捨てられない想い
花咲さんを風呂に入れた。つまりは彼女を家に泊める事を決めたわけだ。とりあえず今晩だけ。明日からは要相談だ。
しかし、不思議なものだ。去年の時は俺が花咲さんに惚れていたのに、今は逆の立場。惚れたと言っても、俺の場合は花咲さんの長い髪の方にだけど。
そんな事を考えていると、リンから通話が掛かってきた。
「リン、どした?」
『いや、ちょっと先輩の声が聞きたくなって』
「なんだそれ」
『仕方ないじゃありませんか! 今日、あんなにも愛を確かめ合ったんですよ? それなのに先輩ったら、普通に帰っちゃって! 僕はてっきりそのまま流れでドチャネチャすると思ったのに! まったく、お預けするのが好きな先輩ですね!』
「爛れ過ぎだろ。大前提として、俺もリンとそういう事をするのが嫌ってわけじゃない。むしろ、時間を忘れてしまうくらい夢中になる。でも、俺達は高校生だ。もっと健全にというか、プラトニックでいようよ」
『……今から先輩の家に行きます』
「なんでそうなった?」
『え? 誘い文句じゃないんですか? 先輩は誘い攻めタイプなので、健全だの何だのくだらない事を言って、僕をその気にさせてるんですよ』
「わざわざ説明ありがと。自分の新たな一面を知れたよ。でも、本当に来るなよ? もう遅いし、来たって出来ないぞ?」
『もしかして、ご両親が帰ってきたんですか?』
「いや、家に花咲さんがいるから―――あれ? リン?」
通話が突然切れた。
少し間が空いた後、気付いた。
「あ、俺ってクズ男だな」
考えなくても分かる事だ。彼女がいながら、他の女性を家に泊めるなんて不誠実極まりない。夕方にあれだけ愛を伝えた後の事、尚更質が悪い。しかも泊まる女性が俺に好意があるオマケ付き。スリーアウト、ゲームセットってところか。
いや、本当になんで俺は花咲さんを泊めたんだ? 最初はあんなに拒絶してたのに、気付けば風呂に入れさせてる。妖術にでも掛けられたか?
「お風呂いただきました。時間が掛かって申し訳ありません」
「いや、別に待っては―――あぁぁ!? な、なんでバスタオル一枚なの!?」
「だ、だって……お風呂に、入れてくれたから……」
「意味分かんないよ!?」
一瞬でも、花咲さんの裸を見てしまった。バスタオルで隠してるとはいえ、俺の家のバスタオルはホテルのそれとは違って一般的だから、ほぼ裸だ。下着は用意出来なかったけど、シャツとズボンは置いたはず。気付かなかったのか?
「あの、花咲さん。脱衣所に着替え用のシャツとズボンを置いてたはずなんだけど」
「……カナタ君。どうして、こっちを見ないんですか?」
「どうしてって、見れないからだよ!」
「それってつまり―――」
フワリとシャンプーの香りに包まれた。
「私でドキドキしてくれるんだ」
人心惑わす悪魔の囁き声。感じたくなくても、後頭部に柔らかい感触を感じてしまう。首に回された花咲さんの両腕は脱力している。かと思えば、右手首を掴んでる左手にしっかりと力が込められていた。
「……慣れない事をするもんじゃないよ」
「……分かっちゃうんだ」
花咲さんはそう言うと、右手首を掴む左手を緩めた。それでも、離れてはくれない。
「ねぇ、カナタ君。もしも、もっと前からこうすれば、カナタ君は私を好きになってくれた?」
「……もしもの話でも、言いたくないね」
「……リンちゃんが羨ましいよ。こんなに優しい人を独り占め出来るなんて」
「花咲さん。花咲さんが置かれてる状況がどれだけ不自由かは分かってるつもりだ。相談には乗る。なんなら、君が自由になれる手伝いだってする。でも、君を受け入れる事は―――」
「聞きたくない! 分かってる……言わなくても、分かってるから……! だから……言わないで、その先の言葉を……」
花咲さんは俺を抱きしめた。まるで自分の中にしまいこむように、俺をギュッと抱きしめた。首が絞められて少し苦しいが、振り解く気は無い。
俺は優しいんじゃない。ただ、切り捨てられないだけ。トロッコ問題に答えを出せない男だ。リンの事を本当に愛している。だからといって、花咲さんの事も見捨てられない。
「……ねぇ、カナタ君」
「なに?」
「好き」
「……」
「言わないでくれるんだ……やっぱり、優しいね。だから好きなんだ。そういう優しい所」
「……ただ優柔不断なだけだよ」
「違うよ。カナタ君は私を一人にしない。私の傍にいてくれる。私を一人の女性として、女の子として、ちゃんと扱ってくれる。今年の春からずっと、カナタ君は私を見てくれた。私がおかしくなっちゃった時も、親身になってくれた。駄目な事はちゃんと駄目だと叱ってくれる。初めてだったんだ。私の事をこんなにも一人の人間として接してくれたのは、カナタ君が初めて」
「花咲さん……」
「カナタ君を困らせたくない……でも、この想いを捨てられないの……! 怖いんだ……カナタ君がいなくなった日常に戻るのが……!」
涙声で語る花咲さんの言葉に、俺はますます花咲さんを見捨てられなくなった。出来る事なら、彼女の不安が消えるまで抱きしめてあげたい。それで二度と不安にならないようにしてあげたい。
でも、俺には出来ない。
その時、インターフォンが鳴った。一度目では離れてくれなかったが、二度目になると、花咲さんは渋々離れてくれた。
時刻は午後十時過ぎ。こんな時間に誰が訪ねてきたのだろう。
インターフォンの画面で確かめると、玄関先にはリンが立っていた。
「リン?」
俺が玄関の扉を開けると、リンは俺の肩にぶつかりながら通り過ぎていった。後を追いかけてリビングへ向かうと、リンが花咲さんを張り倒す瞬間を目撃した。




