意識を取り戻すまで暇なので、他のグループに混ざりにいった。
しかし、何処のグループも俺を拒絶した。あまり話した事の無い奴がいきなり仲間に入れてくれって言われたら戸惑うのは分かるが、そういう感じじゃなかった。
そうして気付いた。男子も女子も、時折俺を見てはヒソヒソと何かを話している事に。
そして花咲さんがどのグループにも入れずに一人きりでいる事に。
ここで俺が話しかけたら、更に噂に尾ひれがつく。だからといって見て見ぬフリは出来ない。今後の為か、今この瞬間の為か。
「下手すぎでしょ、花咲さん」
「あ、カナタ君。良かった。ちょっと私に教えてほしいな。見てたけど、カナタ君上手だったから」
意外にも花咲さんは周囲の事や一人でいる事を気にしていない様子だった。むしろボールを上手く打てない事に落ち込んでいる。要らぬ心配だったか。
「教えるったって、ただこれで打つだけだよ。カンッてさ」
「それが出来たら苦労しないよ。私はそもそも当たらないの」
「なら、最初はゆっくりやって、当てる感覚を覚えたら? それで慣れたら、次は力を入れて打つ」
「おぉ。コーチっぽい」
「煽てはいいからやってみて」
自分では簡単な事だと思っていたが、実際花咲さんがやってる様を見ると、難しそうに思えた。多分、花咲さんが下手なだけ。
そうして何度も打ち損じる花咲さんを眺める途中、ふと周囲の様子を横目で確かめた。さっきと同様、みんなヒソヒソと話している。内容は分からずとも、俺達を見る目でなんとなく察しがつく。
「みんな噂してるね」
カンッと鳴る音と共に、視線を花咲さんに戻した。花咲さんは俺を見つめながら、悪戯な笑みを浮かべていた。
「噂は噂。気にする必要なんかない」
「う~ん、それはどうだろう? みんなはまだ私とアオが付き合ってる所で止まってるし、実際まだ別れたわけじゃない。それなのに、他の男子と親密そうにしている。立つべくして立った噂だよ」
そう言いながら、花咲さんはクラブを器用に扱ってボールを忙しなく左右へ転がしている。
「ねぇ、カナタ君。カナタ君は私が心配で来てくれたんだよね? 周りが噂してるのに。一人でいる私に近付けば、噂に真実味が増すのにさ。それでも私の所に来てくれたのは、どうして?」
「仲間外れにされてるのを見過ごせば、罪悪感を覚える」
「仲間外れなら他にもいるよ? カナタ君は複数人のグループに話しかけてただけで、一人の子には話しかけに行かなかったよね?」
「二人っきりは気まずいだろ。複数なら場の雰囲気さえ悪くしなければ何とかなる。まぁ、結果は散々だったが」
「今、私と二人っきりだよ?」
「花咲さんとはある程度の仲が深まってるから―――」
花咲さんが打ったボールが俺の足元に転がってきた。そのボールを打とうとして、花咲さんがすぐ目の前まで迫ってくる。
花咲さんに目と鼻の先に近付かれ、自然と周囲の様子が気になった。案の定、何か確信めいたような表情を浮かべていた。
「カナタ君。正攻法だけが恋愛じゃないんだよ」
カコンと音が鳴った。
花咲さんが小突いたボールが、俺の足の間を潜っていた。




