嫁姑問題
初めて遅刻したが、担任には意外と怒られなかった。むしろ今まで遅刻していなかった俺を心配していた。夏頃に初めて風邪で休んだ時も心配だったらしく「いつでも先生が相談に乗るからな?」と変な誤解をされている気がする。相談したい事は確かにあるが、それは花咲さんが言う事であって、俺が言う事じゃないだろう。
午前の授業が終わり、昼休みとなった。いつも通りリンのクラスに行こうとすると、花咲さんが引き留めてきた。
「あの、カナタ君。今日なんだけどさ。私と一緒にお昼食べない?」
「え、無理」
「いや、全然下心とか無いから! ほら、カナタ君の家にお邪魔してる身だし、ルールとか聞きたいな~って!」
焦っている所為か、花咲さんは声のボリュームを何も考えずにペラペラと喋った。
その結果、周囲からヒソヒソと話し声が聞こえてきた。十中八九、今の花咲さんの発言についてだろう。クラスでは花咲さんはまだアオと付き合ってる事になってるから、浮気と疑うだろう。しかも同棲を臭わせる発言までしたのだから、更に誤解は酷くなる。
周囲のクラスメイトを目で見回していくと、一人だけ気にせず昼食をとってる馬鹿がいた。タケシの場合、飯を食う事に全力で飯にしか集中出来ていない為。クラス全員がアイツみたいな奴ばっかりだったら……学校そのものの偏差値がグッと落ちるな。
「……じゃあ、一緒に食べる? 俺とリンと三人で」
「う~ん……その、全然悪意とか無いんだけどね? いざって時は、私を助けてね」
「そんな事が起きないようにしてね?」
花咲さんを連れてリンの教室に行くと、教室にいる全員が俺の隣にいる花咲さんを睨んだ。俺がリンに会いに来る時の視線や反応からして、リンのクラスメイトはリン応援隊だろう。
あんなに可愛い子なんだ。恋路を応援する気持ちも分かる。しかし些か過激だ。全員が大人顔負けの圧を放ち、いつもリンを囲ってる女子達は今にも獣と化しそうなイカれっぷりを見せている。凄いクラスだな。
「カナタ君……」
彼ら彼女らの圧に怖気づいたのか、花咲さんは俺の腕に抱き着いてきた。
その瞬間、ブチリと何かが切れる音が聞こえた。音の正体を探るまでもない。リンのクラスメイトが激怒した音だ。男子も女子も殺気を露わにし、鬼か悪魔にでも姿を変えようとしていた。
「先輩!」
クラスメイトが人外になりかけたその時、リンが俺に抱き着いてきた。
その瞬間、殺伐とした雰囲気が悪い夢だったかのように和やかになった。穏やかな表情を取り戻し、中には手を合わせて拝む者までいる。
事が収まって花咲さんは安堵のため息を吐いているが、俺はさっきよりも怖いと思った。
三人で中庭にあるベンチで昼食をとる事にした。このベンチは基本的に体育や部活の休憩の時に使われるが、ここで昼食を食べる者もいる。今日も何人かいたが、リンのクラスメイトと思われる人物が人払いをして誰もいなくなった。リンは大統領か何かか?
「あの、リンちゃん。さっきはありがとう」
「ほんとですよ! どうしてカナタ先輩の腕に抱き着いたりしたんですか!」
「怖くて、つい……」
「別に怖くありませんよ。ただちょっと注目されただけじゃないですか」
「いや、注目で済まないだろアレ」
ベンチに端に座ると、リンが俺の隣に座ろうとしてきた。それに割って入るように花咲さんも隣に座りにくると、二人は俺の目の前でごたつき始めた。売れない芸人のライブを最前列で観てる気分だ。
俺はリンの手を引き、隣に座らせた。恋人だから当然だ。だから花咲さんは信じられない光景を目の当たりにしたような表情をしないでくれ。
何はともあれ昼食だ。今朝渡された弁当を開けると、端から端まで美味しそうな物が詰められている。
食べ始めようとした寸前、二人の弁当に目がいった。二人の弁当も俺のと同じ内容だった。
「リン、三人分作ったのか? 大変だったろ」
「いえ、全然。それに花咲先輩も手伝ってくれましたし」
「花咲さんも?」
「うん。本当は私が全部作ろうとしたんだけど、リンちゃんがどうしてもって」
「なんで花咲先輩が困った風に言うんですか。僕が言うセリフですよ?」
「でも、私って居候の身だし―――」
「居候を便利に使い過ぎです。無敵の免罪符じゃないんですから」
そうして二人が食べ始めた後、俺も食べ始めた。いつも通り美味しい料理の中、卵焼きの味がいつもと違う事に違和感を覚えた。美味しいには美味しいが、好みではない。
花咲さんを見ると、俺が卵焼きを食べるのを待ち焦がれていたのか、力強い視線を俺に向けていた。
「ど、どうでしたか……!?」
「……美味しいよ」
「ッ!? そうですか! それは良かったです! リンちゃんったら、カナタ君は甘い卵焼きは得意じゃないって言ってたんですよ! だから美味しいと言ってもらえてホッとしました」
微笑みをそのままに、花咲さんは自分で作った卵焼きを嬉しそうに食べた。
リンに視線を移すと「本当はしょっぱい系が好きですもんね」と言いたげな表情を浮かべていた。
なんというか、嫁と姑みたいだな。




